【Penが選んだ、今月の音楽】
『オトコト』
“現代音楽”は、いわば現代美術の音楽版。一般の音楽ファンからすれば縁遠いジャンルだろう。だが実際に聴いてみれば“ナンジャコリャ!?”感も含めて刺激に満ちた音楽が多い。そんな現代音楽の入門にもうってつけな新譜が『オトコト』だ。この分野で作曲家と聴衆双方から信頼厚いバリトン歌手の松平敬が、作曲者から託された作品を集めた結果、“音と言葉”という普遍的なテーマに対し、現代音楽でどんな挑戦がされているのか、多彩なアイデアを集めたカタログのようなアルバムになった。
冒頭2曲は昨年亡くなった作曲家への追悼。松平頼曉「イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア!」はどこかポップアート風だが、歌いながらまったく異なるリズムを叩かせるサディスティックぶり。西村朗「猫町」は萩原朔太郎の詩にもとづいており、猫だけの町に迷い込んでしまう悪夢テイストが面白い。山本和智「アンダンテ・オッセシーヴォ」は“鉄筋コンクリート”と連呼する馬鹿馬鹿しさが最高!高橋悠治「母韻」の曖昧で自由な音楽もあれば、歌われないのに小気味よい鈴木治行「口々の言葉」のような音響詩も。ドビュッシー風で親しみやすい福士則夫「それなあに?」、ある種機械的につくられた中ザワヒデキの歌曲「順序」第1番もユーモアを感じさせる。新実徳英「魂舞ひ」は古代のシャーマニズムを思わせる熱気が素晴らしく、ピアニストとして演奏に加わる中川俊郎と篠田昌伸の作品はどちらも“らしい”作品で、稲森安太己「ワルツをひとりで口ずさむ」は題名に見合わず演奏困難なギャップに驚く。最後に控える佐藤聰明の歌曲集「死にゆく若者への挽歌」は全4曲で40分超えの大作だ。これが本作の白眉と呼びたい傑作。歌うのが困難なほど遅いテンポだから醸し出されるヒリヒリした緊張感は必聴だ。
※この記事はPen 2024年6月号より再編集した記事です。