AIスーツケースの実証実験が日本科学未来館で開始…スーツケースが自動で動き、視覚障害がある人にも道案内

  • 文:久保寺潤子
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日本科学未来館の常設展を、AIスーツケースによるナビゲーションで体験できる。

「視覚障害があっても、一人で自由に歩き、美術館や博物館を楽しみたい」という声に応えて、日本科学未来館では自律型ナビゲーションロボット、AIスーツケースを開発中だ。開発の発端は2017年、同館の館長でIBMフェローでもある全盲の浅川智恵子が、出張の際に「スーツケースが自動で動き、道案内をしてくれたら」と感じたことだった。その後19年12月に日本IBMをはじめ、趣旨に賛同する企業などが「一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアム(以下AIスーツケースコンソーシアム)」を設立し、開発を推進。21年4月に浅川が館長に就任したのを機に、AIスーツケースコンソーシアムから技術協力を得ながら研究が進められている。

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障害物をセンサーが感知して、スマートにナビゲート

さる4月17日、日本科学未来館で行われた発表会で、実際にAIスーツケースを体験してみた。専用アプリの入ったスマートフォンには、あらかじめ目的地となる展示場所が設定されている。館内はバリアフリーで段差がないため、キャスターが引っかかる心配はないものの、細い通路や他の鑑賞者などが行き交う中で目的地に辿り着けるのだろうかと、半信半疑でスタートした。ハンドルのスタートボタンを押してグリップを握ると、スーツケースが動き始める。目の前に人がいるときはスーツケースも止まって方向を考えあぐねているようだ。なかなか動かないときは不安になるが、ハンドルの両側についている小さな端子が振動して進む方向を知らせてくれる。

 

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常設展示は3階と5階にあり、AIスーツケースのナビゲートにより2つのフロアをエレベーターで移動することも可能だ。

「もし目が見えなかったら」と想像しながら体験してみると、公共の建物の中にはポールや仕切り、看板などさまざまな障害物があることに気づく。AIスーツケースはそれらを感知しながら無事、目的地まで導いてくれた。スーツケースの貸し出しブースは3階で、5階の展示室に行きたい時はエレベーターを使って移動することも可能だ。日本科学未来館の展示は手で触れて体感したり、音声による解説も多いので、展示の前ではスーツケースを止めて鑑賞者のペースで自由に楽しむことが可能だ。

AIスーツケースのナビゲーションで大きな役割を果たしているのがLiDAR(ライダー:Light Detection And Ranging)センサーだ。ライダーはレーザー光で周囲の壁や障害物までの距離を正確に測り、大まかな形も把握することができる。リアルタイムで測定する壁の形と、事前に測定した壁の形のデータを照らし合わせることによって、自分がいる場所と障害物の位置を導き出す。一方、RGB-Dカメラ(深度カメラ)は、対象となる歩行者との距離を把握。画像を認識するAIを搭載することで、歩行者やその動きを把握する。これらの機械からの情報をもとに、膨大な量のデータを高速で処理できるGPU(画像処理装置)が組み込まれたコンピューターによって、安全に移動できるルートを計算しているのだ。

 

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スーツケースの上にはLiDARとRGB-Dカメラが搭載されている。

 

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ライダーセンサーのレーザーによる壁や障害物スキャンのイメージ。

日本科学未来館ではこのAIスーツケースによる実証実験を毎日開催(1日3回)。体験内容は常設展5階にある、地球環境がテーマの「プラネタリー・クライシス」をめぐるツアー(所要時間25〜40分)と、常設展3階および5階にある18の展示の中から3つを自由に選んでめぐるツアー(所要時間15〜20分)のどちらかを選べる。ツアーの発着地は3階の総合案内横にある「AIスーツケース・ステーション」にて、視覚に障害のある人だけでなく、誰でも参加可能だ。

AIスーツケースはこれまでにも米国ピッツバーグ国際空港や新千歳国際空港、日本橋室町地区の地下道と5つの商業ビルなどで実証実験を重ねてきた。現在、スーツケースの中身は機械のみが内蔵されているが、今後技術の発達により機械が小型化されれば、荷物を運ぶという本来の役割を果たすことも期待される。また視覚障害者のみならず、お年寄りや体の不自由な人などの外出の一助になることも考えられるだろう。多様性社会に向けて、AIスーツケースの未来に期待が高まる。

実証実験「AIスーツケース」で常設展を歩こう

開催期間:2024年4月18日〜開催中
開催場所:日本科学未来館
東京都江東区青海2-3-6 3階「AIスーツケース・ステーション」
開催時間:開館日の10時30分〜、13時30分〜、15時30分〜
※各回開催時間の20分前から受付
※視覚に障害のある方は体験日の3週間前から電話(03-3570-9151)にて事前予約が可能。
www.miraikan.jst.go.jp