【小山薫堂の湯道百選】第九二回“湯は、友を呼ぶ。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂

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〈三重県伊賀市〉
一乃湯

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忍者で有名な伊賀にある銭湯。 

湯道を開き、9度目の春を迎えた。湯に向かう姿勢と想いに共感した人々による「湯道部」が各地で自然発生していることに、とても勇気づけられる。なかでも最大規模を誇るのが、三重県津市にある「BAR FILM」という紹介制サロンのメンバーで結成された湯道部。その部員数、実に180名。各自が好きな湯に浸かり、それをSNSに投稿したり、時には集まって語り合うという緩やかな活動を展開している。湯道を始めるにはそれで十分。湯とはなにか、その問いに対するささやかな「気づき」から始まるのだ。

彼らが三重県一と太鼓判を押す銭湯が伊賀市にある。まもなく創業百年を迎える「一乃湯」である。唐破風(からはふ)屋根の建物は、国の文化財にも指定されている。時間に磨かれた佇まいや場内の雰囲気はもちろん素晴らしいのだが、それ以上に人の集う匂いがするのがいい。この銭湯は、人と人、人と街をつなぐ磁場となっているのだ。

運営しているのは「銭湯を日本から消さない」を社是にして銭湯を継業する京都の「ゆとなみ社」。代表の湊三次郎さんは、実はこの一乃湯をお手本のひとつとして数々の銭湯を再生してきた。道理で、ここは大きなリノベーションを行わずとも居心地がいいのだ。今回は湯道部の有志が集まり、湯を楽しんだ。世代も職業もバラバラ。初めて会ったのに友のような感覚で話が弾む。湯の縁で継承された一乃湯に、湯の縁で知り合った者同士が浸かる……改めて、湯は人の心をつなぐ糸のような存在なのだと思った。 

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建物は1926年築。外観や庭、脱衣所は当時と変わらない。シンボルのネオンサインは70年前に設置された。現在も薪で湯を沸かしている。関西を中心に銭湯を経営する「ゆとなみ社」のルーツとも言える場所。

 

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現店主は、ゆとなみ社の石井皓也さん。グッズ製作やイベント開催も行う。

一乃湯

住所TEL:0-3352-2440 
営業時間:14時~23時
定休日:木曜日
料金:一般¥470
http://yutonamisha.com

※この記事はPen 2024年6月号より再編集した記事です。