三角関係と運命について描く、新たな恋愛映画の傑作『パスト ライブス/再会』ほか【今月の映画3選】

  • 文:児玉美月(映画文筆家)

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今月のおすすめ映画①『パスト ライブス/再会』
三角関係と運命について描く、新たな恋愛映画の傑作

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本作にはノラと同じく自身も12歳でソウルからカナダに移住し、ニューヨークを拠点に活躍する劇作家、セリーヌ・ソン監督の記憶が反映されている。バーでのオープニングは本作でも特に印象的なシーンだが、ソン監督もかつて同じシチュエーションを経験したという。

昨年公開された『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、これまでハリウッドであまり光を当てられてこなかったアジア系移民の中年女性を主人公に、奇想天外な設定でマルチバースの世界を描きだし、アカデミー賞を席巻した。同じくアジア系移民の女性ノラが主人公の『パスト ライブス/再会』もまた、いまここにはない「もうひとつの人生」を描いた映画と言えるだろう。

ソウルで暮らす12歳のノラとヘソンは、互いに淡い恋心を抱きながらもノラのカナダへの移住によって離れ離れになってしまう。12年後、24歳になったノラはニューヨークで劇作家として活躍し、ヘソンは兵役を経て就職していた。ふたりはオンライン越しに再会して束の間言葉を交わしていたものの、その関係も再び途絶えてしまう。さらに12年後、36歳になったふたりはニューヨークで運命の7日間を過ごす……。

映画で繰り返し交わされる「イニョン」という言葉は“摂理”や“運命”といった意味の韓国語で、現世で交差するのは前世でふたりの間にさまざまなつながりがあったからだと示す。前世と現世と来世、輪廻転生といった東洋的な概念は本作にとってきわめて重要なものだ。この映画は動的に「運命」を変えようとするのではなく、静的に「運命」をじっと眼差す。

長回しで撮影された涙を禁じ得ないラストシーンは、愛映画史上最高峰と言っても過言ではない。夢を追うために別々の道をむ恋人たちが、一緒にいたかもしれない架空の幸福な未来を走馬灯のように空想する、『ラ・ラ・ランド』(2016年)の再来と言っていいかもしれない。『パスト ライブス/再会』はまったく新しい語り口によって、三角関係を描く恋愛映画をこの時代に更新してみせている。

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『パスト ライブス/再会』

監督/セリーヌ・ソン
出演/グレタ・リー、ユ・テオほか
2023年 アメリカ・韓国合作映画 1時間46分 4/5よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『辰巳』
気鋭監督と注目俳優が織りなす、現代的要素が漂うノワール映画

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© 小路紘史

『ケンとカズ』以来8年ぶりとなる小路紘史による監督作は、再び独自の世界観をつくり上げるため、自主映画のスタイルが取られた。死体解体を行う裏稼業に生きる辰巳は、殺された恋人の妹といつしか特別な紐帯を築いてゆく。暴力と血に染まるノワールというジャンル映画の中に、現代特有の無気力感や退廃、孤独が刻印されている。遠藤雄弥、森田想、藤原季節など注目の若手俳優たちが集結し、汗や唾が画面に充溢する熱い演技が飛び交う。

『辰巳』

監督/小路紘史
出演/遠藤雄弥、森田 想ほか
2023年 日本映画 1時間48分 4/20より渋谷ユーロスペースほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『異人たち』
山田太一の傑作小説が、ロンドンを舞台に映画化

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ワンナイトの相手として出会った男ふたりを描くクィア映画『WEEKEND ウィークエンド』を撮ったアンドリュー・ヘイが、山田太一の小説『異人たちの夏』を映像化。大林宣彦監督の映画版も知られるが、舞台をロンドンに、登場人物のジェンダーやセクシュアリティも変更され、物語は同じマンションに住むゲイ男性同士の出会いから始まる。そこにあるのは両親へのカミングアウトやメンタルヘルスの問題などであり、現代的な改変が施された。

『異人たち』

監督/アンドリュー・ヘイ
出演/アンドリュー・スコット、ポール・メスカルほか
2023年 イギリス映画 1時間45分 4/19より全国の劇場で公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2024年5月号より再編集した記事です。