ストリートラグジュアリーの反動?! 世界的にテーラードが盛り上がる理由を、栗野宏文が解説

  • 写真:岩澤高雄
  • 編集&文:長畑宏明

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ファッションが急速にポップカルチャー化した2010年代から一変。洋服の本質を求める流れが盛り返している。主役はテーラードだ。その背景について、著書『モード後の世界』でも知られる栗野宏文が語る。

Pen最新号は『テーラードで行こう』。2024年春夏コレクションで存在感を放っているのが、スーツをはじめとするテーラードを再解釈したファッションだ。メゾンの最旬テーラードスタイルをはじめ、新作ジャケット&シャツ、スタイリングが楽しくなる小物まで。フレッシュなテーラードスタイルを見つけてほしい。

『テーラードで行こう』
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栗野宏文(くりの・ひろふみ)●ユナイテッドアローズ上級顧問、クリエイティブディレクション担当。1953年、ニューヨーク生まれ。89年にユナイテッドアローズ創業に参画。2004年、英国王立美術学院より名誉フェロー授与。LVMHプライズ外部審査員も初回から務める。

いま、テーラードが急速に盛り上がっています。コレクションが全体的にストリートラグジュアリーからドレスアップの方向にシフトし始めたのは、2〜3年前のこと。私が2022年にロンドンへ行った際も、サヴィル・ロウ、ジャーミン・ストリートなど、ジェントルマン御用達のエリアが元気を取り戻していました。マリネッラというイタリア発のネクタイ専門店は入場制限がかかる盛況ぶり。バーリントン・アーケードにも、マノロ・ブラニク初のメンズ店などができていました。

10年代の反動として訪れた、本物を求めるテーラード回帰

実際に現地で取材してみると、「ラグジュアリーの服の中には、値段が高いわりに1シーズンしか着られないものも多く、デザインもロゴに走っていて、子どもっぽい。同じ金額を出すなら、サヴィル・ロウでスーツをつくったほうがいい」という声が多かった。その点で顕著なのがシューズです。ジョンロブやクロケット&ジョーンズのようなレザーシューズが再び若者にも支持されています。

そもそもメンズウエアといえば、軍服しかりワークウエアしかりスーツしかり、ユニフォーム文化が強い。ある意味で、ジェントルマンズ・ユニフォームとしてのスーツが人気を取り戻した、ということでもあると思います。

この流れは、話題のクワイエット・ラグジュアリーと相性がいい。極上のカッティングと素材で知られるザ・ロウはその代表格です。僕は昔、オルセン姉妹が出演していたホームドラマを一家で視聴していたので、最初は「どんな服をつくるのかな」と半信半疑だったんですが、いまや押しも押されもせぬ存在に。昨秋のショーでも、選曲やキャスティングが考え抜かれていました。ハンサムな女性像も現代にふさわしい。いまウイメンズでもテーラードが強いのですが、むしろそこからメンズに波及したともいえそうです。

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今季のザ・ロウが打ち出しているのが、ジャケットを腰に巻くスタイル。服の仕立ては限りなく上質に、しかし着用時の振る舞いはサラッと軽快に。

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クワイエット・ラグジュアリー、そして次世代ブランドの潮流

また、優れた若手デザイナーを賞するLVMHプライズですが、昨年3月にノミネートされたブランドの3分の1が重衣料を扱っていました。この事実からも、テーラードの流れを実感します。さらに、グランプリには、テーラードを再定義するセッチュウが(SETCHU)輝きました。私は今日、このブランドの折り紙のように畳めるジャケットを着ているのですが、細部に手間がかかっており、アイデアも西洋文化の後追いじゃない。欧米のハイブランドに肩を並べる日も近いと思います。

国内ブランドの中で成長著しいのはオーラリー。アイテムではスーツも売れていると聞きます。ここは、シャツみたいに軽い素材で重衣料をつくっています。海外では「スーツ=コンサバ」と見られがちですが、日本では好きだからこそ着ている人も多く、その背景にある歴史にも関心がある。服の蘊蓄を紹介してきた編集者とショップの力も大きいはずです。

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セッチュウは、ジャケットがフラットに折り畳めるという利便性と、実際に着用した際の見た目のよさを兼ね備える稀有な存在。デザイナーがサヴィル・ロウのハンツマンで修業していた一方で、カニエ・ウェストのデザインオフィスでも働いていたことがあるなど、その経歴が示すものもまさに折衷的だ。
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掲載したルックは、すべて2024年春夏メンズコレクションから。パリ進出後、国外店舗での取り扱いが一気に増えたオーラリーは、普段使いしやすい素材のセットアップが人気だ。なんとも形容しがたい絶妙な中間色は日本ブランドならでは。

国外へ目を向けると、これまでもいいテーラードを手掛けてきたドリス ヴァン ノッテンの新作がさすがの内容でした。デザイナーの祖父はテーラーで、本人は元来トラッドの人。アントワープの旗艦店でも、オープンしてから数年間は、テーラリングで知られるポール・スミスの服がドリスの横に並んでいました。また、彼は大のイギリス好きで、スコットランドのラバット・ミルという、伝統的かつクリエイティブなミルの生地を頻繁に使っている。他には、ラルフ・ローレンやフィービー・ファイロ期のセリーヌなども、ここの生地を採用していました。いまドリスは、生地メーカーのネームを服に付けていますが、それくらい強いリスペクトと愛着があるんですよね。テーラード回帰によって、明らかにクラフツマンシップにも目が向いています。

冒頭でも言及したように、2010年代以降ラグジュアリーブランドがセレブリティに着せることに注力しすぎましたが、一方でものづくりとポップカルチャーの幸福な邂逅といえる事例が、イギリス発のエス・エス・デイリー。伝統的なテーラードをモダンに再解釈しています。以前までファイナンスに課題を抱えていたんですが、直近になってスポンサーがついた。それがあの、ハリー・スタイルズ。この話は癒着などではなく、彼が純粋なブランドのファンだったところから始まっています。

ちなみに、テーラードといえば仕立てが気になる方も少なくないと思いますが、それぞれに最適なラインがあります。これまで私は、キートン、ゼニア、カルーゾなどのクラシコものから、ドルチェ&ガッバーナやドリス、グッチのようなブランドものまで、さまざまなスーツに袖を通してきました。そこで理解したのが、モードブランドのスーツにビスポーク的なものを求めることは意味が違うということ。きわめてきちんとしているけれど退屈な服もあります。モードブランドのスーツでいえば、既製品として当該レベルであれば問題はありません。テーラードといえども堅苦しく考えず、自由に楽しめばいいんです。

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ドリス ヴァン ノッテンは、華やかなプリントアイテムが印象的だったここ数年のコレクションから一転、シンプルかつエレガントなテーラードが中心に。シルエットに色気が宿る。photo by Imaxtree

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テーラードが盛り上がる、その背景にある社会的事象

最後に、テーラードには欠かせない「ものづくり」について、ここで共有しておきたいトピックがあります。実はここ最近、ブランドが生産背景を安定させるために、生地屋さんや染め屋さんなどを買収することが世界的に急増しています。工場側からすると仕事が安定するのはポジティブなんですが、代わりに若手のデザイナーたちが良質な背景を使えなくなり、業界として健全な競争が起きなくなる。また、ブランドから飽きられてしまった時に、他にクライアントがいない工場は自立する力を失ってしまいます。

日本も例外ではありません。ファッション以外の分野でも、たとえば地方の風情豊かな温泉宿がラグジュアリーホテルに代わり、それまで長く在籍していたスタッフが解雇されてしまう。いまヨーロッパに倣ってラグジュアリーを創出しようという動きがありますが、ラグジュアリーとはつまり、ターゲットを富裕層に絞ったジェントリフィケーションのことでもあるので、そこを考えてほしい。

では、経済格差が広がり、凄惨な戦争も絶えず、世界の空気がすさんでいく中で、2020年代はどこに向かっていくのか。やはり、ハートやヒューマニティを重んじる方向にシフトしていくのではないでしょうか。クラフツマンシップにはその温かみがあります。いまテーラードが復興している背景には、社会的な動きとそれに伴う人間の感情が大きく関わっていると信じます。

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