「スリッパ」は日本発祥だった? 長く一万円札の顔となった福沢諭吉とファッションの関係

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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シューズメーカーとしての知見からセレクトされたレザールームシューズ。素材はカーフ。全面クッションの中敷で、履き心地も良い。¥9,900/42NDロイヤルハイランド

「大人の名品図鑑」紙幣の偉人編 #4

今年の7月30日から3種類の新紙幣が発行される。紙幣のデザインが変わるのは2004年以来、20年ぶりのことだ。一万円札に渋沢栄一、五千円札に津田梅子、千円札に北里柴三郎が描かれる。今回は、新紙幣に加え、これまで発行された紙幣の肖像になった偉人たちにまつわる名品を集めてみた。

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天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず──福沢諭吉の『学問のすすめ』に書かれた有名な一説だ。その福沢が一万円札の肖像画に初めて描かれたのが1984年(昭和59年)。2004年(平成16年)に五千円札に樋口一葉、千円札に野口英世が新たに起用されるが、デザインや色の変化があったにせよ、福沢が描かれた一万円札は今年まで40年を超えて使われたことになる。一万円札=福沢の印象を持つ人も多いだろう。

福沢の父は中津(現・大分県中津市)の下級武士で、藩の大阪蔵屋敷で1834年(天保5年)に福沢は生まれた。父の死後中津に戻り、14歳で塾に通い始めるが、再び大阪に出て、蘭学者で医師の緒方洪庵から蘭学を学ぶ。1860年(万延元年)から1867年(慶応3年)にかけて幕府の遣欧米使節に3度参加し、海外で見たことをまとめた『西洋事情』『文明論之概略』などを著し、西洋文明の精神を日本に紹介する。1858年(安政5年)、藩命により江戸築地鉄砲州の中津藩中屋敷内(現在の東京都中央区明石町)に蘭学塾を開設。福沢はまだ25歳だった。そして10年後の1968年(慶應4年)に蘭学塾を芝に移転し、当時の年号から「慶應義塾」と名付けた。

海外に行って西洋から影響を受けて自ら学校を立ち上げる人生は、今回新五千円札の肖像になった津田梅子の境遇にも似ているが、新千円札に描かれた北里柴三郎と福沢は深い関係にある。ドイツ留学から帰国した北里だったが、華々しい発見と成果を遂げたにもかかわらず、日本で彼の能力を発揮する場がなかった。そこで福沢は私財を投じて北里のために伝染病研究所を設立し、逆に北里は慶應大学の医学部の創設に協力した。2人はいわば師弟関係、学問、ひいては日本の発展を目指す者として通じるものがあったのだろう。

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福沢諭吉が日本で広めたもの

実は福沢は日本の服飾文化に深くかかわっていた。『福沢諭吉 背広のすすめ』(出石尚三著 文藝新書)によれば、1867年(慶應3年)に日本で『西洋衣食住』という本が出版されるが、出石はこれが日本で背広の元となる「サック・コート」が紹介された初めての本だと書いている。この『西洋衣食住』の著者は片山淳之介という人物だが、出石は「片山淳之介」は福沢のペンネームだと書いている。福沢は1872年(明治5年)には慶應義塾の中に「衣服仕立局」を開き、塾生のために洋服を仕立て、スーツ=西洋服の普及に務めた。福沢はこのようにして日本の背広の発展と流行に貢献している。

『西洋衣食住』には福沢が日本で広まるきっかけをつくったアイテムがもうひとつ紹介されている。それがスリッパ。この本が書かれた時代、開国した日本に外国人が大挙してやってきた。玄関で靴を脱ぐ習慣がなかった彼らは、そのまま土足で家の畳の上で上がってしまいトラブルになったという。そこで仕立屋に依頼して靴の上から履くオーバーシューズ的な履物が考案された。これがスリッパの元で、福沢は前述の『西洋衣食住』の中でその履物を「スリップルス」と呼び、手書きの絵とともに紹介している。つまりスリッパの発祥は日本であり、それを自ら著した本で紹介したのが福沢というわけだ。

今回紹介するのは、「英国の妥協なき靴づくりの精神を取り入れた日本人に合う靴」をコンセプトにして1983年に立ち上げられた42NDロイヤルハイランドが取り扱うレザースリッパ。コンセプト通り、英国靴に通じるトラディショナルな佇まいに、内装のクイックドライ機能や全面クッションの中敷など、日本人ならではきめ細かさが感じられる逸品。もともとはショップ内でのフィッティング時に使われていたもので、好評だったので販売に踏み切ったと聞く。使い込むほどに風合いが増すカーフレザーと職人的な美しい仕立てが特徴。スリッパの出自と歴史を物語るような名スリッパだ。

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メインカットで紹介したブラック以外にも、シックなブラウンや鮮やかなグリーンまで用意されている。新居完成祝いなどのプレゼントにも最適。各¥9,900/42NDロイヤルハイランド

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内部は前半分がスエード素材になっており、これが滑り止めの役割を持つ。また甲裏側に通気性に優れたメッシュ素材を配し、ムレを軽減してくれる。

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シューズメーカーらしいこだわりが香るステッチワーク。革は使い込むほどに光沢が増し、味わいが増す。

42NDロイヤルハイランド 代官山店

TEL:03-3477-7291
www.42nd.co.jp

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