60年越しに紙幣の顔に。日本資本主義の父、渋沢栄一が愛用した「インバネスコート」とは?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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モデル名は「インバネスコート 2WAYモデル130」。表地はウール50%、ポリエステル50%のブラック。ゆったりしたシルエットで、着丈はモデル名にあるように130cmと長め。肩のケープは取り外すことも可能で、現代的にアップデートされたコートではないか。日本製。¥43,780/uenoya

「大人の名品図鑑」紙幣の偉人編 #1

今年の7月30日から3種類の新紙幣が発行される。紙幣のデザインが変わるのは2004年以来、20年ぶりのことだ。一万円札に渋沢栄一、五千円札に津田梅子、千円札に北里柴三郎が描かれる。今回は、新紙幣に加え、これまで発行された紙幣の肖像になった偉人たちにまつわる名品を集めてみた。

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慶應義塾大学の創業者、福沢諭吉が描かれた現在の一万円札に代わって、新しい一万円札の肖像に採用されたのが渋沢栄一だ。「日本資本主義の父」と言われる人物で、2020年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』では、渋沢の人生が詳しく描かれていたのでご存知の方も多いとは思うが、彼の人となりを簡単に説明しよう。

渋沢は江戸時代末期の1840年(天保11年)、武蔵国・榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市)に生まれる。生家は藍玉づくりや養蚕を生業とする農家だったがやがて武士に取り立てられ、一橋慶喜に仕える。27歳のとき、第15代将軍となった徳川慶喜の実弟昭武に随行し、そもそもは欧州に渡る。先進的な技術や産業を見聞し、先進諸国の社会や経済について学んだことが、その後の渋沢の人生に大きな影響を与える。明治維新後、帰国した渋沢は政府に招かれ、大蔵省の官僚として貨幣制度の改革、度量衡の統一、租税制度の改正などに取り組むが、大久保利通と対立し退官する。その後実業界に転じた渋沢は、日本で初めての銀行である第一国立銀行(現・みずほ銀行)や東京商工会議所、東京証券取引所など、約500の企業や組織の創立に関わったと言われている。

『紙幣の日本史』(加来耕三著 KADOKAWA)によれば、彼は1963年(昭和38年)発行の千円札の肖像の候補にも挙がっていたという。しかしその時は髭をたくわえた伊藤博文の方が偽造するのが難しいとの判断で、渋沢は選ばれなかった。ちなみに国立印刷局のサイトに、今回の紙幣に採用された肖像は「70歳の古希のお祝い時に撮影された写真複数枚を参考として描かれました」とある。加えて、躍動感や若々しさを加えるために60歳代前半にリメイクされているとも書かれている。

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明治時代に大流行したインバネスコート

そんな渋沢のスタイルを語った本がある。直木賞作家の中村彰彦が書いた『むさぼらなかった男 渋沢栄一『士魂商才』の人生秘録』(文藝春秋)だ。「栄一は小柄な人物であり、いつの頃からか十年一日のごとく帽子は黒い山高帽、衣装の上はドレスシャツのダブルカラー(衿羽根が二枚になった形)に黒い蝶ネクタイ、それに黒いフロックコートを羽織って下は地味な縞のズボン、冬は外套としてインバネス(二重まわし)を着用するという姿だった」と書いている。また2021年にアップされたウェブサイト『THE NIKKEI MAGAZINE』の記事でも、ファッション評論家出石尚三が渡仏後に断髪して洋装になった渋沢の着こなしを解説しているが、シルクハットに蝶ネクタイ、フロックコートなどを渋沢は愛用し、その中でも晩年まで愛用したのが「伝統的な形のインバネス」コートだったと述べている。

このコートは外套の一種で、丈の長いコートにケープを組み合わせたデザインが特徴だ。ディアストーカー(鹿撃ち帽)と共にシャーロック・ホームズが愛用したアイコン的なコートとして知られる。欧州で19世紀半ばに登場したコートで、前述の記事の中で出石は「インバネスは明治になって日本に伝えられ、大いに重宝しました。袖らしい袖がなく、ケープが袖代わりになるので、着物の袂(たもと)を気にすることなく羽織れたからです。猫もしゃくしも…と言いたいほど、インバネスは大流行しました」と書く。

そんな歴史を持つ「インバネスコート」をいまも製作している店が、上野・アメ横にあるuenoyaだ。しかも顧客からの声を積極的に取り入れて、現代のファッションにもマッチするようにデザインやディテールがアップデートされた「インバネスコート」で、スーツの上からも余裕を持って着られるゆったりしたシルエットを備え、肩のケープを着脱可能にすることで、シンプルなブラックのコートとしても着用できる。加えて型紙の作製から裁断、縫製、仕上げまで、すべて日本国内で行われており、美しい仕上がりに職人の熟練した技が光る。クラシックはいつの時代も永遠であることを再認識させられるコートだ。

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1955年(昭和30年)に上野屋シャツ店として創業。今回紹介したコート以外にも、舞台、ダンス、ステージ衣装の製作も手がけている。実店舗は上野・アメ横のアメ横センタービルにある。

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このコートの特徴である肩のケープは、取り外して着ることも可能。ケープを取ると、シンプルな黒のシングルコートに変身する。

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「とんびコート ツイードミディアムグレー125」と呼ばれるクラシックなモデル。和装はもちろん、ビジネススーツにも似合うようにデザインされている。ケープ内、本体のコートは袖口が大きく開いているので、着物の角袖が無理なく出せる。表地の素材はウール70%、ポリエステル10%、アクリル10%、ナイロン10%で、色はミディアムグレー。着丈125cmで日本製。¥48,400/uenoya

uenoya

TEL:03-3831-5490
uenoya2.com

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