ザ・ローリング・ストーンズが18年ぶりの新アルバム『ハックニー・ダイアモンズ』で奇跡の復活を遂げた理由とは?

  • 文:赤坂英人

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『ハックニー・ダイアモンズ』ザ・ローリング・ストーンズ (通常盤)(デジパック仕様) ユニバーサル・ミュージック SHM-CD ¥2,860 

2023年10月20日、クラシックやロック•ファンはもちろん、ヒップホップを愛する若者たちをも驚愕させるアルバムが世界同時リリースされた。

1962年にブライアン•ジョーンズ、ミック・ジャガー、キース・リチャーズなどによってロンドンで結成されたロック・バンド「ザ・ローリング・ストーンズ」が、2005年以来18年ぶりに発表したスタジオ制作アルバム『ハックニー・ダイアモンズ』だ。タイトルは犯罪で荒らされた店舗やクルマの割れた「ガラスの欠片」を意味するイギリスの俗語だ。   

世界で一億人以上いるといわれているロック•ファンにとって、伝説といっても過言ではないロック・バンド、ザ・ローリング・ストーンズ。 彼らの奇跡的復活は、まさに驚異だった。

約半世紀ぶりに全英アルバムチャート1位に通算2週に君臨したり、ヨーロッパ各国のチャート1位に返り咲いたりと多くの記録を塗り替えただけでなく、この復活は我々にさまざまなことを想起させる。

たとえば 、私たちが生きる世界は人間の喜怒哀楽の区別なく、予想不可能な出来事の連続だということ、芸術の分野における傑作が、 困難な状況にある晩年のアーティストから生まれるという仮説などである。

新アルバムは難しいといわれる中で…

 

The Rolling Stones - Angry (Official Music Video)

ローリング•ストーンズといえば、 近年はボーカルのミック•ジャガーが心臓の手術を受けるなど、メンバーが満身創痍の上、デビュー時からのオリジナルメンバーで、ストーンズの屋台骨を支えてきたドラマーのチャーリー・ワッツが2021年にコロナ禍のロンドンで亡くなった。

この時、ミック、キース、ロン•ウッドの3人のメンバーでアルバム制作が続いているという情報も流れたが、ファンの間では1960年代にビートルズと双璧といわれ、「世界一のロックンロール•バンド」と称せられたローリング・ストーンズでも、さすがに新しいアルバムの制作はもう無理だろうという声が聞かれた。

そこに不意打ちのようにリリースされたのがこの新アルバム。聴いてみれば、テンションが極限まで高い曲のオンパレード。 冒頭1曲目の軽快に飛ばす「アングリー」からはじまり、ポップ、バラード 、パンク、カントリー 、ゴスペル、ストーンズの存在意義であるブルースをミックとキースのセッションで飾るラスト12曲目「ローリング•ストーン•ブルース」まで、多様性に富み、かつ隙のない構成だ。

それをこれまで見たこともない強度と柔軟性で歌いきるジャガー(80歳)の超人的な歌唱力。そこにどうしたらこんな威勢のいい音が出せるのかというギター•サウンドを響かせるキース(80歳)とロン•ウッド(76歳)。さらにチャーリー•ワッツの代役を務めたスティーヴ•ジョーダンの迫力あるドラムがしっかりとベースを固め、 洗練されたラフさとでもいうべき現代的でスマートなストーンズ•サウンドを鮮やかに展開している。その上、アルバム全体にかつてない精神性さえ感じさせるのである。

ゲストミュージシャンも豪華絢爛だ。元ビートルズのポール•マッカートニーがベーシストとして参加したパンク曲「バイト•マイ•ヘッド•オフ」、歌姫レディー•ガガとスティーヴィー・ ワンダーをキーボードとピアノに迎えたソウルフルな「スウィート•サウンズ・オヴ• ヘヴン」。他にもエルトン•ジョンが参加した曲もある。 7、8曲目の「メス•イット•アップ」や「リヴ•バイ•ザ•ソード」は亡くなったチャーリー• ワッツのドラムをフィーチャーした曲で、元メンバーのビル•ワイマンが 8曲目にベーシストで参加している。

なぜ復活を遂げられたのか?

結果として出来上がったアルバムの完成度は 極めて高く、60年代末から70年代にかけての 『レット•イット•ブリード』『スティッキー•フィンガーズ』『メイン•ストリートのならず者 』『山羊の頭のスープ』 『イッツ•オンリー•ロックン・ロール』などの名作アルバムを生んだ黄金時代を彷彿とさせると高く評価する音楽評論が相次いだ。

それにしてもなぜこんなにパワフルなアルバムが出来上がったのか。そしてここまで奇跡的な復活を遂げた秘密はなんだったのか。

注目を集めているのは、新しく手を組んだアメリカの若手プロデューサーであるアンドリュー•ワットの存在である。既にグラミー賞を受賞しているこのプロデューサーの手腕が、今回の成功に大きく寄与していると欧米のメディアは報じている。SNSや最新のマーケティング理論を駆使した販売戦略が成功したというのだ。その手法に音楽メディアだけでなく経済界も注目しているという。

プロデューサーの手腕? それとも…

しかし今回の成功には 市場経済の論理とは異なる別の論理の側面が大きいのではないか。キース•リチャーズがいろいろな取材の中で核心はぼかしつつ部分的に語っていることがある。断片をつなぎ合わせると今回の成功には亡くなったチャーリー•ワッツの「存在/不在」がカギだと思えてくる。

言うまでもなく、ストーンズのメンバーにとって、このアルバムはチャーリー•ワッツ追悼のアルバムである。また長い間沈黙していたローリング•ストーンズの起死回生を願ったアルバムでもある。

チャーリーはドラマーとして、バンド結成時から約60年間にわたって、多方向に揺れ動くローリング•ストーンズの音楽を、ジャズに影響を受けた堅実で発想力豊かなドラムプレイで支え続けてきた。他のバンドのメンバーからも尊敬されていた彼は、隠れたローリング•ストーンズの「中心」であった。

その「中心」であるチャーリーが、コロナウイルスが引き起こしたパンデミックの中、病に倒れ、すべてが錯綜する中で亡くなった。彼の突然の「死」、「不在」は、世界最強といわれたロック•バンドの「世界の中心」に空いた「真空」であり、「世界の中心」の「死」といっても過言ではなかった。

チャーリーを追悼するメンバーの想い

 

The Rolling Stones - Living In A Ghost Town

しかし、こうした事態をあらかじめ予想できて対処できるものなど誰もいない。ミック、キース、ロニーの3人が受けた衝撃は想像以上のものだったに違いない。彼らはチャーリー・ワッツの「死」とその「不在」が一瞬招いたこの「世界」の根源的な「混沌(カオス)」に触れて、予期していなかった挫折と混乱と停滞に直面したのである。

細かなことはキースも明らかにしていない。いつもは雄弁なミック・ジャガーも今回は慎重な発言をしている。 ただふたりの間では相当な話がされたようだ。結果、3人は チャーリーのための曲をつくりストーンズらしく彼を弔おうとした。それなくしてバンドの起死回生もありえないからだ。友の「死」や「挫折」や世界の根源的「混沌」を歌うことなど不可能なことだ。だが、いまこそリズム&ブルースとロックに賭けなければと、ミックはマイクを握り、キースとロニーはギターを弾いた。

その彼らがつくり出した新曲の放つオーラは、聞くものの心を捉えて離さない。限界を超えていく彼らの歌と演奏の強度は尋常ではなく、彼らと同世代だけではなく、現代の若者たちをも魅了した。

彼らはこうして『ハックニー•ダイアモンズ』を仕上げた。そして周囲をあっと言わせ、マルクスが『資本論』で言った「命がけの飛躍」を成し遂げたのである。彼らはいま、形而上学的な繊細さと強さを持つ最強のロック・バンドとして世界市場に復活した。

蛇足だが、 アルバムを入手されるならば、日本盤をお薦めする。理由は13曲目に入っているボーナストラックが秀逸だから。ロック史上、パンデミックを歌った最初の曲といえる「リヴィング・イン・ア・ゴースト・タウン」が収録されている。

チャーリー•ワッツはかつてミック•ジャガーの書く詞について「みんなはミックの詞についてよくわからないとかいろいろ言うけど、僕は彼が書く詞の抽象的なところがいいと思う」と言っていた。

この曲ではゴーストとなったジャガーが、ユーモアとノスタルジーを込めて在りし日の街の人々の賑わいと、ロンドンや大阪などゴーストタウンと化した世界の大都市の「真空」の光景を歌っている。それは繁栄した現代文明の未来のメタファーのようである。

それはまたさまざまな人への「追悼」の歌でもあるだろう。そう考えるとこの曲のビデオクリップに映る現在の高齢のミック•ジャガーの姿と、1969年7月にブライアン•ジョーンズ追悼と銘打って約30万人の観客を集めて開かれたロンドンのハイドパーク•フリーコンサートの冒頭で、19世紀英国の詩人シェリーの詩集から追悼の詩を詠んだ、若き日のジャガーの残像が一瞬ダブって見えたのである。