生徒と教師がともに学ぶ、共感的コミュニケーション

  • 写真:長谷川 潤
  • 編集&文:佐野慎悟

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「他者や社会と接することで、学ぶ意義が高まる」……そんな教育方針をもつ「かえつ有明中・高等学校」。いままでの日本の義務教育にはなかった、新しい斬新な授業の内容と実態に迫った。

Pen最新号は『新しい学校』。正解のない時代を、一人ひとりがどう航海するのか? これからの子どもたちは、この未知なる難題をクリアしなくてはならない。そのプロセスは個人個人でまったく違う自由なもので、決まった道筋はない。だからこそ、学校も変わらなくてはいけないのだ。ここで紹介するのは、未来を見据えた26校の挑戦の姿でる。

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かえつ有明中・高等学校

東京/日本

種類:私立 中・高等学校
住所:東京都江東区東雲2-16-1
設立年:1903年
生徒数:1205人
男女比:男子55%、女子45%
教員数:65人(中学校、高等学校合計)
学費(年間):48万円(中・高等学校)
おもな進路:高等学校(中学校)、大学(高等学校)

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2006年の共学化とともに新設されたかえつ有明中・高等学校の有明キャンパス。約25%が帰国生で、生徒間では多様な文化や言語が混ざり合う。広いグラウンドには全面に人工芝が敷設されている。

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高校1年生のプロジェクト科の授業風景。教員たちの寸劇に触発された生徒が、自身でも母親との日常風景を寸劇にして披露。母親の感情を客観的に捉えられたことで、感謝の気持ちが込み上げ涙ぐむ場面も。

かえつ有明中・高等学校の歴史は古く、遡ると1903年に嘉悦孝が創設した日本初となる女子対象の商業学校に端を発する。現在の校名となる以前まで嘉悦女子中学校・高等学校という名の女子校として運営されていたが、2006年の有明キャンパス新設を機に名称を改め、共学校として新たなスタートを切った。

かえつ有明中・高等学校(以下:かえつ有明)では、学生が「6年間で身につける知識と資質・能力」として、“学びかたを学ぶ”“自分軸を確立する”“ともに生きる”の3項目を挙げ、各教科でその基準に基づいたカリキュラムを組んでいる。なかでも中学校で履修する「サイエンス科」と、高等学校で履修する「プロジェクト科」は、独自に設けられた授業として、かえつ有明の教育理念を特徴づける内容となっている。中学校の「サイエンス科」ではさまざまなプログラムの体験を通して、研究テーマの選びかたや、情報収集スキル、議論の方法といった学びの土台を育てる。高等学校の「プロジェクト科」ではまず自分自身の興味関心と向き合い、その上で他者との対話を行い、チームとして自分たちに必要な学びの場を共創していくスキルを学ぶ。このような主体的な学びや探究型学習を推し進めているのが、14年に着任し、現在は副校長を務める佐野和之だ。

「以前勤めていた学校がいわゆる優等生と呼ばれる生徒たちを預かる進学校だったのですが、なにもかも完璧にこなす生徒の一人が、ある時『余計なことはやりたくない』と言い出したんです。大人が敷いたレールの上で、与えられた課題に対して完璧に応えられたとしても、自分自身で主体的に探究する術を知らないと、学びの喜びは得られません。その経験から、他者や社会と接することで、学ぶ意義が高まるような仕組みづくりを考えるようになりました」

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上ページとは別の生徒も、教員2人をクラスメイト役に、友人との感情のすれ違いを寸劇で表現。ここで再現されたエピソードの当事者同士がおたがいの感情や欲求を想像しながら、よりよいコミュニケーションの方法を話し合った。

 

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洋書が並ぶライブラリーの新刊コーナー。共感的コミュニケーションを重要視する同校らしく、イスラム教、LGBTなど、立場によって見え方が変わる、社会的なテーマの書籍も多い。

  

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プロジェクト科の授業から派生した先に生まれた、オリジナルの神輿「アリアケミコシ」。地域性が希薄な土地柄を踏まえ、地元の企業や商業施設と連携して、子どもたちが地域の特色を体感できるイベントとして夏祭りを開催した。

 

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寸劇を鑑賞した後に、紙に書かれた感情の種類を参考にしながら、登場人物の中にある感情を推測して発表し合う生徒たち。感情と欲求(ニーズ)を別々に想像することで、より具体的な解決策を導き出すことにつながる。

 

取材時に見学した「プロジェクト科」の授業では、教員たちが日常生活の些細なすれ違いを寸劇形式で披露し、生徒たちに登場人物の感情と欲求を想像させた。それぞれの立場に異なる感情が存在し、そこから導き出される欲求もさまざまだ。生徒たちはそれを踏まえ、どうすればすれ違いを解消できるのかを考える。これはすなわち、社会に存在する課題に対して、社会が必要とするかたちのソリューションを導き出すためのトレーニングであり、それを具現化していくことが、実際のプロジェクトとなる。

「このような実践を繰り返していくと、生徒たちは自分たちの力で探究し、学びを深めていくようになります。なかには地球温暖化で沈みゆく運命とされているツバルという島国に興味を抱き、ある写真家との出会いによって今度はゴミ問題の深刻さを知り、クラウドファンディングで資金を集め、夏休みを使ってツバルまで渡航した生徒たちもいます。私たち教員は、『行くことになりました』という報告を受けて初めてその活動を知ったんです。彼らは現地の小学校を回りながら、ゴミ問題に関する啓蒙活動をして回ったそうですが、その話を聞いたツバルの首相から官邸に招かれ、3時間にわたって会談してきたそうです」

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かえつ有明では、ライブラリーにあたるオープンなエリアを情報センター「ドルフィン」と呼び、本やPCを活用したアクティブラーニングのスペースとして運用している。生徒に限らず、教員たちも利用する。

 

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広々としたグラウンドで行われる体育の授業。部活動は運動部や文化部に加え、英語や日本文化などの同好会も充実。男子テニス部は、2022年に全国選抜中学校テニス大会、全国私学テニス選手権、全国中学生テニス選手権大会のすべてを制し、中学テニス史上初の「3冠」を達成した。

 

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「ドルフィン」内の壁面などには、学びのプロセスやメカニズムを解説するさまざまなポップが掲出されている。

 

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取材時にプロジェクト科の授業が行われた「ドルフィン」の一角には、人生ゲームや人狼ゲームなど多種多様なボードゲームが用意されている。ボードゲームは異なる設定やルールの中で、円滑な目的の遂行を目指すためのロールプレイングにもなり、チームワークのスキルも養えるコミュニケーションツールとして活用される。

新たな授業の「種」を生み出す、教員たちの学びの場

かえつ有明では生徒たちの学びだけでなく、教員たちの学びに対しても先進的な取り組みを行っている。毎週水曜日にサイエンス科とプロジェクト科の担当教員が集まり簡単な研修を行うが、そのテーマには、教員たち自らが、外部の企業や団体などに出向いて研修してきた内容が採用される。

「教員たちが学校の外で得た学びを持ち寄り、全体に共有してそれぞれの立場から感想を語り合うことが目的です。そうやってさらに深められた学びを、そのまま授業として採用していくことも多いです。この研修はいつもオープンなスペースで行っているので、生徒たちにとっても、教員たちが自分たちと同じように学び、新しい体験やディベートに白熱している様子を見ることは、いい刺激になっていると思います」

かえつ有明の教育現場には、常に自分があり、他者があり、異なる意見を混ぜ合わせた先に、新しい価値を見出していこうとする気風がある。

「どれだけ新しいアイデアをもっていたとしても、それをさまざまな価値観が集まる社会に押し付けてしまうと、必ずすれ違いが生じてしまいます。だからかえつ有明では、常に他者の意見や感情に配慮した、“共感的コミュニケーション”を最重視しています」

 社会に存在する多様なニーズを的確に捉えた、ソーシャルグッドなプロジェクトを先導していくスキルが、学校というひとつの社会のなかで育まれていく。

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「問い」と「本」の力で対話を起こす“一畳ライブラリー”を提供する、「ほんのれん」の編集工学研究所で研修を行ってきた教員が、サイエンス科とプロジェクト科の教員たちにその内容を共有。

 

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教員たちは、まず無作為に割り当てられた本の内容を速読して、その要点を把握する。自分の意思で選んだ本ではないからこそ、その情報に対して中立の立場を保つことができる。

 

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次に読書を通して得られた情報をチームに共有し、それぞれが気づいたことを語り合う。このプロセスによって、一方的に届けられる情報に対して、チーム、もしくは社会としてその情報をどう捉えるべきなのか、客観的かつ合理的に判断することが可能になる。

 

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