今月のおすすめ映画①『夜明けのすべて』
ボーイ・ミーツ・ガールではない、「新しい世界」の在り方を示唆
細分化する分断や差別のかたち、突発的に始まる戦争。環境問題なども含め、世界が難しくなればなるほど我々人間のセンサーは過敏になり、真綿で首を絞められるような生きづらさや息苦しさが増していくのかもしれない。『ケイコ 目を澄ませて』に続く三宅唱監督の新作は、人間関係や信頼の構築において、「新しい世界」の在り方、あるいはその可能性を示唆する傑作だ。
原作は瀬尾まいこの同名小説。月に一度、PMS(月経前症候群)の症状に苛まれる藤沢さん(上白石萌音)は、会社の同僚である山添くん(松村北斗)がパニック障害に悩まされていることに気づく。それは一見、ボーイ・ミーツ・ガールという図式に似た関係の起点のようだ。しかし物語はロマンティックコメディの定石とはまるで異なる展開を見せていく。
藤沢さんと山添くんは、自分でコントロールできない不具合な環境を身体に抱えている。その苦しみを通してつながるふたりは、独自の相互理解と共助に向かう。彼らが育む友愛は、三宅監督の言う「安全な関係性」という言葉を可視化させたものだろう。恋愛が引き起こすパワーゲームが一種の戦闘状態だとするならば、本作の主人公たちや彼らの周りの人物は「戦争」を拒否する構えを見せるのだ。これは大前粟生原作、金子由里奈監督の映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』などに近い現代的態度の表明とも言える。
ふたりが勤める職場の設定は原作の建築資材や金物関連の会社から、科学・天文の教育用機器を扱う「栗田科学」へと変更。光学式プラネタリウムの解説用テキストを読む上白石と松村の声がやわらかく響く。16㎜フィルムで撮影された小さな日常の物語は、地球と宇宙の融和を模索するような思考のスケールへと広がっていくのだ。
【関連記事】PMSとパニック障害。メンタルヘルスと真摯に向き合った、映画『夜明けのすべて』三宅唱監督インタビュー
『夜明けのすべて』
監督/三宅 唱
出演/松村北斗、上白石萌音ほか
2024年 日本映画 1時間59分 2/9よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『僕らの世界が交わるまで』
Z世代とはわかりあえない?親子の世代間ギャップを描く
個性派俳優にして才人、ジェシー・アイゼンバーグが彼自身のオリジナル脚本で贈る初監督作。社会奉仕活動に励む母親エヴリンと、ネットライブ配信に夢中の高校生の息子ジギー。親子の絆とすれ違いを描く珠玉のヒューマンコメディだ。X世代とZ世代のジェネレーションギャップなど随所に鋭い観察眼を発揮。制作はA24。『哀れなるものたち』の主演でも注目されるエマ・ストーンが設立した映画会社フルート・ツリーの初製作作品でもある。
『僕らの世界が交わるまで』
監督/ジェシー・アイゼンバーグ
出演/ジュリアン・ムーア、フィン・ウォルフハードほか
2022年 アメリカ映画 1時間28分 TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『瞳をとじて』
スペインの巨匠監督が送る、31年ぶりの新作長編映画
伝説の名作としていまも愛される『ミツバチのささやき』や『エル・スール』のスペインの巨匠、ビクトル・エリセ監督が、なんと『マルメロの陽光』以来となる31年ぶりの新作長編を発表。長らく撮影現場から離れている主人公の元映画監督ミゲルは、かつて謎の失踪を遂げた俳優フリオを追想・捜索する。ミステリー調の物語の中で、記憶と映画、人生をめぐる深い考察が展開。まさにエリセの集大成にして、圧巻の感動と迫力を備えた169分だ。
『瞳をとじて』
監督/ビクトル・エリセ
出演/マノロ・ソロ、ホセ・コロナドほか
2023年 スペイン映画 2時間49分 2/9よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2024年3月号より再編集した記事です。