フランスのAMAPがつくる、農家も、地域も、人もおいしい仕組み。

  • 文:細谷正人、松島 直
  • 編集:細谷正人
  • 写真:Naoko Unbekandt

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フランスの小規模農業支援システム「AMAP」では、地元の農家から採れたての野菜を受け取ることができる。受け渡しは緑豊かなオアシスのような場所で行われることも。

私たちは、生活をより快適に、より豊かなものにしたいとさまざまな自由を求めてきました。疫病が流行した際には、リモートワークという場所を選ばずに働く自由を求め、より多様なスキルを得たいと副業を始めるなど、働き方の自由は年々広がる印象を受けます。また、生活スタイルはより個人を基点としたものとなり、同居している家族がいても、食べる時間も、食べるモノも別々となり、娯楽の時間もそれぞれが好きなコンテンツを楽しむ自由があります。これだけ拡張された自由は現代社会の一つの到達点とも思えます。

私たちは働く自由、住む自由、そして生活の自由など様々な自由を追い求めてきましたが、その自由は同時に孤立、孤独を生んできたという側面も見逃せません。会社に行けばいつもの仲間がいるという訳でもなければ、家に帰ると家族が待っているという時代でもないかもしれません。自己実現や自らの自由を優先した結果、他者との関係性が希薄になっていることは、多くの人が少なからず感じていることではないでしょうか。

また、度重なる企業や政府の不祥事により、私たちは信頼という価値に向き合うことになります。生産過程の透明性(Transparency)や労働環境が消費者の関心事となっていますが、こうした点が問われるのは、そもそも企業や政府に対しての信頼がないことの表れでしょう。東日本大震災を通じた政府による「安全神話」の崩壊や、企業による倫理観の欠如した発言や対応を目の当たりにすることで、私たちは信頼のおける関係性をつくることが、容易でないことに気づかされます。そもそも、自分の周りを見回して、信頼のおける人はどれくらいいるのでしょうか。企業や政府、そして街を取り囲む広告からは、やれ持続可能性だの、やれ多様性だのと叫ばれていますが、私たちはこれらが経済成長を前提とした「キャンペーン」であり、「方便」であることくらい気づいているでしょう。

自由や効率性を押し進めてきた社会に生きる私たちは、人とのつながりや信頼関係が希薄化された「孤独な群衆」として生活しており、前近代の商店街の風景や縁側に御近所さんが集いお裾分けをする情景は、郷愁をもって脳内に立ち昇ってくるのではないでしょうか。

そうした中、食を通じて近隣住人との交流を進める動きが欧米諸国を中心に盛り上がっているようです。フランス当局元農相のPlan Barnier(2009年)による公式な見解では「地産地消は本物である。旬の、近接性の、社会的紐帯の産品の探求への消費者の増大する需要に応える」と述べられており、実際にフランスでは地産地消で直売を行っている10万7000戸が、全経営の21%を占めています。

フランスの小規模農業支援システム「AMAP」

そのような地域の緩やかな紐帯を作り出しているAMAPという組織がフランス全土にはあります。AMAPとは、Association pour le maintien d'une agriculture paysanneの略語で、日本語訳すると農民農業支援維持団体とでも表現できますでしょうか。2001年南フランスで発足した、小規模な家族経営型の農業を支援するための流通販売システムで、パリを含むイルドフランス地方だけでも約400ものAMAPがあります。AMAPの会員は農家の野菜を1年間購入する契約をすることで、農家の生産を助けます。これに対し農家は定期的(週一回など)に農作物を会員に提供します。季節にもよりますが、一回の野菜のパニエ(かご)にはおよそ7-10種類の野菜が入っています。

緑豊かなディストリビューション会場。袋も使い捨てではなく、何度も使い回せるものを使用。

 AMAPに入会することで、近隣の農家で収穫された新鮮な有機野菜を定期的に受け取れるだけでなく、例えば農作物の会員への仕分け作業は会員自ら行うなど、利用者同士の連携も大きな魅力の一つです。また、馴染みのない野菜が収穫された際には、住人同士が美味しく食べられるレシピを共有するなど、食を通じてオルタナティブなネットワークが生まれています。

一方で、生産者にとってもAMAPと契約することは大きなメリットがあります。天候に左右されることなく安定した収入を受け取れるだけでなく、形が規格外で市場などで買い取られず廃棄していた野菜も販売ができ、人手不足の時には会員からスタッフを募集することも可能となっています。AMAPは自国の農業を守り、自分が生まれ育った地の農業は自分で守るという意識を持つ人が会員となるため、会員による自律的な運営がなされ、価格設定の透明性も魅力の一つとなっています。

農家と会員の両者の関係性を生産者と消費者という既成の枠組みで考えてしまうと、より高く売りたい生産者と、より安く買いたい消費者という構図で捉えてしまいます。しかし、そうした固定化された関係性ではなく、地域の小規模農家を支援したい人と、顔が見える相手にモノを売りたいという農家が作りだす、単なる売り買いを超えた互助の精神が存分に感じられる仕組みになっています。

それでは、フランスではいったいどのような人たちがAMAPを利用しているのでしょうか。

 
仕分け作業
各々仕分けされたものが並んでいる
 
週に1回、19時から週の作物の分配が行われることが多い。その日に配られる作物の名前と量はホワイトボードで確認。

 

AMAPの利用者

パリ郊外、セーヌ川とマルヌ川に囲まれた、緑豊かな一帯のメゾン=アルフォールには、2人の子どもをつマチアスとヴェルジニーが住んでいます。2人とも親が利用していたことから、AMAPの存在は知っていましたが、3年前に友人からの誘いで利用を開始しました。もともと、共通の問題意識を持っていた友人からの誘いということもあり、即決で加入を決めて以来、お気に入りのサービスになったようです。

子供が環境や食に対して関心を持って欲しいという意識もあったようですが、自分たちが口にする野菜の産地が分かることで、安心して食べられることや、何より手に入る野菜がおいしいことがAMAPに満足している理由です。また、食生活が野菜中心になった他、本当に必要な食べ物は何かを考えたり、子供達と知らない野菜を調理して食べるようになるなど、食の楽しみ方が広がっています。さらに、会員が生産者の農業を支えるという仕組みが先進的だと感じており、いつかは農園に行き作業を手伝いたいと意気込んでいます。

最近では食の買い方にも意識が向くようになり、買い物の際にYukaというアプリをよく確認します。Yukaは2017年にフランソワ兄弟を中心に開発されたアプリで、食品や化粧品のバーコードを読み込むと、一目で健康への影響を判断することができます。原材料の生産や運搬で発生する二酸化炭素の排出量や、リサイクル可能なパッケージを使用しているかどうかなど、環境問題に対する意識の高まりを背景に、利用者が増えてきました。

AMAPから考えるブランドの特徴

AMAPを一つのブランドと考えるとどのような特徴があるでしょうか。AMAPは、地元に根差した家族経営の小規模農家を支援するという明確な思想を持ち、その思想に共感する人を引きつけることで成り立っているシステムです。実際、農家の安定を考えて前払い制度が採用されていることや、仲介業者が不在であることなどをAMAPと契約する理由としてあげている方もいました。そして、利用者の多くが口を揃えて言うのがAMAPから未来を感じるということです。環境問題と向き合い、地域の雇用を維持しながらも、自分たちの健康も大切に守れるシステムであると感じている方が多いのです。売り上げを増やし、規模を拡大させることを目指すのではなく、実現したい未来像や考え方に賛同した人たちが集っていることから、「思想性」のあるブランドと考えることができるのではないでしょうか。

農作物の分配や、農作業の手伝いなど、会員が農家と協業するような仕組みをとっていることから、両者は流動性を持った関係と捉えることができます。つまり、生産者と消費者として分離された関係ではないということです。また、天候不順や病害などによって年によっては、不作のこともありますが、利用者の会費が安くなるわけではありません。会員も農家と同様に不作というリスクを背負うのです。このことから、生産者と消費者という市場原理に支配された関係性を超え、互いにリスクを負担し合いながら、双方の助け合いを前提とする「互助性」のあるブランドと捉えることができます。

最後に、AMAPへの入会にあたって、その地域外の人は原則参加できないことから、クローズドな組織とも捉えることができます。そもそも都心部であれば、各都市に1つ以上はAMAPが存在するので、遠くのAMAPへ入会する必要がないのです。誰でも、いつでも、どこでも買えるブランドではなく、物理的に距離の近い地元の人だけに開かれていることから、「近接性」のあるブランドと捉えられます。以上のように、思想性、互助性、近接性という3つの特徴を持ちながら、多くの人に支持されているのがAMAPの特徴と考えられます。価値観や思想に共感する人同士が集い、お互い助け合いながら生活するといった、人間らしい温もりのある日々を促すことが、心地よいブランドの在り方となるのでしょう。

配布された野菜たち

 

細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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