希代の美術品泥棒の栄枯を綴った、サスペンスのごときノンフィクション

  • 文:印南敦史(作家・書評家)

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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『美術泥棒』

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マイケル・フィンケル 著 古屋美登里 著 亜紀書房 ¥2,860

スイス・アーミー・ナイフだけを使用し、無駄のない動きによって、冷静かつ直感的に盗んでいく。金銭的価値を重視する従来的な美術品泥棒との決定的な違いは、作品やその背景についての知識も豊富で、根底に「愛情」がある点だ。したがって盗品を売りさばいたりはせず、屋根裏部屋に持ち帰って飾り、眺め、そしてまた盗む──。

1990年代後期に20代だったステファヌ・ブライトヴィーザーは、恋人のアンヌ=カトリーヌ・クラインクラウスをサポート役としながら、各地の美術館で華麗に“仕事”を続けた。本書に描写されているふたりの関係は、30年代アメリカのボニー&クライド、もしくは70年代のシド&ナンシーを思い出させもする。違いは、ブライトヴィーザーたちの方がスタイリッシュかつ冷静沈着に見える点だ。ボニー&クライドのように市民を殺害するでもなく、シド&ナンシーのように薬物に依存するでもなく、淡々と美術作品を蒐集していったのだ。ノンフィクションであるにもかかわらず、よくできたサスペンス小説のように思えてしまうのは、そんな理由があるから。“主人公”に求められるべき要素が、この泥棒には備わっているのである。

ただし、それは盗みがうまくいっていた期間だけのこと。2001年に逮捕された際には「なんとかなった」ものの、21年に再逮捕されてからは次々とメッキが剥がれていく。最大の問題点は、母親に甘やかされて育った彼の未成熟さにある。わかりやすく言えば現代のニートに通じる部分をもっていて、だから最終的には望むべき場所にたどり着くことができなかったのだ。

なお、日本人の読者にとっては、翻訳の質の高さも見るべき点のひとつ。無駄のない簡潔な表現が、作品の魅力を効果的に浮き立たせている。

※この記事はPen 2024年2月号より再編集した記事です。