脳移植で蘇生した女性が、知性と快楽を求める冒険譚『哀れなるものたち』ほか【今月の映画3選】

  • 文:児玉美月(映画文筆家)

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今月のおすすめ映画①『哀れなるものたち』
脳移植で蘇生した女性が、知性と快楽を求める冒険譚

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主演のエマ・ストーンと初めてタッグを組んだ『女王陛下のお気に入り』(18年)でも印象的だった、魚眼レンズを用いて創造されるいびつで歪んだ世界は健在。完璧に見えた世界が実はいたるところに綻びを抱えていることに、ベラはやがて気づいてゆく。第80回ベネチア国際映画祭で金獅子賞。

身体は大人なのに幼児のようにふるまう女性ベラ、天才外科医であるゴッドウィン、彼の教え子マックスの3人がいる、あるお屋敷。モノクロームの世界によるこのプロローグでは、知性のない存在に女が割り振られ、理知的な男たちに囲まれるという既存の性差別的な構図が立ち上がっている。しかし、これこそ『哀れなるものたち』における最初の巧妙なギミックとなっているのだ。この世界に「生まれついた」ばかりのベラは、やがて軟禁状態にさせられていた家から外へ飛び出したいと願うようになる。そこに現れた放蕩者ダンカンに誘惑されて船の旅に出たベラは、知らなかった真実に触れて、次第に変化を迎えてゆく……。

配偶者を獲得しなければ動物へと姿を変えられてしまう『ロブスター』(2015年)で、「普通」とされている恋愛や性愛を脱臼させてみせたヨルゴス・ランティモス監督は、本作でまたもその本質を暴き出す。ベラはこの社会で身につけさせられるはずの性に対する羞恥心や節度は、一切持ち合わせていない。自分で自分の身体を悦ばせ、男性以外の相手とも関係をもち、男性主体の性の在り方を打ち壊していくベラの冒険を描く本作には、女性のセクシュアリティについての哲学がある。

実はベラは、かつて家父長的な環境下でお腹の子どもとともに自らこの世を去っていたのだった。ゴッドウィンが胎児の脳をベラに移植し、生き返らせていたのだ。何度虐げられようと、一から生き直す──。人生を奪われたベラは創造主なる父から“生”を与えられ、そして知性と自由と快楽を手に入れ、本気でこの不完全な世界を変革しようと夢見る。『哀れなるものたち』は、未だ体験したことのない壮大な冒険へと、あなたを連れていってくれるに違いない。

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©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『哀れなるものたち』

監督/ヨルゴス・ランティモス
出演/エマ・ストーン、マーク・ラファロほか
2023年 イギリス映画 2時間21分1/26より全国の劇場にて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

 

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今月のおすすめ映画②『燈火(ネオン)は消えず』
香港から姿を消しつつある、ネオンサインを巡る物語

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©A Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.

香港といえば多くの者がネオンの輝く景観を思い浮かべるだろう。しかし法改正によって、現在までに9割のネオンサインの看板が姿を消してしまったという。ネオン職人だった夫の亡き後、妻は彼の遺した夢を叶えようと奮闘してゆく。本作は家族の愛を通して、失われつつあるかつての街をスクリーンに焼きつけ、そしてなによりすべてのネオン職人たちへ敬意を捧げている。実在の職人たちが登場するエンドロールまで、ぜひ見届けてほしい。

『燈火(ネオン)は消えず』

監督/アナスタシア・ツァン
出演/シルヴィア・チャン、サイモン・ヤムほか
2022年 香港映画 1時間43分 2024/1/12よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『ファースト・カウ』
オレゴンを舞台に描く、一攫千金を狙うふたりの男の友情

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©2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 

西部開拓時代のオレゴン州で、料理人のクッキーと中国人移民のキング・ルーが出逢う。ふたりは牛のミルクを盗み、手づくりの焼き菓子でアメリカン・ドリームを狙う。いま最も世界から注目を浴びる映画作家のひとり、ケリー・ライカート。彼女はかつて、『オールド・ジョイ』で父親になる男とヒッピー的な生活を送り続ける男が、同じくオレゴンで秘湯を目指す物語を描いた。本作でも境遇の異なる男同士の友情や特別な紐帯が、繊細に探求されてゆく。

『ファースト・カウ』

監督/ケリー・ライカート
出演/ジョン・マガロ、オリオン・リーほか
2019年 アメリカ映画 2時間2分 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2024年2月号より再編集した記事です。