【Penが選んだ、今月の音楽】
『ウェイブス~フランス作品集』

日本では反田恭平の第2位入賞が話題になった、2021年のショパン国際ピアノコンクール。実力者ひしめく中で優勝を果たしたのがブルース・リウである。両親は中国出身だが、本人はパリ生まれ、モントリオールで育ったカナダ国籍。師のひとり、ダン・タイ・ソン(アジア人初のショパンコンクール優勝者)をして「太陽みたいで私を魅了する」と語らしめているのだから、破格の才能なのだろう。師が評した通り、性格はいまどきの言い方をすれば“根アカ”そのもの。だからこそ、センチメンタルなショパン(本人も根クラだった!)は自分に合わないと思い、弾いてこなかったという。けれどもコンクールに向けて初めて勉強し始め、2年間だけ向き合ったショパンで優勝したというのだから、にわかに信じ難い。
だが百聞は一見に如かず、実際に聴いてみれば音楽に引き込む力が尋常ではないことに誰もが気づくはずだ。確かに彼の音色からは根アカであることが一瞬で伝わってくるが、ネガティブな気持ちを察せないタイプではない。それどころか根クラの気持ちを代弁さえしてくれるような演奏なのだ。共感力の高さは、3世紀にわたる3名のフランス人作曲家を取り上げた本盤でも十二分に発揮されている。
18世紀のラモーではチェンバロのような華やかで線の太い音色を基準にしてメロディをしっかり聴かせながらも、一瞬の引きで抒情を生みだすのが巧み。19世紀の奇人アルカンの「イソップの饗宴」は、本盤最大の聴きどころ。これまでの曲芸的なイメージを刷新する圧倒的で多彩な表現に魅せられる。20世紀のラヴェルは最もメジャーなレパートリーだが、適度なデフォルメで各曲の題名になっている情景が鮮明に描かれるのが実に新鮮。20代半ばにしてこの高み。どこまで成長するのだろう。

※この記事はPen 2024年2月号より再編集した記事です。