【小山薫堂の湯道百選】第八八回“湯は、人を健やかにする。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂
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〈新潟県魚沼市〉
栃尾又温泉 自在館

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上越新幹線の浦佐駅が最寄り。駅よりクルマで約30分。

第二回湯道文化特別賞に輝いた、新潟県の栃尾又温泉。日本が誇る湯治文化の原風景が残っているという理由で選出された。

奈良時代から続く湯治場には「したの湯」「うえの湯」「おくの湯」という三つの共同浴場がある。単純放射能泉で湧出温度は36℃。もちろん源泉掛け流しである。ぬるい湯に長時間浸かり、あがる際に熱い湯で温まるという長湯の入浴方法で親しまれてきた。上級者になると、朝昼夕に分けて一日合計5~6時間浸かるらしい。

栃尾又温泉の素晴らしさは、この共同浴場を「自在館」「神風館」「宝厳堂」という当主の異なる三つの宿が一丸となって守っているという点にある。各宿の当主が交代で清掃を担当。どこに宿泊しても、すべての湯に浸かることができる。今回は「したの湯」に通じている「自在館」にたまさか宿泊したが、長期宿泊で予算を抑えるなら「神風館」、豪華な料理を望むなら「宝巌堂」など、予約の時点で推薦されるらしい。温泉という地球からの恵みを無駄にしないための先人たちの知恵なのだ。

自在館26代目当主の星宗兵さんは、「湯治は決して身体の悪いところを治すもの」とは限らないと言う。ぬるい湯にゆっくり浸かり、自律神経と副交感神経のバランスを整えて、よく眠り、旬のものをちゃんと食べる……それによって、もとの自分のあるべき状態に戻る。ひと言で言うなら「健やかになる」という表現が適切らしい。ここの湯と、それを守る人の優しさこそが、百薬の長のように思えた。

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栃尾又では最も歴史が古い自在館の26代目当主の星宗兵さん。

 

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「自在館」という名前は、僧侶が湯治を終えた際、「観音様のお名前を授かっては」と勧められ、観自在菩薩の名前をいただいたことから。湯治客向けの「一汁四菜」は飽きのこない味を心がけている。

栃尾又温泉 自在館

TEL:025-795-2211 
料金:一般¥1,100(立ち寄り湯)、¥17,270(1泊2食付、1室2名利用時)
www.jizaikan.jp

※この記事はPen 2024年2月号より再編集した記事です。