中国の科学イベントで、人間の姿を隠す「透明ボード」が披露された。ボードの背後にある人間を消し去り、そのさらに背後にある壁だけを映し出す。海外メディアで取り上げられ、ハリー・ポッターに登場する「透明マント」に例えられるなど話題だ。
イベントに登壇したのは、中国科学院・上海技術物理研究所の褚君浩(チュー・ジュンハオ)院士だ。院士は中国科学院で最高栄誉の称号を意味する。スーツ姿に柔和な表情で登壇した褚氏が満員の客席に語りかけるなか、身体の前に1m四方弱の透明なボードが置かれる。四角形の外枠で囲まれた空間に、やや青みを帯びたフィルムが張られているようだ。
褚氏の両脇には作業着姿の助手2名が立ち、ボードを氏の両脚の前に立たせた状態で保持している。当然ながら透明なボードの向こうには、褚氏の両脚が透けて見えている。だが、2名の助手がボードを持ち上げて回転させると、まるで背後の空間に異常が生じたかのように、褚氏の両脚がぐにゃりと歪んだ。
ボードを元の位置から90°回転させて再び地面に降ろすと、褚氏の腰から下は完全に消え去り、ステージ背後のセットだけが透けて見えるようになった。驚いた観客が万雷の拍手を贈るなか、上半身だけになった褚氏は穏やかな笑顔をくずさず、観客にメッセージを語り続ける。
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「魔法でなく科学なのです」その種明かしとは…!?
イベントで褚氏は、「未来の世界では誰もが、クローゼットの中にハリー・ポッターの透明マントを持っているようになるでしょう」とビジョンを語った。
もっとも、科学者である褚氏は、同時に、実際には魔法ではなく科学だと付け加えることも忘れなかった。「現実の世界でも、自然や動物の世界でも、“見えない”ことはたくさんあります。これらは魔法ではなく、科学的な現象なのです」
ステージで観客の目を奪った不思議な現象は、実はよく知られた科学的な視覚効果なのだという。中国国営紙・環球時報の英字版である『グローバル・タイムズ』は、「ハリー・ポッターの『透明マント』」として不思議な作用を取り上げたうえで、「レンチキュラー・グレーティング」と呼ばれる特殊な素材による効果だと種明かしをしている。
回折格子ともよばれるこの素材は、一見平らに感じられる透明な平面に、非常に細かな線状の凹凸が規則正しく刻まれている。結果、細長い円柱状の凸レンズを無数に並べたような効果を生む。背後からの光を特定の方向に引き伸ばし、レンズに対して垂直に置かれた物体を圧縮して見えなくする効果をもたらす。
イベントでははじめに、無数のレンズが褚氏の脚と平行になるよう設置されていた。もともと縦に長い脚は、違和感なく見える。次に、レンズが脚に対して直角になると、脚の像はかき消されて消失。代わりに、横方向の縞が描かれた背景が目立つようになり、脚が消えたような錯覚を生じた。
『ナショナルジオグラフィック』スペイン語版は、このイベントの様子を掲載。レンズの効果自体はすでに知られた現象だとしつつ、イベントは「見事なデモンストレーション」だったと述べている。
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実用へのアイデアや、より消える改良作も
不思議な効果を生むレンチキュラー・グレーティングは、古くからマジックの世界でも「ルーバーレンズ」の別名で知られてきた。
マジックのみならず、透明な素材は現実の世界でメリットを生むという。イベントで褚氏は、「SF世界で語られる透明化は、透明化技術や素材が発達するにつれて、いつか現実のものとなるでしょう。例えば、プライバシーを確保できる透明な部屋や、見えない補聴器などです」と、実用的な用途で活躍する未来を描く。
不思議なレンズの現象は、動画でも多数取り上げられている。海外YouTubeチャンネルの「ナイトホーク・イン・ライト」(登録者217万人)は、レンズのしくみをわかりやすく動画で実演している。
動画では木の棒を水平に固定し、そこにハサミ状の工具(プライヤー)を垂直に立てかける。カメラの前にレンチキュラー・グレーティングをかざすと、方向によってはプライヤーだけが消えて木の棒が見えたり、木の棒が消えてプライヤーが(やや歪んだ状態で)自立しているように見えたりする。なお、棒状以外では完全には消えない制約がある。
別のYouTubeチャンネルでは、弧を描く「透明シールド」を作成。弧によって角度がつくことで光が拡散し、棒状でなくとも消えやすいよう改善した。屋外で自在に姿を消すこの動画は、669万回再生の注目を集めている。
目立たせたくない物体をスマートに隠せるレンチキュラー・グレーティングを、生活や公共空間にどう活用するか。想像を巡らせてみるのも楽しそうだ。
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科学イベントの様子を動画で紹介。ボードを回転させると、あっというまに脚が透ける。
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