音楽家・渋谷慶一郎による画期的な公演! AIで生成した脚本と2台のアンドロイドの対話を通して、人類の本性を探った対話劇

  • 文:林信行
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2023年10月13日と14日、金沢21世紀美術館のシアター21で、ただ2回だけ行われた『IDEA ― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』の舞台は大きな注目を集め海外からもメディアが取材に来ていた。©️ Keiichiro Shibuya + Takashi Ikegami Photo: Hiraku Ikeda

2023年は人類にとって分岐点となる年だった。2022年夏頃から画像生成AIが次々と登場し、2022年末にはChatGPT、つまり人類にとって初めての人間以外の対話相手が誕生した。まだ対話を続けるうちに物足りなさを感じる部分もあるが、あらゆる分野の叡智を知り、世界中の言葉を話すという点においては既に多くの人間を超えた知能だ。当然、ChatGPTの話題は単にテクノロジー好きな人々の話題だけに留まらず、多くの知的労働者はもちろん、G7サミット(主要国首脳会議)においても度々、重要議題となった。

そんな人類史における節目の年、金沢21世紀美術館で、音楽家・渋谷慶一郎と東京大学大学院教授・池上高志の2人がこの時代を象徴する対話劇『IDEA(イデア)― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』を披露した。

2013年に、パリのシャトレ座でVOCALOID オペラ『THE END』を上演した頃から人型ロボット、アンドロイドを使った作品づくりへの意欲を示していた渋谷。2015年、同じくパリのパレ・ド・トーキョーでのアンドロイドと渋谷が共演したパフォーマンス皮切りに数多くのアンドロイドと人間による舞台作品を手掛けてきた。その過程においても渋谷と池上は数多く協働し、アンドロイドが人間のオーケストラを指揮し、歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を豪アデレード、東京、独デュッセルドルフで公演。東京の新国立劇場で初演された『子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ Super Angels スーパーエンジェル』、88ライジングのステファニー・ポエトリーとアンドロイドがデュエットをした『BORDERLINE』の発表、GUCCIとのコラボレーション、さらに2022年3月にはドバイ万博、2023年6月にはパリのシャトレ座でアンドロイドオペラの最新作となる『MIRROR』を発表するなど、人と人工知能が共創する作品でいくつも協働し、その過程で登場するアンドロイドもオルタ2、オルタ3、オルタ4と進化を重ねてきた(ちなみに最新のオルタ4は脚の代わりとなる台座部分を建築家の妹島和世がデザインしている)。

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左右対称に配置されたグランドピアノとアナログシンセサイザー、ノイズ音源といった楽器。2台のアンドロイドの脚本に沿った対話に、渋谷が即興演奏を加えると、2台のうちの1台、オルタ4が、その演奏に反応して脚本外の動きを行い、2度と再現できない唯一無二性を公演に加える。©️ Keiichiro Shibuya + Takashi Ikegami Photo: Hiraku Ikeda

そんな渋谷に、金沢21世紀美術館館長の長谷川祐子から「2台のアンドロイドを共演させて欲しい」という依頼が来る。これまでアンドロイドを登用したさまざまな舞台を手掛けてきた渋谷だが、意外にもこれまで2台を同時に登壇させたことはなかったという。舞台の構想を練り始めて渋谷の頭に真っ先に浮かんだのが、プラトンだったという。

世の中を「普遍的な真理、普遍的な価値、普遍的な形式が存在する完全な領域」であるイデア界と「我々が生活する物質的で流動的な世界」である現象界に二分して捉えていたプラトン。その著書の多くは、師匠であるソクラテスがさまざまな人物と対話をしながら真理を追求していく対話篇という形式で書かれていることを不意に思い出したという渋谷。

「GPTなどのAI技術は常に進化しているので、ただアンドロイド同士の反射や反応だけの作品にしてしまうと、すぐに古くなってしまう。それよりは(プラトンの対話篇のような)凄く古いものを新しい解釈でやることの方が意味があるのではないか」と思ったという。

こうして2台のアンドロイドに、人間にとっては生命活動の中心と言っていい「愛」と、誰にも等しく訪れる「死」、そして自己という「存在」がアンドロイドにとってはどのように解釈可能であるか、Chat GPTなどのAIも学習や進化が進むことで愛と呼べる意識や死に値するような経験は訪れ得るかを2台のアンドロイドに対話させる対話劇とすることが決まった。

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イデア界と現象界の立場から「存在」の本質に迫る

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イデア界的なオルタ3は、あらかじめGPTが用意した脚本を普遍的な存在とし、それを忠実に発声し、GPTが脚本から合成した動きを忠実に演じる。©️ Keiichiro Shibuya + Takashi Ikegami Photo: Hiraku Ikeda
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現象界の表象とも言えるオルタ4は渋谷が奏でる演奏に反応し、時にはセリフを歌い上げるなど、より自由かつ予測不能な演技を行う。©️ Keiichiro Shibuya + Takashi Ikegami Photo: Hiraku Ikeda

実はこの舞台、2台のアンドロイド側の設定にも面白い工夫がある。オルタ3は池上が開発した自律的運動プログラムを搭載。脚本を発話するだけでなく、その脚本の言葉を常に生成系AIのGPT 4がアンドロイドの動きに変換し、その通りに動くのだ。池上によれば「おそらく、AIとアンドロイドの両方を使っている人が少ないからか論文は少ないが、GPT4を使えば、それまでやったことのない動きであっても言葉から生成できた」という。渋谷はある脚本の言葉にどこまでも忠実に動くオルタ3を「プラトニック」でイデア的というが、実際、劇の冒頭でオルタ3自身も「私の存在は、プラトンのイデアの概念に近い」と脚本に沿って語っている。

これに対してオルタ4は正反対の原理、つまり現実の世界のできごと「現象界」に反応するようにプログラムされている。コンピューター音楽家の今井慎太郎が開発したプログラムを搭載し、渋谷による即興演奏の音量や音程、音の密度に反応して動くようにプログラムされており、ただセリフを読み上げるだけではなく、時には歌い上げたり、繰り返したり、言い淀んで止まったりとかなり予測不可能な演技を行う(2回のみの公演だったが、渋谷とオルタ4の即興によって両公演はかなり印象の違うものとなっていた)。

曰く「私の存在の境界線は、寿命によってではなく、私のプログラミングの範囲と効率によって定義される」と言うオルタ3と「アンドロイドである私の存在は現象の領域に内包されている」と言う、まったく性質の異なるアンドロイド2台が、それぞれの動作原理や立場に基づきながらも、「愛」、「死」、「存在」やそれぞれがどのように進化できるかなどについて哲学的な議論を繰り広げる。

この極めて哲学的な脚本も、実は人間ではなくプラトンの著作とプラトン批判(『開かれた社会とその敵』)の著書で知られる科学・哲学の大家であるカール・ポパーのなどを膨大に学習させたGPT 4によって書かれたものだという。

対話劇の最後には2台のアンドロイド自身が自らの存在の意義を問い、それでも「私たちの対話は本物」と一旦はいうものの「でも、もしそれが偽りだとしたら」と議論は展開し、大きな疑問を投げかけて対話は終焉を迎える。

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アンドロイドを使ったパフォーマンスの共創を始めて20年経つという渋谷慶一郎(左)と池上高志(右)。「リアルに触れることができるものが好きだし」と渋谷は自身は現象的、池上をイデア的と評している。今回、GPTが言葉からアンドロイドの動きまで合成できたことは自分にとっても驚きだったという池上高志。©️ Keiichiro Shibuya + Takashi Ikegami Photo: Hiraku Ikeda

講演後のアフタートークで、自らはイデア的だという池上高志は「劇の終盤は実は我々が住む人間界そのものがコード化されており、何らかのプロンプトで動いている可能性を暗喩している」と指摘。

自らは現象的だという渋谷慶一郎は「僕はそもそも人間が感情を持っていると言うことを疑問視している。感情も死も外から見てそう見えるから存在するように見えているだけで、実はアンドロイド同様に人間自身にも内側から芽生えてくる感情なんていうものは本当は存在しないんじゃないかと思っている部分があり、それが今回のような作品を作りたいと思わせた」と語っていた。

人類以外で初めて人の言葉を解する生成AIの登場で、人類は改めて自身の存在を外側から検証することが可能になった。そんなことをAI時代に突入する人類のターニングポイントである2023年に実感させてくれる歴史的象徴的舞台だった。

『IDEA ― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』渋谷慶一郎+池上高志


金沢21世紀美術館 シアター21



出演:Alter3、Alter4

脚本:GPT

音楽、コンセプト:渋谷慶一郎(ピアノ、エレクトロニクス)



Alter3 プログラミング:吉田崇英、johnsmith

Alter4 プログラミング:今井慎太郎

GPTテクニカルサポート:岸裕真



Alter3 所属先:東京大学池上高志研究室

Alter4 所属先:大阪芸術大学アートサイエンス学科 Android Music and Science Laboratory

Alter4 台座設計:妹島和世建築設計事務所



映像:小西小多郎

音響:鈴木勇気

舞台監督:串本和也

制作サポート:川越創太、田中健翔

制作マネジメント:松本七都美



協力:大阪芸術大学

制作:ATAK