老舗トリッカーズのCEOが語る、靴づくりの真髄とは? 100年近く、変わらぬ工場・製法でつくられるハンドメイドシューズ

  • 写真 & 文:小暮昌弘
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ここ十数年続いたスニーカーブームも鎮静化し、ファッションに敏感な人は次なる靴を探しているはずだ。そんな要望にも応えたいとPen Onlineで連載している「大人の名品図鑑」では、先々週まで正統派の靴の中から英国生まれの革靴の特集を組んでみた。英国靴の聖地といわれるノーサンプトンでつくられた英国靴はそれぞれに確かな歴史と味わいがあるもの。質実剛健をそのままかたちにした正統派の靴はトレンドに左右されない佇まいを備え、長く愛用できるものばかりだ。サステイナブルな風潮を考えても、高い価値をもつ革靴として今後さらに注目されるに違いない。そんなタイミングに、特集でも取り上げたノーサンプトンでも最古の歴史を誇る老舗、トリッカーズのCEOが来日するという情報を得て、取材のお礼も兼ねて歴史あるブランドのこだわりや今後の計画など、話を伺ってきた。

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CEO兼マネージング・ディレクターのマーティン・メイソンさん。マルベリー、プリングル・オブ・スコットランド、ジョン・スメドレーなどでセールスやマーケティング・ディレクターを務めた後、8年前にトリッカーズへ。「東京ではいつも同じホテルに泊まって、そこから見える日本庭園の景色を楽しみにしています」と。

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「初めて日本に来たのは1995年でした。それからほぼ毎年のように日本には来ていました。コロナ禍もあったので、今回は19年以来の来日になります。東京は来るたびに変わっているように思いますが、私は日本の伝統的な部分が大好きです」

そう話すのは、トリッカーズのCEOで同ブランドのマネージング・ディレクターを務めるマーティン・メイソンさん。トリッカーズを紹介した「大人の名品図鑑」ではノーサンプトン製の靴を集めたことを説明すると、「日本に来ると、英国のノーサンプトンで手仕事によってつくられた靴が東京でもみなさんから愛されていることを知ることができます。それも私が東京を大好きな理由です」とメイソンさんは3年ぶりの東京の感想と日本への思いを話す。

メイソンさんによれば、ノーサンプトンはイングランドのほぼ中心に位置し、古城もある歴史的な街だったという。13〜14世紀の頃、最初にこの地域で皮革の鞣し業(タンナー)が盛んになり、その後コードウエイナー(靴職人を表す中世の用語)が集まるようになったと聞く。17世紀にノーサンプトンに優秀な靴職人が集まっているとの評判が高まり、政府から軍用に600足のブーツと、4000足の靴の製造が依頼される。それをきっかけにノーサンプトン製の靴の需要が増し、1841年には街に1800以上の会社が靴を製造するまでに発展したという。

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東京・表参道駅から徒歩6分に骨董通りになるトリッカーズ青山店。オープンは2019年、世界で2番目の出来たトリッカーズのショップだ。

 

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「このショップにはロンドン・ジャーミンストリートの本店のDNAが感じる」とメイソンさんが評する、青山店。英国のノーサンプトンの自社工場で手仕事によって製造された本格靴が並ぶ店内。

 

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フルブローグ、グッドイヤーウエルト製法で仕立てられたトリッカーズの靴、威風堂々とした雰囲気をもつ逸品だ。

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「トリッカーズはノーサンプトンで最も古い靴ブランドで、その歴史は1829年まで遡り、おそらく世界最古です。ノーサンプトンは高級グッドーイヤーウエルト靴の中心地であり、現在の工場は1903年から同じ場所に構えており、街の真ん中に位置しています。いまでも100%自社工場で製造しており、それが当社の真髄です。父親や祖父の代から働いている職人もたくさんおり、彼らが誇りをもってハイクオリティな靴づくりに励んでいるのです」

トリッカーズでいちばん有名なモデルは「カントリーブーツ」だ。Pen Onlineの「大人の名品図鑑」でもカントリーブーツの代表作である「ストウ」というモデルを紹介したが、メイソンさんによれば、この靴は260の工程を経て完成するトリッカーズを代表するモデルで、すべて手仕事によって仕立てられる。1840年に創業者ジョセフ・トリッカーズの義理の息子であるウォルター・ジェームス・バールトロップがデザインしたもので、彼が生み出した「スプリット・リバース・ウエルト」によって、ブーツに初めて防水性が備わったという。カントリーブーツの中でも代表作「ストウ」は1937年、ジョージ6世の戴冠式を祝うためにデザインされた靴の1足で、それ以来、ずっと同じ製法で製造され、なおかつベストセラーを続けている、まさに名品だ。この靴を含めてトリッカーズの靴は、革以外、糸からパーツまですべてノーサンプトンで生産されたものを使ってつくられている。「そんな靴は世界にないでしょう」とメイソンさんは笑う。「トリッカーズの靴であること、どこでつくられているかも一目瞭然、加えてクオリティを決して落とさぬようにつくっている。これがトリッカーズの靴が長く人気を保っている理由ではないでしょうか」とメイソンさんは語る。青山・骨董通りにあるトリッカーズ青山店はロンドンのジャーミンストリートにある本店に次ぐ、世界で2番目のショップだが、カントリーブーツ以外にもたくさんのトリッカーズの名作が並んでいる。メイソンさんにカントリーブーツ以外にトリッカーズのお薦めのモデルを聞いてみた。

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「Olivvia Classic Collection」シリーズのローファーに使われている革はトリッカーズ独自のもので、ドイツで鞣されたもの。このローファー以外にも他のデザインのモデルにも採用されている。¥104,500

 

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「Daniel and Rex Derby」というモデルのダービースタイル。コマンドソールが採用されているが、ミッドソールがないため、見た目よりずっと軽量だ。各¥121,000

 

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英国らしい「Stephen Chelsea Boot」。今年加わったモデルで、素材は「ハイドロヌバックレザー」が使われている。¥132,000

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「まずは『Olivvia Classic Collection』のローファーです。素材にオリーブの葉から抽出した蒸留酒を使用して自然の植物タンニン鞣しした、この革はトリッカーズ独自のものです。このローファー、とにかく軽量で履きやすいですよ。2番目が『Daniel and Rex Derby』というモデル。C.F Steads社のスエードを使い、ミッドソールがないため、軽量につくられているので履きやすいです。最後が『Stephen Chelsea Boot』。ドレスアップにもドレスダウンにも対応できるブーツをお探しの方にお薦めします。頑丈な構造と耐久性ある素材が使用し、冬の天候にも対応できるようにつくられています。フォーマルなスタイルにも合うと思います。青山の骨董通りにあるトリッカーズのショップにありますので、ご覧ください」

トリッカーズの本店があるのは世界の有名シューブランドの店がずらりと並ぶロンドンのジャーミンストリート。このショップを一度でも見たことがある人ならすぐにわかると思うが、トリッカーズの2号店にあたる青山店は本店のレプリカのようなつくり。「トリッカーズのDNAが息づいています」とメイソンさんは話す。現在は上海にもショップがあり、今後は徐々にショップを増やしていく予定だという。

「新しいデザイン、新しい素材を探してはいますが、我々にとっていちばん大事なことはずっとやり続けてきたことをやり続けることです。これに尽きると思います」とメイソンさんは話す。トリッカーズはあと6年で創業200周年を迎える。これこそトリッカーズが日本を含めて世界中で支持されてきた理由だろう。英国の老舗ブランドの自信と余裕さえ感じるメイソンさんの発言ではないか。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。