世界で水道水を安全に飲める国は、わずかしかない。飲める水を沸かし、風呂に浸かる。日本では当たり前だが世界では稀有な生活習慣だ。そうした“入浴”の行為を精神と様式を突き詰め、日本文化のひとつとして「湯道」を提唱したのが、湯道の初代家元の小山薫堂さん。小山さんが代表理事として率いる一般社団法人 湯道文化振興会は、昨年、入浴を日本文化へ昇華させる「湯道文化賞」を創設した。今年11月、その第2回となる表彰式を京都・大徳寺真珠庵にて開催し、受賞者6組8名が決定した。
「感謝の念を抱く」「慮(おもんばか)る心を培う」「自己を磨く」という三つの精神を核としながら、日本の入浴文化を世界に発信する活動を行っている湯道文化振興会。昨年度に続き入浴を「文化」へ昇華するために、特に輝かしい功績を遺した個人・団体に授与する「湯道文化賞」。今年度は、山口県最古の600年の歴史を持ち、2020年3月にリニューアルした長門湯本温泉の立ち寄り湯“恩湯(おんとう)”が受賞した。大寧寺の定庵殊禅禅師が住吉大明神のお告げによって発見した「神授の湯」は、湯源は大寧寺の所領であり、長年愛されてきたが、17年に施設の老朽化や利用客の減少により公設公営での「恩湯」の営業は終了。その後、地域の若手たちが「長門湯守」を結成し23年3月に再建し、神、仏、人間が三位一体となって湯を守り続けていることが受賞理由だ。表彰式には、恩湯の共同代表大谷和弘さん、大寧寺方丈の岩田啓靖さん、長門國一宮 住吉神社宮司の鳴瀬道生さんの3人が出席した。
長年、入浴文化の発展を支え、文化を築いてきた個人・団体を表彰する「湯道特別賞」には、湯治場として400年以上続く“新潟県栃尾又温泉”と沖縄唯一となる“中乃湯”の2湯が選定された。3軒の宿がひとつの共同浴場の湯を守る栃尾又温泉代表として栃尾又温泉・自在館の星宗兵さんが出席した。代々の湯守たちが湯を継承してきた歴史はもちろん、加熱すると効能が薄れるといわれる36度の源泉掛け流しのラジウム温泉を、湯船のなかにパイプが巡らせて、湯をうめることなく温め、まるで無重力のような無の境地の空間を創り出していることが評価された。
沖縄に一軒だけ残る日本最南端の銭湯・中乃湯では、90歳になる仲村シゲさんは、50年近くひとりで沖縄の銭湯文化を守り、地域の方々の体と心を温め続けてきたことが認められ表彰されることになった。
日本の伝統工芸分野において、入浴関連の道具や建物を制作するとともに、それらの国内外への魅力発信に寄与した個人・団体に贈られる「湯道工芸賞」には、三重県津市の“おぼろタオル”が選ばれた。1908年に日本画家でもあった森田庄三郎が創業し、ヨコ糸だけが染まる〈おぼろ染め〉という特殊技術を開発。以来115年、真摯に日本の入浴文化に寄り添い、一度使ったら忘れられない心地よい風合いのタオルづくりを続けたことが評価された。
これまでにない発想や取り組みで、入浴に新たな価値を付加している個人・団体に授与される「湯道創造賞」には、銭湯建築家の“今井健太郎さん”が選ばれた。「日本人が長く親しんできた銭湯という生活文化が廃れてしまうのはあまりにも勿体無い。銭湯がある生活をもう一度現代に復活させ、そして未来につなげたい」と身体的なものだけでなく精神的にも一体的感覚を感じる場として創意工夫しながら、湯空間を設計されていることが受賞の理由となった。
そして世界に向けて入浴文化の魅力を発信する取り組みを、在京都フランス総領事館との共催で2023年4月、関西日仏学館で『湯道展』を開催。
日本とフランスの入浴文化交流を促進した。この功績により、「湯道」の精神理念に深く共感し、それを体現する個人・団体に授与される「湯道貢献賞」が“在京都フランス総領事館”に授与された。
「地球上の火山の約10%がこの小さな日本列島に集中しているなかで、地震や噴火によって一瞬にしてすべてが失われる。それが日本人の無常感に繋がり、それを乗り越えるために儚いものに美を見出すようになったと考えられています。地震の国に生まれた我々にとって温泉は感謝すべきもののひとつ。温泉を含めた入浴文化が無形文化遺産になることを願ってやみません。本日の会場、大徳寺のような本物の器のなかで、授賞式をやっているうちに本物の文化になっていく、そのための階段を、これからも一歩一歩上っていこうと思います」と小山さんが最後に総評を述べ、大きな拍手に包まれた。
<審査員>
・小説家・エッセイスト/湯道文化振興会 理事 柏井 壽氏
・温泉ビューティ研究家・トラベルジャーナリスト 石井 宏子氏
・銭湯大使 ステファニー・コロイン氏
・温泉カメラマン 杉本 圭氏
・放送作家/湯道文化振興会 代表理事 小山 薫堂氏
「湯道文化賞」
団体名/一般社団法人 湯道文化振興会
代表理事/小山薫堂
https://yu-do.jp/