劇作家/演出家・前川知大「古典をベースに“わかりやすくない”物語を届ける」【創造の挑戦者たち#83】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:小川知子

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Tomohiro Maekawa●1974年、新潟県生まれ。イキウメ主宰。代表作に『散歩する侵略者』『太陽』『聖地X』など。読売演劇大賞、紀伊國屋演劇賞などを受賞。世田谷パブリックシアターでは『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』(2009年)、『現代能楽集Ⅵ 奇ッ怪 其ノ弍』(11年)、『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』(16年)、『終わりのない』(19年)の作劇・演出を手がける。

現実社会の人間たちの心理や問いを、SF的な世界観で浮かび上がらせる劇作家・演出家の前川知大。オリジナル脚本を手がける劇団イキウメを拠点としながら、世田谷パブリックシアターとのタッグでは、古典をベースに物語を立ち上げる方法で創作をしてきた。4年ぶり、5度目の同劇場での公演『無駄な抵抗』では、ギリシャ悲劇「オイディプス王」をモチーフに、与えられた運命に翻弄される現代の人間を描く。若い頃はピンときていなかったという古典だが、年を重ねるごとに自身の体験とつながる“なにか”を感じるようになっていった。

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「僕らが見たり考えたりしている事柄は、文化が何層にも重なり複雑だけれど、古典には時代を問わない普遍性、驚きが体験としてある。飾らない裸の言葉で書かれた自然との対話やピュアなイマジネーションに触れると、現代社会のフィルターを通して書いたものには、なにか見落としているものがあるなと気付かされます」

新作を通じて彼が見せたいのは「運命VS自由意志」という単純な対立構造ではなく、「運命に乗る」人間の姿なのだという。

「オイディプス王は悲劇へ向かっていくけれど、運命に負けているとは思いませんでした。神様の予言の通りになる直前まで、すごく抵抗して、全然諦めていないところが面白いし、勇気付けられる。自分で考えて、一つひとつ選択したのだという意志を感じた。だから勝ち負けではなく、登場人物が抱える困難、解決しないなにかを引き受けるという感覚を、物語にしたいと思っていました」

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ここ数年続けてきた手法を、封印した今回の舞台

これまでも、集団で演劇を生み出す際、前川が大事にしてきたのが「ネガティブ・ケイパビリティ」。答えの出ない状態や不確かさの中で耐える力を指す言葉だ。

「常に同じではない状況で、同じレベルのクオリティを保つことが求められる演劇では、答えを決めてしまった時点で降下線をたどるしかない。とはいえ、決めないと進められないという現実を前に、どれだけ決めない部分を維持しながら歩めるか。ストレスがかかることですが、演出家もスタッフも俳優も、その状態に慣れていかなければいけないと思っています」

コロナ禍がもたらした変化は、観客の一人ひとりに若干のネガティブ・ケイパビリティを求めたい、という作り手としての意志だ。

「僕らが安易にわかりやすい物語に飛びつきがちだったことの結果が、コロナ禍でのすごくみっともない事態だったとも思います。もちろん、お客さんにとって、多くの謎が回収されない状態はつまらないだろうし、わかるという感情も大事ではある。ただ、答えは全部見せずに、わかりやすくはない方法でお客さんに問いかけたい、という意志は自分の中で強くなっています」

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同じく執筆中も、自分がこの物語でなにを伝えたいのかをショートカットして言語化しようとはしない。無意識下にとどめながら、書き進めていくのだという。

「書きながらも全然わからないままですし、本番や、再演を重ねて何年後かに、自分はこういうことが言いたかったのかな、とわかることもある。でも、まだ意識的に言語化できていない無意識下にあるものを、モヤモヤした状態のままの言葉で渡すと、スタッフ、俳優、お客さんの意識をすり抜けて無意識まで届く、という気がしています。意識というフィルターを名前がついていないものがすり抜けて、無意識に刺さって、『すごい!』としか言えない観賞体験をしたことは自分にもありますし」

本作での演出上の挑戦について聞くと、「ここ数年続けている手法を封印した」と話してくれた。語り手が聞き手に過去を語り、繰り返される再現シーンから現代に追いついていく、というスタイルを今回は使わないのだそう。

「オイディプス王にも再現シーンはないですし、再現はナシで書きました。円形劇場のような舞台を行き来する人たちが共有する断片的な情報の会話から、全体像が見えてくるようなものにできたら」

昨年11月、イキウメ初の海外公演をパリで開催。客席の反応は、彼らの物語に国や言語を超えて伝わる力があることを確信させた。

「日本を舞台にした作品でも海外で理解されるのは、物語が国や言語を超えて連なっているからだなと思います。人間の人生、根っこの部分は、そこまで複雑じゃないというか。結局、人間は死という運命には必ず負けてしまうわけなので、生きていること自体が抵抗ということになります。そう考えると、『無駄な抵抗』って、すべての物語に当てはまるタイトルですよね」

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WORKS
世田谷パブリックシアター
『無駄な抵抗』(2023年)

④『無駄な抵抗』ビジュアル(3名)_撮影:伊藤大介(SIGNO).jpg
撮影:伊藤大介(SIGNO)

占い師をやめ、地元でカウンセラーとして再出発した桜(松雪泰子)のもとに、同級生の芽衣(池谷のぶえ)が現れる。芽衣はかつて桜に言われた予言に苦しんでいた。2023年11月11日(土)から11月26日(日)まで世田谷パブリックシアターにて、12月9日(土)・10日(日)に兵庫県立芸術文化センター阪急で上演予定。

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イキウメ『人魂を届けに』(2023年)

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撮影:田中亜紀

人魂となって、極刑から逃れた政治犯が入れられた小さな箱。刑務官(安井順平)が、森の奥深くに住む彼の母(篠井英介)に届けようとする。2023年5~6月にかけて、シアタートラム、ABCホールにて初演された。

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イキウメ『À la Marge(外の道)』
パリ公演(2022年)

⑥イキウメ「À la Marge(外の道)」パリ公演(2022)撮影:Pierre Grosbois.jpg
撮影:Pierre Grosbois

偶然、20数年ぶりに再会した同級生の二人は、お互いに奇妙な問題を抱えていることに気づく。2021年初演。『フェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ』の正式プログラムとしてパリ日本文化会館 大ホールにて再演。

※この記事はPen 2023年12月号より再編集した記事です。