時代のカルチャーを映し出し、刺激し続けてきた「音楽」という存在。その熱やメッセージは、現代のデザイナーたちにも受け継がれている。ヒップホップからモッズまで、時代の意志を宿したスタイルを紹介する。Pen最新号、2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』より抜粋して掲載する。
Pen最新号は、2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』。新作でありながら、時代を超えた魅力を放ち、心をくすぐる服に注目し、さらに最新トレンドのクワイエット・ラグジュアリー、一歩先のジェンダーレススタイルまでを紹介。過去と現在、未来を行き来しながら、気になるファッションの“いま”を解き明かす。
2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』
Pen 2023年11月号 ¥990(税込)
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生き方の表現として共存した、音楽とファッション
時代を駆け抜け、いまも息づく音楽、そしてファッションはいかに生まれたのか。その相関関係をひも解く。
文:青野賢一
Kenichi Aono
1968年、東京都生まれ。ビームスのディレクターなどを経て、文筆家、DJ、選曲家として独立。近著に『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)がある。
ファッションと音楽は密接な関係にあるとよくいわれる。現在もさまざまな音楽ジャンルやアーティストがしばしばファッション・デザイナーのインスピレーション源となっていることを考えれば、確かにそういえそうである。しかしながらこの関係性はファッションの側からのアプローチであって、いわば一方通行のようなもの。そしてそこには音楽が先行しファッションがそれをあとから追いかけるという図式が見てとれる。
純粋な音楽体験から生じる発想というものもあるだろうが、ファッションが参照する多くはその音楽ジャンルに特徴的なミュージシャンやそれらを好む人々のいでたちではないだろうか。つまりミュージシャンと聴衆が醸し出す空気、シーンの雰囲気に着想を得ているということである。ここで忘れてはならないのは、参照される「シーンの雰囲気」はその当時はほぼ現在進行形で醸成されていたという点。こうした同時進行がなぜ生じたかといえば、それらはなんらかの思想や信条、行動を伴った「ムーブメント」や「カルチャー」と称されるより大きな枠組みのなかでの出来事だったからだ。
1950年代後半のロンドンに興ったモッズを例に考えてみよう。当時の最先端だったモダン・ジャズを好み、ジャズ・ミュージシャンのスーツ・スタイルを真似てジャズ・クラブやコーヒー・ショップを遊び場にしていた初期モッズーモッズとはモダニストの短縮形であり、モダン・ジャズに由来しているーから、好みの音楽もファッションも多様化しフレッドペリーのポロシャツ、ブレイシズで吊って短く穿いたリーバイスのジーンズ、足元はドクターマーチンのエイトホールといったアウトフィットの「ハード・モッズ」(スキンズとも)と呼ばれる面々が登場する1960年代半ばあたりまでのユース・カルチャーの総体がモッズ・ムーブメント。このムーブメントにおいてはファッションも音楽も等しく重要であり、そこに主従の関係はない。いうなればモッズというライフスタイルの一要素がファッションであり音楽だったのだ。また、初期モッズが傾倒したモダン・ジャズをはじめとするジャズ、それからブルースやリズム&ブルース、ソウルなどは、それぞれサウンド・アプローチは異なるにせよ大きくアフリカン・アメリカン・カルチャーやブラック・カルチャーという範疇において考えられるべきものである。あるいはパンク。これは1970年代中盤にニューヨークとロンドンで興ったムーブメントで、政治経済を含む既成概念の破壊、D.I.Y.といった精神に貫かれているものだが、このパンクの精神性をテクノロジーという新たな味方を手に入れて継承したのがポスト・パンク、ニューウェーブである。ポスト・パンク期ともなると音楽性が多様化すると同時にファッションも多角的な表現となって、以後、社会を巻き込む大きなムーブメントはほとんどないといえる。
先のページでご紹介した5つのブランドのルックのなかで、音楽の取り入れ方として面白いと思ったのはドリス ヴァン ノッテンとセリーヌだ。前者のコレクションは「自然界についての研究」をテーマにしているが、今回フィーチャーしたオプ・アートを思わせるサイケデリック・パターンのアウターは1990年代のレイヴ・カルチャーにインスパイアされたものだそう。自然界とレイヴというと一見接点がなさそうだが、レイヴ・カルチャーの源流は1960年代後半のヒッピー・ムーブメント。自然回帰やラブ&ピースといったヒッピー・ムーブメントの精神とパンクのD.I.Y.精神が結びついたものであるから、このアイテムが「自然界についての研究」のなかにあるのは実に筋が通っている。「Paris Syndrome」をコレクション・テーマに掲げた後者は、17世紀に建てられ1978年からはパリを代表するナイトクラブとして名を馳せた「ル・パラス」へのオマージュということで、この伝説的ナイトクラブのもつ洗練と退廃やどこか刹那的な時代の空気感にエディ・スリマンのパーソナルな記憶が織り込まれている。ポスト・パンク、ニューウェーブ期のある種なんでもありなムードをうまくまとめたのは、このコレクションの音楽にも使われたニューヨークのプロト・パンク・デュオ「スーサイド」のアラン・ヴェガとマーティン・レヴのイメージ、そして当時ル・パラスに遊んだセレブリティたちの肖像だろう。時代のムードに個人の生き方を重ねて物語を紡ぐ、見事なクリエイションである。
前述のようにファッションと音楽が分かちがたいものとして同時発生したのは、それらが「◯◯ムーブメント」や「◯◯カルチャー」のなかで、生き方の表現のひとつとして共存していたからだ。そんな「◯◯ムーブメント」や「◯◯カルチャー」を象徴的なアイテムに還元、再生産することで矮小化してしまった側面がファッションにはあるが、同時に過去の人々の生き方、熱量に関心を抱かせるきっかけにもなっているのは確かなところ。もし興味をもたれたなら、各自の問題意識と照らして服を選んでみてはいかがだろうか。
2023年秋冬ファッション特集『時代を超える服』
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