【小山薫堂の湯道百選】第八五回“湯の温度は、心が決める。”

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂

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〈大分県玖珠郡〉
寒の地獄旅館

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大分に「寒の地獄」と名乗る温泉宿がある。名に違わず湧出温度は13〜14℃。つまり冷泉である。江戸末期に源泉が発見され、開湯186年。薪で冷泉を温める昔ながらの仕組みで、源泉掛け流しの湯を提供してきた。4代目の武石真澄さんにとって薪割りは当然の日課。年間100トン以上の薪を使うというから驚きだ。

しかし今回の目的はこの源泉、つまり冷泉である。あまりに冷た過ぎることから、冷泉には7〜9月の3カ月間しか入浴できなかったが、この夏から通年に変わった。理由はサウナを設置したから。その名も「暖の地獄サウナ」! 夏限定だった冷泉が、究極の水風呂として(なにも変わることなく)生まれ変わったのだ。プロサウナーの松尾大氏がプロデュースしたというサウナで十分に身体を温め、いざ、寒の地獄へ! 硫黄成分の影響で実際の温度よりもずっと冷たく感じる。体感的には10℃前後といったところか。正面に鎮座する薬師如来像は、冷泉に浸かって病を治癒したという湯治客から贈られたもの。寒の地獄で救いを求めようと仏像に手を合わせたら、不思議なことに寒さが和らいだ。両手を冷泉から出すだけで、まったく感じ方が変わるのだ。震えていたのは最初の3分だけ。サウナと冷泉の交互浴を重ねるたび、冷泉が身体の隅々まで沁み込んでいくのがわかる。ただ冷たいだけの水風呂とは明らかに違う、まさに霊泉である。

最初は修行に感じられた「寒の地獄」は、いつの間にか「寒の天国」に変わっていた。

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冷泉は、水着のまま入浴可。身体を拭かずにサウナであぶり込む(乾燥させる)と肌に温泉の成分が浸透し、皮膚疾患などに効能があるという。

 

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大分県と熊本県の境に位置する、くじゅう連山の麓にある旅館。江戸末期嘉永2(1849)年に開場。毎分2t超えの湧出量を誇る単純硫黄冷鉱泉で昔から湯治場として親しまれてきた。

寒の地獄旅館

住所:大分県玖珠郡九重町田野257番地 
TEL:0973-79-2124 
料金:一般¥2,500(日帰り冷泉サウナ) 
定休日:水曜日 
http://kannojigoku.jp
※宿泊は¥16,500~(1泊2食付ひとり料金、冷泉サウナと入湯税は別)

※この記事はPen 2023年11月号より再編集した記事です。