日本では2010年代から、小規模なワイナリーやクラフトビールの醸造所が急増。最近ではウイスキーやジンの蒸留所も、全国各地で続々と誕生している。そうした中で、日本では馴染みの薄いアマーロづくりに挑戦するつくり手が元永達也だ。21年11月には「スカーレット・ザ・ファースト」をリリース。日本のトップバーテンダーや愛好家たちを唸らせる彼のアマーロは、いかにして生まれたのか。その誕生の軌跡やジャパニーズ・アマーロの未来について聞いた。
BREAKING by Pen CREATOR AWARDS 2023
ユニークな才能で存在感を強める、いま注目すべきクリエイターをいち早く紹介。アート、デザイン、エンターテインメントなど、各界のシーンで異彩を放つ彼らのクリエイションと、そのバックボーンに迫る。
Pick Up Works
「スカーレット」
21年のファーストリリースが日本のバー業界に衝撃を与えた「スカーレット」。現在はオレンジピールやジャスミン、ニガヨモギ、マジョラム、ホップなど25種類のボタニカルを使った定番の「アペリティーボ」から、ミントを中心に30種類以上の薬草を使った「メンタアマーロ」、世界初の「オレンジアマーロ」や「カスクマリッジ」、そして最新作の「ヴェルデアマーロ」まで、幅広いラインナップが揃う。
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アマーロこそバーテンダーがつくるべき酒
――元永さんはウイスキーファンには有名な渋谷の「Bar CAOL ILA(バー・カリラ)」でキャリアをスタートさせました。どうして薬草酒であるアマーロに興味を持ったのですか?
カリラには9年間勤めましたが、その間に何度も海外に行かせてもらい、スコットランドでは約70カ所のウイスキー蒸留所を見てまわりました。また、他のヨーロッパの国々でも酒づくりの現場やバーを巡り、現地のバーテンダーたちの薬草酒の使い方の上手さにびっくりしたんです。大抵のバーでは、薬草酒を使ったオリジナルのカクテルが“シグネチャー”として提供されていて、それを若い人たちがよろこんで飲んでいる。
そんなカルチャーが面白くて、自分でも薬草酒を使ったカクテルを提供したくなりました。そこで、当時から自分の畑で育てた植物を調合した薬草酒をカクテルに使うなど、面白いことをやっていた新宿のバー「Ben Fiddich(ベンフィディック)」で働かせてもらったんです。その後は自家製リキュールが有名な台湾の「WA-SHU 和酒」や中国のバーでもカウンターに立ち、バーテンダーとしていろいろな経験を積ませてもらいました。
――その頃にはもうアマーロをつくろうと思い始めていたのですか?
まったく思っていませんでした。でも、ヨーロッパの村々で古典的な方法でつくられているお酒に面白さは感じていました。スコッチウイスキーの多くが巨大な蒸留所でつくられているのに対して、フランスのフルーツブランデーやスイスのアブサン、イタリアのアマーロなどは、それこそおばあちゃんがひとりで手づくりしていたりするんです。ふらっと訪ねると言葉も通じないのに温かく迎えてくれて、そこでつくられるお酒を飲ませてもらうとそれがとてもおいしくて。まさにハンドメイドで、それぞれのお酒やつくり手にストーリーが感じられる。ヨーロッパで出会ってそんな風に感じていたお酒のひとつがアマーロでした。
――そこからどのような流れで伊勢屋酒造を立ち上げ、ご自身でアマーロをつくり始めることに?
ビザの更新などで19年に帰国して、買い集めていたウイスキーも2000本くらいになっていたので、自分でバーを始めようかと考えていました。一方でちょうどその頃、カリラのオーナーで僕の師匠でもある小林正英さんが、相模原にある築100年のご実家を相続するタイミングだったんです。もともとものづくりやDIYが好きだったこともあり、30年くらい誰も住んでいなかった古民家の掃除や修理を手伝っているうちに、ここでなら薬草酒をつくれるんじゃないかと思うようになりました。近くには畑もあるし湖(相模湖)もあるし、「まるでヨーロッパやん」と(笑)。
――とはいえ、日本でアマーロはメジャーな酒とは言えませんよね。挑戦することに躊躇はなかったのでしょうか?
当時からクラフトウイスキーの蒸留所が日本でも増えていましたが、もともとウイスキーサイドにいたからこそ、“ほんまもん”をつくろうと思えばめちゃくちゃなお金がかかることを知っていました。また、ジンなども人気になっていてつくり手も増えていました。でも、アマーロをつくっている人は僕が知る限り誰もいなかった。アマーロはスピリッツにさまざまな植物や果物の葉や根、皮などを浸漬してつくるリキュールで、その名称は“苦味”を意味するイタリア語に由来します。ざっくり言えば苦味のあるリキュールのことで、日本の養命酒のように、イタリアなどではおじいちゃんやおばあちゃんが食前や食後に飲むようなお酒だったんです。それが世界的なカクテルカルチャーの隆盛で再注目されて、いまではバーテンダーがクリエイティブなカクテルを創作するうえで欠かせない酒になっています。
僕自身がいろいろな国で酒づくりだけでなくハーブやスパイスも見てきているうえ、バーテンダーとしての経験があるから、バーテンダーや飲み手の人がどんなものを求めているかも逆算して考えることができる。それに、世界で最も有名なビターリキュールのひとつであるカンパリも、もともとはバーテンダーあがりの人が発明したもの。いくつかのピースが自分の中でぴたりとはまって、「アマーロこそバーテンダーがつくるべき酒だ」と思ったんです。
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目指したのは、古きよき時代の“ほんまもん”の酒
――まさに運命的な巡り合わせがあってスタートしたのですね。
ほんまにそう思います。この場所はもともと宿場町で、近くには江戸時代に大名が宿泊した本陣だった小原宿跡も残っています。伊勢屋酒造の「伊勢屋」も実は旅籠(はたご)だった頃の屋号で、それをそのまま使わせてもらっています。小林さんにも背中を押してもらい、会社を設立したのが20年の8月。そこからリキュールをつくるための免許を取得したり、敷地内の古い建物を壊して製造所を建てたり。最初は大工さんに手伝ってもらっていろいろと教えてもらいながら、途中からは自分たちの手で酒蔵をつくりあげていきました。
――目指そうと思ったアマーロはどのようなものだったのですか?
自分でアマーロをつくろうと思った時に出会ったのが、1940年代から50年代にイタリアのブトン社が出していたアマーロでした。現在の大手メーカーのアマーロの多くは、植物などから抽出したオイルをスピリッツに混ぜて香りづけするという簡素化された製法が主流になっています。対してブトンのアマーロを飲むと、ボタニカル(草根木皮)の香味もよくわかるし、オールドボトルならではの深い味わいがあって、なによりも手づくりの味がする。生のボタニカルを使ってハンドメイドで……そんな非効率な手法を続けていたからブトン社は潰れてしまって、いまやオールドボトル市場では伝説的な存在になっています。
そんなブトンのアマーロを再現しようと考えたのですが、アマーロをはじめとする薬草酒はもともと修道院で薬としてつくられていて、そのレシピはすべてが秘伝。そこでエキス分やアルコール分などを自分なりに分析して、さまざまなボタニカルはもちろん、黒糖や甜菜糖、蜂蜜やグラニュー糖など、使う砂糖やその配合比率もいろいろと試しながら、自分が理想とする“ブトン”の味わいに近づけていったんです。
――そして2021年11月には「スカーレット・ザファースト」を発売。その味わいやストーリーも話題になり、いまや「スカーレット」は日本の名だたるリカーショップやバーで見ることができます。
発売した年の2021年にちなんで2021本をリリースしました。日本ではあまり知られてないアマーロを、ましてやクラフトで2000本売るバカがどこにおんねんと(笑)。そうは思いましたが、これが売れなければやめようというくらいの覚悟を持っていました。おかげさまでファーストボトルは1カ月ほどで売り切れて、周囲のバーテンダーの人たちを含めていろいろな方からうれしい評価をもらいました。
その後にリリースしたのが、自分たちのアマーロを日本の蒸留所のウイスキー樽で熟成させたカスクマリッジや、ブラッドオレンジの皮に加え、本来なら捨ててしまう果汁なども使ったオレンジアマーロ。どちらも従来のアマーロにはない発想ですが、アマーロという薬草酒を、できるだけわかりやすいかたちで多くの人に届けたいという思いがありました。
オレンジアマーロなら単純に「オレンジの味がする!」と思ってもらえればいいし、カスクマリッジならウイスキーが好きな人にも興味をもってもらえる。そもそもブランド名の「スカーレット(緋色/黄色みを帯びた鮮やかな赤)」は英語で、「アマーロ」はイタリア語。そんなゆるい感じも、日本人らしくていいんじゃないかと思っています。(笑)
――ボトルのラベルにアルファベットの小さな文字で、「MAIDO OOKINI HONMAMON ELIXIR」と入っているのも遊び心があってユニークです。
100年くらい前からあるようなお酒のラベルにしたくて、フォントなどにはこだわり抜いたのですが、関西人として少し洒落も効かせたかったんです。生のボタニカルやハンドメイドにこだわった“ほんまもん”のつくり方で、どこまでおいしいアマーロをつくり続けられるかというのが伊勢屋酒造のミッションであり挑戦。ちなみにオレンジアマーロの方には、「MAIDO OOKINI KAWAMUKI FRIENDS」という文字が入っていますが、これはオレンジの皮むきを手伝ってくれる人たちに向けた感謝のメッセージ。毎年、SNSなどで声をかけると全国から70人くらいの人がボランティアで来てくれて、大量のオレンジの皮むきや搾汁を手伝ってくれるんです。
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飲み物の価値を超えたアマーロをつくりたい
――近隣の畑ではさまざまなハーブやスパイスなどのボタニカルを栽培されています。「スカーレット」には何種類くらいのボタニカルが使われているのですか?
日本では栽培できないものもあるので、すべて自分の畑で栽培したものではありませんが、多いもので30種類以上は使っています。近くに3カ所の畑を借りていますが、もちろん最初は“おまえ誰やねん状態”でしたからね。草刈りなどをお手伝いして信頼してもらえるようになり、いまではすっかりご近所さんに溶け込んでいます。
ワインをつくる人がブドウに向き合うのと同じように、薬草酒のつくり手としては薬草ときちんと向き合いたい。「スカーレット」にはさまざまな植物の花や根、種などを使いますが、やはり生(フレッシュ)のものと乾燥させたものでは味わいがまったく違うので、自分でボタニカルを栽培することはとても重要です。このあたりには自生している山菜などの植物も多くて、1年目は “ポケモン”を探すように畑を歩いて使えるボタニカルを調べまくりました。そこから土を耕したり、必要なボタニカルを植えたりして、畑の方も年々進化しています。
――製造工程を見せてもらいましたが、スピリッツに浸漬するボタニカルの量に驚きました。
古典的な方法でつくると、どうしても大量のボタニカルが必要になるんです。ベースのスピリッツについては新潟の越後薬草蒸留所と広島の桜尾蒸留所のものを使い分け、フレッシュなボタニカルと乾燥させたボタニカルでは、浸漬するタイミングなどの条件も変えています。浸漬には約1週間をかけてその後に砂糖などを加えるのですが、たとえば定番の「アペリティーボ」なら甜菜糖と黒糖と蜂蜜とグラニュー糖の4種類、「ヴェルデアマーロ」なら甜菜糖と黒糖のみなど、それぞれの製品で狙う味わいによって、ボタニカルの種類だけでなく使用する砂糖の配合なども変えています。
――それだけこだわってつくられた「スカーレット」を、飲み手にはどのように飲んでもらいたいと考えていますか?
もちろん自由に飲んでもらえればいいと思いますが、やはりリキュールなのでトニックで割って甘みを伸ばすとおいしくなります。とはいえ、トニックが家にないならストレートでもロックでもいいと思いますし、グラスにスカーレットを注いでから炭酸を足すソーダ割りもおすすめです。また、冬にはお湯割りも最高で、近所のおじいちゃんやおばあちゃんなどはスカーレットのお湯割をよろこんで飲んでくれています。
――プロのバーテンダーから一般の酒好きにまで、日本初の“ほんもまん”のアマーロが広がっていくというストーリーはとても痛快です。最後に、伊勢屋酒造の今後の展望についてお聞かせください。
「スカーレット」を通じて日本で薬草酒やアマーロの認知を広げたいと思っていますし、同時に海外市場にも自分たちの製品を広げていきたいと考えています。ありがたいことにすでにいくつかの国のインポーターからお話があって、実際に具体的な話も進んでいます。2021年にイタリア人バーテンダーが世界のアマーロをまとめた『The Big Book of Amaro』という本が出版されたのですが、その改訂版が出る頃にはそこで「スカーレット」も紹介してもらえるようになっていたいですね。
また、“皮むきフレンズ”のような仲間づくりを一歩進めた無料のメンバーシップや、実験的な製品を一緒につくるサブスクリプションの会員制度なども今後は展開していきたいと考えています。そして長期的には「スカーレット」を、“飲み物以上の価値”を見出してもらえるアマーロに育てたい。たとえば、リリースされるすべての「スカーレット」をコレクションしてもらえたり、自分の子どもが20歳になった時に一緒に飲む酒として「スカーレット」を選んでもらったり。世界中の酒好きたちから追いかけてもらえるようなアマーロをつくることが、大きな夢であり目標です。