ラグビーワールド杯が開幕、70年代に日本でもブームを巻き起こした「ラグジャ」について話そう

  • 写真 & 文:小暮昌弘
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40年くらい前になるだろうか、ファッション雑誌の編集者になって初めて編集長に褒められた企画がある。うろ覚えだが、タイトルは「流行遅れ図鑑」。所属していた雑誌がかつて取り上げたいくつかのアイテムやブランドの“いま”を取材して回るという企画だった。海外向けにデイパックを製造していた日本の会社を取材したり、70年代に買えないくらいのブームになったボートハウスの「正ちゃん帽」を取材したり、とても楽しく勉強になった取材だったことをいまでも覚えている。

今回はそんな「流行遅れ」ネタを書いてみたいと思う。取り上げるのは「ラグビーシャツ」、あるいは「ラグビージャージー」と呼ばれるラグビー用のユニフォームをもとにつくられたカジュアルアイテムについて。日本でも1970年代に一瞬だけブームになったことがあってその時にはみんな「ラグジャ」と縮めて呼んでいた。

その頃のアメリカではそれまでのアイビーやヒッピーといったファッションに代わって、健康志向でエコロジカルなスタイルが注目されるようになった。人々は生活するための道具を自ら背負い、自分の足で広大な自然を歩くというバックパッキングというスポーツを楽しむようになり、道具としてのアウトドアアイテムやそれをつくるブランドが人気を集めるようになった。パタゴニアもそのひとつだろう。

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一昨年だったと思うが、ようやく手に入れたパタゴニアのラグビーシャツ。コットン100%で、「イングランド型」と呼ばれる比翼仕立てのデザインが特徴。現在のラグビー用のユニフォームとは素材もデザインも違う。

パタゴニアは1957年、ロッククライマーであった創業者イヴォン・シュイナードがカリフォルニアで立ち上げたクライミング用品の会社が始まりだ。1973に衣料品などの販売を始めた時にブランド名を南米の地名であるパタゴニアに改める。その時に、販売したアイテムのひとつが、今回取り上げる「ラグビーシャツ」だ。パタゴニアのホームページにはこの時の話が載っている。1970年の冬、クライミングのためにスコットランドに向かったシュイナードは一枚のラグビーシャツに出合う。

「ラグビーの激しい動きにも耐えるつくりだし、襟もしっかりしていてスリングで首筋が傷つくことも防いでくれそうだった。—中略—帰国後、シュイナードが山に着て行ったら、あっちでもこっちでも、どこで買えるのかクライミング仲間に尋ねられた」

ちなみにこの山とはカリフォルニア州のシエラネバダ山脈にあるアウトドアの聖地、ヨセミテ。シュイナードはこの場所を本拠地にして山を傷つけないクリーンクライミングなどの用具を開発していた。シュイナードがこの時手にしたラグビーシャツは、英国のアンブロという1920年代に創業されたスポーツブランドで、パタゴニアのホームページで解説しているように、そのヘビーデューティな素材とつくりがロッククライミング用の衣料に向いているとシュイナードは判断したのだろう。さっそく輸入して自身のショップで販売するがあっという間に売り切れてしまうほどの人気で、その後カリフォルニアを中心にラグビーシャツを着ることが流行する。

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左は1976発行の『平凡パンチ Men’s  Catalog』(平凡出版)。「ザ・グレート・パシフィック・アイアンワークス」ネームのパタゴニアのラグビーシャツが表紙になっている。右は76年の『ポパイ』(平凡出版)の創刊号。中で「ラグジャ」や、ラグビーシャツ風のポロシャツのブームを解説している。

日本でも70年代に起こったメイド・イン・USAブームで「ラグジャ」と呼ばれるくらいヒットとなったが、パタゴニアの1号店ができるのは89年とまだまだ先。パタゴニアの「ラグジャ」を手に入れるのは至難の業。一部の並行輸入店では扱っていたらしいが、私が購入した「ラグジャ」は日本製のスズキスポーツやセプターというラグビー選手が着るモデル。コットン100%の素材は目が詰まっていて洗濯すると縮む。しかも引っ張られても簡単に破れないようにボディそのものが細身に仕立てられ、お世辞にも着やすいとはいえない。さらにこの「ラグジャ」ブームは一瞬で過ぎ去ってしまい、ほとんど着ないでタンスの肥やしになった覚えがある。

数年前、イラストレーターの小林泰彦さんを取材した折に、小林さんが長く着込んだラグビーシャツを着用されていて、とても素敵に見えた。私も小林さんの真似をして20代では手に入れることができなかったパタゴニアのラグビーシャツを手に入れようとしたが、古着ではあったのだが、新品がなかなか見つからない。写真は数年前に購入したものだが、これもホームページに掲載されてすぐに買おうとしたが一瞬で品切れに。「入荷待ち」にチェックを入れて数カ月待ってようやく手に入れたものだが、20代の頃に購入した日本製に比べると素材もやわらかく、シルエットもタイトではない。それでも各所の縫製もいかにも頑丈そうで、これなら10年先くらいまで着られるだろう。

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今年初めに購入したパタゴニアのTシャツ。背中に入ったプリントは初の直営店「グレート・パシフィック・アイアン・ワークス」時代に使われていたもので、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」から着想を得てシュイナードがデザインしたといわれている、いわば名品。

パタゴニアは今年創立50周年を迎える。今年初めから記念の限定アイテムも続々とリリースされている。ラグビーシャツも素材をリサイクルウールとリサイクルウールに変えてリリースされるようで、サンプルは某セレクトショップの展示会で拝見した。しかし個人的にはそれはお洒落すぎているように思える。往年のファンにとっては昔ながらのラグビーシャツの方がいい。できれば胸に太いラインが入った70年代にヒットしたデザインがいい。パタゴニアが当初、ラグビーシャツと一緒にリリースした名品「スタンダップ・ショーツ」(帆布素材でそのまま立ってしまうほど頑丈だったのでこう命名された)とともに70年代のパタゴニアを満喫したい。

いよいよラグビーW杯も開幕したが、W杯に出場している屈強なラグビー戦士たちはこんな「ラグジャ」は着ていない。彼らが着ているユニフォームは、薄くて頑丈で機能も確実にアップしているように見える。しかし私にとってはこのクラシックな「ラグジャ」は、70年代の忘れられないアイテムで唯一無二のもの。機会があればこれからもこんな「流行遅れ」アイテムを取り上げてみたい。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。