主体的な学びをサポートする、エドテックとの付き合い方 “3つのポイント”

  • 文:久保寺潤子
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YouTubeで「Study with me」と検索すると、勉強しているシーンを自分で撮影した動画が数多く見つかる。

AIやIoT、仮想通貨、自動運転、ドローンなど、私たちの生活にはいたるところでテクノロジーの進化がおよんでいる。教育現場では、2010年頃にアメリカで提唱されたエドテック(EdTeck:エデュケーションとテクノロジーを掛け合わせた言葉)の概念が世界中で広がっている。そこでデジタルハリウッド大学 教授・学長補佐であり、教育イノベーション事業に関わる佐藤昌宏さんに、エドテックとの付き合い方を聞いた。

1.テクノロジーを恐れない

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2023年のアメリカにおける学習ツールランキング。アメリカのサイトTop 100 Tools for Learning 2023からの引用。

エドテック先進国であるアメリカは、人種の多様性に対して誰も取り残すことのない教育を目指し、積極的にテクノロジーを取り入れてきた。「一人ひとりの学習状況をデータで管理することにより、教育格差をなくすことが当初の目的でした。学校に行けない子どもでも、インターネット環境さえ整っていれば学べる時代になったのです」と佐藤さんは言う。世界的に見て教育格差の少ない日本はエドテック後進国であったが、ようやく変化の兆しが見えてきた。「大きなきっかけとなったのはパンデミックです。学級閉鎖になったことで、自らの学びをマネージメントする子どもが増えた、という報告があります」。自宅のパソコンでさまざまなソフトを使いこなし、自分に合った勉強法を獲得する子どもが徐々に増えているという。ただ日本と世界ではまだまだそのアプローチの仕方に差がある。「日本では教育特化型のアプリを使うケースが多いのに対し、アメリカでは教師がYouTubeやMicrosoft PowerPointなどの汎用ソフトをうまく使いこなして独自の授業を展開しています」

“アクティブラーナー”育成の必要性

アメリカでは学校が特定のソフトを推奨するのではなく、教師個人に選択がゆだねられているケースが多い。「日本の教育現場が汎用ツールを使いこなせていないのは、使う側のリテラシーが問われるからです。しかし教育特化型のソフトだけに頼っている限り、マニュアルに従って行うこれまでの教育システムとあまり変わりません」

つまり教師も創造的な授業を展開するために、子どもとともに学び続けることが大事だと佐藤さんは言う。「これからの教育で大事なのは、アクティブラーナーを育成することです。モチベーションさえ上がれば、子どもたちはテクノロジーを使って主体的に学び始めます」。2019年からは全国の児童・生徒にひとり一台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文科省の取り組み「GIGAスクール構想」が実施された。「たとえばYouTubeでStudy with meというタイトルを検索すると、自分が勉強しているシーンを延々と流しています。これは自分にプレッシャーをかけながら多くの仲間とともに勉強してモチベーションを維持する効果があります。子どもたちはこのようにして独自の問題解決に取り組んでいるのです」

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2.リテラシーを考えながら使う

教育の現場でも人気が高い汎用ソフト「Canva」の教育版の紹介動画。

ひと昔前は一部の人だけが使っていた先端技術が、テクノロジーの進化によって誰でも手軽に使える時代になった。「もはやエドテックを使わないという選択肢はないのです。これからはどのように使うのか。そのリテラシーを議論すべきです」

テクノロジーの進化に伴い、未来の教育に必要な要素を表したのがSTEAM(スティーム)だ。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(技術)、Mathematics(数学)にArts(芸術・教養)を加えたもので、2006年にアメリカの技術科教師ジョーゼット・ヤークマンによって提唱された。日本では「総合的な学習(探究)の時間」という科目に相当する。

文系・理系の境界はなくなっていく

「テクノロジーの汎用化によって文系・理系の境界はなくなっていきます。エドテックにおける本質は主体的で自立的な学習、そして個別最適化なのです」。例えばeラーニングでマイページを開くと「あなたの今の学習状況」が可視化されて個人に合わせたアドバイスを提示してくれる。「学校の教室で一律に行われる授業と違うのは、個人の資質に合わせた学習方略ができる点です。音読学習、黙読学習、体験型学習など、人によって認知過程は千差万別です」。さらに自分の問題点を振り返る自己調整学習もエドテックの強みとなっている。

モチベーションが上がれば自分のペースで学ぶことができる時代だが、テクノロジーに唯一欠けているのは善悪の判断である。「STEAMのAにはデザイン思考としてのアートと、リベラルアーツのふたつの意味があります。技術を使う上で大切なのは新しい倫理や道徳、哲学です。これは教師や親が子どもと一緒に考えるべき問題です」。答えのない問題に対して大人は子どもと一緒に考える姿勢を示すことが大事だと佐藤さんは言う。

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3.自由な発想を止めない


ノルウェー発の教育アプリ「Kahoot!(カフート)」。クイズ大会を開催するなど、ゲーム感覚で楽しみながら学ぶことができる。

ITリテラシーをめぐって、いま最も論争が繰り広げられているのがAIやChatGPTだ。「近い未来、LLM(大規模言語モデル)の進化によって教育のあり方が根底からひっくり返ることになるでしょう。人間の専売特許である4C(クリエイティビティ、コラボレーション、コミュニケーション、クリティカルシンキング)の領域にもAIが侵出しています。これまでのテクノロジーは効率化や自動化といった側面に秀でていたのですが、創造性の分野までヒトを凌ぐようになってきました」。手を使ってデザインやアート、モノ作りをしてきた人はAIを使えば自分の能力以上のものをアウトプットできるという。「AIによって何かが奪われてしまうのではなく、使う人ほどさらに新しい世界が見えてくる。だから子どもたちにはブレーキをかけないでと言いたい。親や教師は自分の教育成功体験をいったん頭から外し、既成概念からの脱却が必要なんです」

習っていなければ自分で検索

教育に限らず、経済界でも日本のデジタル化の遅れは問題視されている。かつての先進国が新興国にあっと言う間に追い抜かれてしまうといった事態を教育の分野で回避するためにも、親世代の意識改革が必要だ。「エドテックの力で『習っていないからわかりません』という発想をなくしたい。ググレカス(質問する前に検索しろ)というネットスラングがありますが、習っていなければ自分で検索すればいい。これは大人に対しても同じです。『教えてもらっていないからわかりません』ではなく、主体的に学ぶことが大切です。テクノロジーはそのためのツールなのです」

日本の教育制度は国内において高度に完成されてきたが、ここにきて大きな転換期を迎えていると佐藤さん。最先端のツールを使い、ワクワクしながら主体的に学習するために、大人もまた学ぶことの原点に立ち返ることが求められている。

佐藤昌宏 

デジタルハリウッド大学 教授・学長補佐
一般社団法人教育イノベーション協議会代表理事


1992年日本電信電話株式会社(NTT)入社。2002年デジタルハリウッド株式会社執行役員に就任。04年e-ラーニングシステム開発事業を行う株式会社グローナビを立上げ代表取締役に就任。09年デジタルハリウッド大学院事務局長や産学官連携センター長を経て、17年には一般社団法人教育イノベーション協議会を設立、代表理事に就任。現在は専任教授として学生指導を行う。また、内閣官房「教育再生実行会議」技術革新ワーキンググループ委員、経産省「『未来の教室』とEdTech研究会」座長代理など教育改革に関する国の委員や数多くの起業家のアドバイザーなどを務める。著書に『EdTechが変える教育の未来』がある。