映画『BAD LANDS バッド・ランズ』で魅せた、女優・安藤サクラの新境地

  • 写真:吉田 塩
  • 文:SYO 
  • スタイリング:椎名直子(TIBER GARDEN)
  • ヘア&メイク:星野加奈子(新緑団)

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1986年2月18日生まれ、東京都出身。2007年に奥田瑛二監督作『風の外側』で俳優デビュー。映画『百円の恋』(14年)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞ほか数々の賞を受賞し、『万引き家族』(18年)で自身二度目となる日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。さらに、映画『ある男』(22年)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞に輝くなど映画、ドラマなど映像作品を中心に第一線で活躍。

第46回日本アカデミー賞(2023年)で最多8冠に輝いた映画『ある男』、一大ブームを巻き起こしたテレビドラマ「ブラッシュアップライフ」、第76回カンヌ国際映画祭(23年)で脚本賞・クィア・パルム賞を受賞した映画『怪物』――。出演作が軒並み旋風を巻き起こしている女優・安藤サクラ。日本を代表する表現者として、益々の成熟を感じさせる。 

だが、そうした周囲の喧騒を本人は意に介さない。「私は現場が好きで、ただ演じている人です。『仕事』という感覚はなく、作品に関わるのが楽しくてここまで来ました。さまざまな偶然が重なって大忙しになりましたが、たまたまそういうタイミングだっただけです」と言い切る。

そんな安藤の“感覚”の一端、そして最新主演映画『BAD LANDS バッド・ランズ』での挑戦を教えてもらった。

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カメラを向けると、気さくにポーズをとってくれた安藤。●Tシャツ、パンツ/スタイリスト私物、ブレスレット¥165,000/ホーセンブース(サザビーリーグ☎03-5412-1937 )

 

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流れに乗って生きることを大事に

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第151回直木賞を受賞した『破門』や『後妻業』などで人間を突き動かす欲望を描いてきた黒川博行の重厚な傑作小説を、名匠・原田眞人監督が待望の映画化。

「私は割と挑戦したいけど、“いまはその時じゃない”と思ったら見送るタイプです。大切なのは、タイミングや流れ。感覚を研ぎ澄ませつつ流れに抗わずに日々を生きていると、きちんと出会うべき時がやってきますから。そして、その瞬間に直感で判断するのではなく“あ、来たのね”と受け止めるようにしています。私は優柔不断な性格で、頭で考えるとすごく悩んでしまうのですが、“流れに乗って生きる”を大事にしていると大きな決断をする時に迷わなくなります。この感覚は、演じる時にも大切にしています」

生生流転ではないが、流れをせき止めずに身をゆだねることが、結果的に好機を呼び込む。そうした生き方は、安藤が語る通り感覚・感性を鋭敏に保つ必要性も生じるのではないか。「できることなら、感覚を鈍らせることなく常に整えていたいです。感覚が鈍ってしまっている時は、頭以外の部分がすごく苦しくなってしまうから。でも、そういう時も“自分がひとつステップを上がる時だ”と受け入れています。作品と出合いがない時期も、自分にとって必要なことなのだと」

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原田眞人監督作品への参加という、大きな挑戦

 

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大阪を舞台に、特殊詐欺を生業とする主人公のネリと、その弟ジョーによるストーリー。

受容の精神の体現者である安藤。そのスタンスは徹底している。『BAD LANDS バッド・ランズ』のオファーが来た際、スケジュール的に熟考する猶予はなかったそうだが「その時の自分じゃないと挑戦できない作品が来た」と腹をくくることができたという。とはいえ、飛び込むにあたって不安が一切なかったわけではない。

「原田眞人監督の現場にはいい意味で緊張感が漂っているイメージがあって、“怖くないかな、委縮しないかな”とは思いました。若い頃に原田監督のオーディションに参加したかったけど叶わなかったことがあり、“自分が呼んでもらえることはないだろうな”と感じてしまって、憧れと恐怖が混在していました。でも、私の中のハードルが高いぶん“これはすごく大きな挑戦になる”と思い、決断した時には本当に武者震いしました。それほどの作品が来たんだと思いました」

安藤は、初めて本作の台本を読んだ当時を「8時間かかりました」と振り返る。「自分の知らない世界の言葉がたくさんあってイマジネーションを膨らませるのに時間がかかったこともありますが、原田監督が描くキャラクターたちが既に生きていて、自分のイメージの中で動かしていく作業を含めると、それくらいは必要でした。会話のちょっとした語尾に私が演じたネリの優しさが見えてきたりして、それを取りこぼさないように気を付けて読んでいきました」

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埃を取る動作も、一つのアクション

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原田監督作品への出演は映画『燃えよ剣』以来となる、山田涼介がネリの弟・ジョーを演じる。

『BAD LANDS バッド・ランズ』の劇中で安藤が演じるのは、特殊詐欺を生業とする女性・ネリ。到底口に出来ないような壮絶な過去を背負い、社会の底辺で犯罪に身を染めて生き延びてきた人物だ。山田涼介演じるトラブルメーカーの弟・矢代穣(ジョー)と共に、人生をかけた大勝負に挑むことになる。生い立ち・技能・感情表現・セリフ量とスピード……どれをとっても高い表現力を要する難役だが、安藤はどのようにして役を構築していったのだろう。

「最初に原田監督にお会いした時『印象の薄い主人公として演じたい』とお伝えしました。ネリを取り巻く人たちのキャラがとても立っていることもありますし、自分が薄く演じることで、観た方の中に最終的に彼女の存在が残るような主人公像を目指しました」

加えて安藤が言及するのが、アクションシーン。アクションといっても、殴る蹴る飛ぶといった派手なものに限定せず、フィジカルな“動作”全般を探求していった。

「本作にはアクションシーンもたくさん用意されていますが、『戦う』時もキャラクターの呼吸が聞こえるものにしたいと思いながら取り組みました。たとえば日常を描いた作品で『埃を取る』という動きがあったとして、それも一つのアクションですよね。その延長線上に、今回のアクションもあります。私たちが普段生活しているなかにはない動きであっても、ネリたちにとっては普通にあること。そうした各々のキャラクターの日常から生まれる動きをみんなで探してアクションシーンを作っていく作業は、とても面白かったです」

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自主性を重んじつつ、投げっぱなしにはしない

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原作を読んだ感想を「実に刺激的な読書体験」だったと原田監督。本作では、犯罪グループの元締めを補佐する立場の主人公・橋岡を女性にしたらどうかと構想した。

流れに沿い、飛び込んだ『BAD LANDS バッド・ランズ』の現場。そこには、安藤が「目からうろこでした」と驚嘆した発見が詰まっていた。

「原田監督は、私たちが演じるからこそ生まれる役柄の魅力を見つけて楽しんでくださる方でした。役者に迷いがあるとそれができないからと、自由にのびのびとやらせていただきました。衣装などでも『サクラが思う方でいいよ』と委ねて下さって、役者自身の“選択”を尊重してくれました。たとえば現場に大雪が降った時『こんなにフォトジェニックな大雪を使わないのはもったいないな〜』と言ったら『じゃあ撮ろう』とその場でシーンを追加してくれたり、私が『こんな立派なベンツで山道を運転できるかな……?』と躊躇していたら『じゃあジョーが運転すればいい』とフレキシブルに変更してくれたり――。監督の中で台本がしっかり出来上がっていると、現場でこんなにも演出が軽やかなんだと思いました」

自主性を重んじつつ、投げっぱなしにはしない。安藤は「監督ご自身のこだわりはあるんです」と補足する。

「監督がこだわっている部分は、全部台本に書いてありました。ト書き(シーンの説明文)に、ネリの服装は野球帽とブラックスキニージーンズと書かれていますが、そのうえでどれを使うかは『自由に選んでいいよ』と託してくださる。悩みながら『どれがいいと思います?』ではなく、こちらが選んでそこに意味をもたせて見せてくださる監督はいままでいなかったので、衣装合わせの段階から新鮮でした。そんな原田監督だから、現場で生まれるものが毎日たくさんあってとても楽しかったです」

映画づくりを愛する“ただの演じ手”として、日々をていねいに生きていく安藤サクラ。その“流れ”は、どこに行きつくのだろうか。まさに未踏の道程を、我々は目の当たりにしている。

 

『BAD LANDS バッド・ランズ』

監督・脚本・プロデュース/原田眞人
出演/安藤サクラ、山田涼介ほか
https://bad-lands-movie.jp