作家・辻村深月「未来の私に、いまの私のことを 絶対否定させたくない」【創造の挑戦者たち#80】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:今泉愛子
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Mizuki Tsujimura●1980年、山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』(講談社)で メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』(新潮社)で吉川英治文学新人賞を受賞。12年『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で直木賞を受賞。

小説家としてデビューしたのは2004年、24歳の時。以降、辻村深月は着々とキャリアを築き、12年には『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。新作が最も待たれる作家のひとりだ。

辻村が書く小説の大きな魅力は、心理描写の解像度の高さにある。人の心にあらゆる角度から光を当て、無意識の想いまでも言葉にして突きつける。最新作『この夏の星を見る』では、茨城県、東京都、長崎県五島列島で暮らす中・高生の青春を描いた。

「いまの中・高生を追うにあたって、コロナ禍を書かないという選択肢はありませんでした。三密が叫ばれている中、野外で活動できる天文部を舞台に選びました」

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子どもたちはそれぞれの場所で壁にぶつかっていた。五島列島の旅館の娘である円華は放課後、親友の小春から「一緒に帰れない」と告げられる。家族が感染を気にするからだ。辻村は登場する子どもたちが抱えるもどかしさをていねいに描写するとともに、コロナ禍で感じていた違和感も描いた。

「修学旅行や部活の大会が中止になったり、お弁当の時間に会話できなくなったりしたことを『失われた』という言葉で表現することに抵抗がありました。子どもたちは新たな経験や想いを積み重ねているのに、それをないものとして扱っているように感じたんです。自分たちの経験をもとに大人は『早く以前のように』と言いますが、子どもは常に新しい日常を更新しながら生きています」

登場人物たちは遠方の仲間とリモートでつながり、望遠鏡のつくり方や星の観測方法について情報交換しながら、とても充実した時間を過ごしていく。

「子どもたちにとって失われた時間なんてない、とそのまま言ってもなかなか伝わらないですが、小説は、読む人がこういうことって本当にありそうだと感じられる景色を捕まえて書くので、そこから伝わるものがあるんです。それが小説のリアリティだと思います」

今年、これまでの創作活動をたどるガイドブック『Another side of 辻村深月』を刊行。デビューから19年間で執筆した40近い作品を振り返る節目となった。本人による作品解説では、執筆前に緻密な設計図を用意しないことを明かしている。

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未知の分野に飛び込むことで、手応えが蓄積されてきた

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「あとで思えば『この夏の星を見る』で天文部を選んだのも、星ならどこにいても同じ時間に見ることができる、というのがあったのかもしれません。子どもたち同士をつなげたいという気持ちがありましたから。自分が決めた題材に飛び込んだら、いつも必ずそうやって物語が動いていくんです」

だから辻村の小説は思いがけないダイナミックな展開が生まれる。

「新人の頃はそんな行き当たりばったりは怖かったのですが、このやり方だからこそ、そのタイミングでしか書けないものに仕上がった経験を経て、いまはすっかり飛び込む度胸がつきました」

新たなジャンルやテーマに取り組むことも恐れない。転機は、20代後半に会社をやめて、専業作家となった時だった。

「書く量が一気に増えて、得意なことだけではテーマが足りなくなりました。だから、他の扉を強引にこじ開けて書くしかなくて。その時期があったから、新しいものに挑戦することの面白さがわかるようになったんです」

もっといいものを、と考えすぎると、書くことが苦しくなることはないのだろうか。

「どんなに大変だったとしても締め切りを守るように心がけています。机にしがみついて書くことでしか、次の景色は見えてこない。それが小説家としての実感です」

ずっと走り続けてきたという自負があるからこそ、過去の自分へのリスペクトも忘れない。

「過去の小説を読み直していると、ここをもっとこうすれば、と思うこともあります。でもその時そのテーマに真摯に向き合った自分に失礼かなと。小説に正解はないんです。いまの私のことも60代70代になった私に絶対否定させたくない。反省は次の作品に活かせばいい。それができるのが小説家という職業の幸せなところです」

最後に今後の展望を聞いた。「あともう1回くらいがむしゃらに書く時期があってもいいと考えています。いつか書きたいと思っているテーマもあるので、逃げずに準備したいですね」

辻村の小説家としての核は、書くことへの強い覚悟だ。

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WORKS
小説『この夏の星を見る』
KADOKAWA

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コロナ禍で部活動が制限される中、茨城県、東京都、長崎県五島列島で暮らす中高生がオンラインで交流し、自作の望遠鏡で星を捕らえるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」を開催する。閉塞感を打ち破る出会いを描く。

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ガイドブック『Another side of 辻村深月』
KADOKAWA

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本人による全作品解説のほか、宮部みゆきや伊坂幸太郎との対談、村田沙耶香や冲方丁ら作家仲間からの100問100答など、創作の裏側を徹底解剖する永久保存版ガイドブック。『この夏の星を見る』のスピンオフ短編も収録。

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小説『闇祓(やみはら)』
KADOKAWA

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“闇ハラ”とは、心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動や行為のこと。学校や職場で起こる闇ハラとそれを祓う様子を描いた初の本格ホラーミステリー長編。

※この記事はPen 2023年9月号より再編集した記事です。