グローバルヒットを目指すドラマプロデューサー、佐藤菜穂美の情熱と挑戦の日々

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:SYO

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日本の映像業界とクリエイティブは今後、どこに向かうのだろうか。未来を予測する上でキーパーソンとなる人物がいる。CyberZ/BABEL LABELの佐藤菜穂美だ。2023年からサイバーエージェントグループ、CyberZに入社し、BABEL LABELのビジネスプロデュースを担当している。彼女のこれまでの軌跡とクリエイティブ論を聞いた。

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BREAKING by Pen CREATOR AWARDS 2023
ユニークな才能で存在感を強める、いま注目すべきクリエイターをいち早く紹介。アート、デザイン、エンターテインメントなど、各界のシーンで異彩を放つ彼らのクリエイションと、そのバックボーンに迫る。

Pick Up Works

ドラマ『離婚しようよ』

佐藤さんがNetflix在籍時代にプロデュースした作品のひとつ。宮藤官九郎と大石静によるリレー形式の脚本でも話題を集めた。女性にだらしなく、失言続きの“三世議員”大志(松坂桃李)と国民的女優ゆい(仲 里依紗)は、冷え切った夫婦生活を送っていた。ふたりはついに離婚を決意するも、「選挙に響く」「CMが打ち切られる」と外野から反対にされて……。波乱万丈の離婚騒動が幕を開ける。

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飛び込んだ映像業界で、宣伝の大切さを知った

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佐藤菜穂美(さとう・なおみ) ドラマプロデューサー
1988年、神奈川生まれ。2011年に映像業界に入り、映画配給会社のギャガに新卒入社。17年にはNetflixに転職し、ドラマ『離婚しようよ』や恋愛リアリティショー『あいの里』など話題作をプロデュースし、注目を集める。23年にはCyberZにフィールドに移す。

――幼少期から映画好きだそうですが、映画を仕事として意識されたのはいつ頃でしょうか。

学生の頃は、漠然と映画に携わりたいと思っていたのですが、インディーズの洋画に興味があったので、ギャガはぴったりだなと思い、志望しました。就職活動でほぼ唯一受けた会社ですね。ただ、入社して何ができるのか、何をやりたいのかは、そのときは考えていませんでした。

特にギャガは8年ぶりくらいの新卒採用で、周りは大先輩ばかり。同期は1人しかいない環境で(笑)。わからないことだらけで、入社した当初はついていくだけで精一杯でした。色々な部署に配属されたのでいい経験になりましたが、メンタル的にもフィジカル的にも大変ではありました。

――ギャガ時代は劇場宣伝、プラットフォーム向けの営業、買い付けを担当されたと伺いました。

劇場宣伝という仕事は、ギャガに入って初めて知りました。スクリーンまでの動線が緻密に考えられている劇場内において、作品のプロモーションはとても重要です。私は関東エリアを担当していて、チェーンのシネマコンプレックスから単館まで回っていましたが、最初に目をかけてくれたのが新宿武蔵野館の担当者でした。武蔵野館といえば水槽ディスプレイが有名ですが、私の担当作品を取り上げてくださったり、そういったことがモチベーションになっていました。

――プラットフォーム向けの営業というのは、動画配信サービスに対する営業ということでしょうか。

(以前ギャガが運営していた)青山シアターも担当でしたし、iTunesやHuluもそうです。まだNetflixが日本に上陸する前で、配信サービスの認知も低かった時代に、「ウチの作品を売らせてください」という交渉をしていました。

この時に配信のビジネススキームや、どういう作品が観られやすいのかを理解できたので、2017年にギャガからNetflixに転職した時も自然に溶け込めました。

――とはいえ、Netflixが日本上陸した2015年以降、映像業界は激変しました。

ギャガを退職する直前は買い付けを担当していましたが、現場でもその変化を肌で感じていましたね。買い付けの仕事では、英語のスキルが一切ないのに海外出張も経験しました。ある年のベルリン国際映画祭では置き引きに遭い、財布とスマホとパスポートを全部取られてしまったこともありました。それでもまずは買い付けの交渉がしたくて、映画祭のブースに行ったのですが、先方は驚いていました(笑)。そのときの交渉相手がセラー兼プロデューサーで「情熱があるのはわかりました。売りましょう」と言われたときは嬉しかった。ゼロの状態からセラーの人たちと関係を築けたことは財産になっています。

――そうしたガッツやメンタルの強さは、生来のものなのでしょうか。

メンタルは弱いですよ。いまもそうです。ただ人生の節々で重要な人に出会えて、大切な言葉をもらえたお陰で、何とかここまで来られました。ギャガでの経験を通して各国の映画人と関係を築けたことなど、いろいろな積み重ねが自信になりました。

まだまだ経験は乏しいですが、情熱と覚悟は絶対に負けない。想いが強すぎるので、力み過ぎてしまうときもあるのですが……。もう少し感情的にならずにいられたらというのが目下の課題です(笑)

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Netflixでプロデューサーになり、多角的な視点が培われた

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上:元日に伝説のドラマ『池袋ウエストゲートパーク』のNetflix配信を仕掛け、話題に。 下:映画の撮影機材会社で知られる「パナビジョン」のキャップを愛用。映画好きが垣間見える。

――ギャガに約6年在籍された後、転職先のNetflixではアニメ部門のライセンス取得、自社のライセンス業務、プロデュース業を担当されました。どれも新たな挑戦ですね。

当初は実写のライセンス業務をする予定でしたが、組織改編でアニメに注力することになりました。昔のアニメは観ていましたが、最近の作品は詳しくなくて、必死に勉強しました。

ギャガは映像業界に特化したプロ集団でしたが、Netflixにはあらゆる領域のプロが集まっています。データ分析に長けている同僚がいたのですが、その子は一切、映像作品を見ないんです。数字で判断して、買い付ける作品や金額をアドバイスする。そういう仕事の仕方もあるんだなと感じました。人がどういう視点でその作品を評価するのか、すごく気になるようになりました。

――Netflixでは作品のプロデュースにも挑戦されました。アシスタントを経ることなく、プロデューサーに起用されたそうですね。

経験がないため、勉強しながら覚悟を持ってやるしかない! という状況でした。自分が担当していたのは、外部のプロデューサーやクリエイターと組んでいくスキームで、その中で『あいの里』や『離婚しようよ』などを手がけました。途中から引き継いだ作品もありますが、スタート時から携わっているのは、この2作品です。

――『あいの里』や『離婚しようよ』では、プロデューサーとしてどのようなお仕事をされたのでしょうか。

この2作品でご一緒した(制作会社の)プロデューサーの皆さんは、現場も仕切っている方々でした。私自身は、ビジネスとしての勝ち筋を見据えて最大限の応援をしようと考え、現場の人たちがクリエイティブに集中できる環境づくりに注力しました。

この環境づくりは常々考えていることです。映像業界は、興行や配信など多くの要素があり、正解がありません。私たちは作品の可能性を日々議論していますが、現場のクリエイターには迷いをもってほしくない。クリエイターには自由に表現できるように、観てもらえる場やファイナンス面の体制づくりが自分の役割のひとつであり、課題でもあると思っています。

――『あいの里』は35歳以上の男女による恋愛リアリティショーですが、どのようにして生まれたのでしょうか。

Netflixは『テラスハウス』をはじめ、『未来日記』や『ラブ・イズ・ブラインド』などの恋愛リアリティショーを配信してきました。ただ私としては、日本のオリジナル作品を立ち上げたいと思っていました。社内で「35歳以上の男女が古民家に集まって恋愛するリアリティ番組をやりたい」とプレゼンしたのですが、当初は無反応だったんです。あの無風状態は、いまだにによく憶えています(笑)

でも社内試写をした後は、普段はやり取りのない部署の人まで「面白い!」と言ってくれて、最終的には多くの視聴者に面白さを伝えることができました。嬉しかったですし、本当にホッとしました……。成功できたのは、信頼できる制作チームのおかげです。ただ、劇中でバックストリート・ボーイズの楽曲を使おうと提案したのは自分です(笑)。反対意見もありましたが、個人的な感覚だけでなくデータを基に提案して採用に至りました。

――クリエイターとしての肌感と、マーケターとしての視点が融合したのですね。

これまでにない作品をつくりたいというクリエイターとしての想いと、オーディエンスの潜在的ニーズ、その両方を掛け合わせた作品を目指しています。それが一番うまくいったのが『あいの里』だと感じています。

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次は世界をターゲットに、映像業界全体に貢献したい

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ギャガ時代にはスマッシュヒットしたパニック映画『海底47m』などの買い付けを担当した。藤井道人監督の『青の帰り道』を観賞したことが、BABEL LABELに興味を抱くきっかけだった。

――現在はBABEL LABELのビジネスプロデュースを務めています。BABEL LABELや藤井道人監督とはどのように出会ったのでしょうか。

藤井監督の『ヤクザと家族 The Family』(2021年公開)を試写で拝見したのですが、ビジネスの場なのに号泣してしまいました。Netflixでは買い付けもしていたので、「この作品は絶対に買いたい」と思ったのですが、Netflixのユーザーにウケるというデータはありませんでした。社内で買い付ける理由を問われたのですが、「素晴らしかったからです!」だけで押し切りましたね。

――先ほどお話にもありましたが、佐藤さんには“想い”と“データ”、両方が判断基準としてあるかと思います。そのふたつがケンカすることはないのでしょうか。

すごくあります。それをどのように整合性をつけるのかは、毎回悩みどころですね。実はBABEL LABELに参加したのも、これに関係があります。

当時、私が在籍した部署は、組織変更でビジネス軸に舵を切ることになっていました。ただ自分の中では、クリエイティブな仕事もしたいという感覚もありました。Netflixはどちらも選択できる環境があるのですが、Netflixを含めた映像業界全体に貢献したいと思っていて、でも突き抜ける一手が思い浮かばず悩んでいたときに、CyberZからお話をいただきました。

――そしてCyberZに転職し、BABEL LABELを担当するビジネスプロデューサーになります。

藤井さんが昨年撮影していた作品の台本を読んで、2時間後には惚れ込んでしまいました。心から感動する映像やアイデア、人のつながり……。藤井さんはこの記事を読まないと信じて初めて言いますが、一番好きな監督です。

素直にBABEL LABELの可能性を感じているんです。BABEL LABEL、そして映像業界に貢献できる具体的なビジョンを描けたのが、ジョインする決め手でした。

――CyberZ、BABEL LABELでお仕事を始められて、手応えはいかがですか。

これまでの人脈や知識を共有できていますし、テレビ局とクリエイティブのディスカッションも現在進行形で行っています。Netflixとの連携や、BABEL LABELのクリエイティブを活かす企画も動いているので、入社した意味があったと思えています。

――『離婚しようよ』『あいの里』といったヒット作を世に送り出してきましたが、ムーブメントを起こす映像作品づくりには、どのようなクリエイティブが必要だと感じますか。

言語化するのはなかなか難しいですが、一般的には、視聴者がその作品を観た後にどのような気持ちになることを求めているのか、考慮するべきと思っています。

ただ、私がチャレンジしたいと思うのは、一見わかりにくくても口コミで話題になる作品です。海外では『メディア王 〜華麗なる一族〜』(HBO)や『一流シェフのファミリーレストラン』(ディズニープラス)は一見その世界に入りにくいですが、エミー賞などで評価されています。BABEL LABELなら、そういう作品をつくることも可能だと思っています。

――必ずしも作品の面白さがヒットの条件ではないですよね。特に作家性、クリエイティブが発揮されている作品になるほど、どのように受け入れられるのか読めません。

とがった作品は視聴者層が限定的になりがちですが、そこを広げるのもプロデューサーの仕事です。視聴環境づくりもそのひとつ。テレビ局や配信サービスと競業しながら、作品が観られる場所を増やしていきたいです。

何があっても作品を守り抜く覚悟と、BABEL LABELを世界展開させていくシビアな目線を両立をさせていきたいです。

――話せる範囲で、佐藤さんの今後の展開や目標を教えていただけますでしょうか。

直近だと、私が以前からご一緒したかったとある監督との企画が進行中です。これが実現したら皆さん驚くと思います! そしてこの情熱を止めることなく、早くグローバルヒットをつくりたいです。また、WEBTOON(縦型スクロール漫画)など、映像化を前提としたIP(知的財産)をつくるというプロジェクトも進行しています。これもグローバルを見据えたものです。

個人的には、ヤクザ映画とコメディ映画をつくりたい! 特にヤクザ映画では「帰るべき場所のない女性」を描きたいですね。

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Pen CREATOR AWARDS 2023
2017年にスタートした「Pen クリエイター・アワード」。第7回となる今回は、その1年に最も輝いたクリエイターをたたえる『Pen』本誌での特集に加えて、最旬のクリエイターをWEBで紹介する「BREAKING」と、作品公募×ワークショップのプロジェクト「NEXT」を展開。本誌「クリエイター・アワード」特集は2023年11月28日発売予定。