料理は、自然と共生したライフスタイルの体験へ。「LE DOYENNE」

  • 文・写真:細谷正人
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LE DOYENNEのメインダイニング。厩舎跡をダイナミックにレストランへと改装。どのテーブルからも菜園を眺められる。

ブランドとは、顧客との接点を通して記憶の中に形成される有形無形の総和です。
今注目されている「よいブランド」を探しに、新しく2022年6月にオープンしたパリ郊外にあるオーベルジュ「LE DOYENNE(ル・ドワイヨネ)」を訪ねました。

「LE DOYENNE」は、“野菜畑と伝統的なフランス料理からインスピレーションを得た、ビストロノミックな精神を備えた郷土料理体験”が、提供価値でありコンセプト。この壮大なプロジェクトを作り上げようとしているシェフは、パリで活躍した30代後半のオーストラリア人シェフ、ジェームズ・ヘンリーとショーン・ケリーです。2人のシェフは、パリから 36 km南にあるサンヴラン城の敷地内に邸宅として2 世紀にわたって使用されていた由緒ある別棟を改装し、菜園を囲むレストランと客室を誕生させました。

パリ中心部からRER C線で約50分。最寄りのBouray駅からはタクシーで約10分のところにあります。私たちの予約は日曜日の15時半。14時にパリを出発して、15時半からアペリティフ、ランチスタートという変則的な時間。これもサマータイムということで21時過ぎまで日が暮れない欧州ならではの時間の流れ方です。

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「LE DOYENNE」のエントランス

「LE DOYENNE」のネーミングは、邸宅の持主であったボルゲーゼ家の時代に由来し、果樹園で栽培されていた有名な品種の梨の名前から生まれたもの。それが理由なのか、バーカウンターには存在感のあるガラス瓶に入れられた梨のリキュールがありました。そして、なんといっても圧巻なのは、厩舎跡をダイナミックにレストランへと改装していること。テーブルの席から豊かな菜園を眺められ、パリ中心部から1時間とは思えないほどの穏やかな時間が流れていました。この改築にあたっては、歴史的背景を維持するために地元の職人の専門知識を求めながら、典型的なフランスのカントリーハウスを復元させたといいます。

改装を担当したのはパリを拠点に活動する6人の建築家、職人集団シグー(ciguë)。シグー(ciguë)は大量消費、使い捨てのモノづくりに反旗を翻し、廃材や古いマテリアルなどを使用してディテールにこだわる新進気鋭の建築家集団。空間を演出する温かみのあるハンドメイドの家具やソファ、暖炉の横にはターンテーブル、畑でとれたドライフラワー、アンティークの食器と銀のカトラリー、心地よい風合いのリネン、鴨をモチーフにしたユニークなデザインのデキャンタ等々。どれも力が抜けた温もりを感じられるモノばかりで、まさにガストロノミックではなく、ビストロノミックな精神を備えたモノが随所にいい感じに散りばめられています。

どのテーブルからも眺められる理想郷のような菜園では、トマト、キュウリ、ルッコラ、かぼちゃ、大根、ビーツ等々が育てられています。ハーブはキッチンの横のベランダで栽培しているのでキッチンからスタッフが常にハーブを摘みにきたり。外壁沿いには果樹園もあって、ぶとう、梨、リンゴなども見ることが出来ました。菜園の奥にあるアーチ型の温室でも様々な苗木が育てられていて、裏庭には鶏も飼っていました。

「LE DOYENNE」は、味覚や嗅覚だけなく視覚や聴覚など感性を全てを使って時間を楽しむことが出来る場所。料理と自然が密接に絡み合って、食べ手のインスピレーションを刺激してくる料理たち。それでいて徐々に気持ちがリラックスされていくのがわかるような、かけがえのない時間が提供されます。まさに、彼らによって季節のリズムを尊重した結果、創り出された一皿一皿が、僕たちのテーブルに届けられてきます。そして、段々とビストロノミックな精神を備えた郷土料理であることを理解してゆくのです。

特に驚いたのは、アミューズのブータンノワールのパイ。菜園で採れたルッコラにフランボワーズ、人参にラベンダーという組み合わせ。同じ土地でとれた、季節のリズムが同じ食材は、どんなものでも相性が良いことを教えてくれます。自家製のシャルキュトリーも風味がよく、味わいが絶妙。

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食事の後は、決してスタッフが促すわけでもなく、ゲストが自らグラスに残ったワインを片手に、菜園が見える気持ちのいいテラス席へ移動していく様子が面白い。そのまま、ゲストは菜園へ引き込まれていき、ゆったりとした時間が流れる散歩が始まります。この日の菜園では、ショーン自らが畑仕事に。レストランの入り口付近には、オリジナルショップもあり、菜園で採れた果物や野菜、ポスター、革製品やナイフ、畑道具、ジェームスが焼く天然酵母のパンが販売されていました。

ブランドとは顧客との接点を通して記憶の中に形成される有形無形の総和です。「LE DOYENNE」は、まさに「野菜畑と伝統的なフランス料理からインスピレーションを得た、ビストロノミックな精神を備えた郷土料理体験」の総和。繊細なのに緩やかで、刺激を受けているのにリラックスできる味わいと時間。唯一無二の体験によって愛着が生まれます。エントランスから、レストラン、農園、温室、暖炉、ショップ、宿泊などそのすべてで、一貫されている彼らの提供価値は圧巻です。

これからの料理は、味そのものの洗練さだけではなく、自然と共存するライフスタイルを見つめ直し、理想の生き方と出会うための心地よい時間の提供へと進化しているようです。まさにこれが新しいビストロノミックなオーベルジュ。また訪れたくなってしまうような愛着が生まれるブランド体験が「LE DOYENNE」にありました。

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LE DOYENNE

5 Rue Saint-Antoine, 91770 Saint-Vrain, France
+33-6-58-80-25-18
https://ledoyennerestaurant.com

 

細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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