究極に洗練されたデザインの聖地、深澤直人が建てた終の住処とは?

  • 文:瀧 晴巳(フリーライター)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『深澤直人のアトリエ』

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深澤直人 著 平凡社 ¥3,850

世界的なプロダクトデザイナー、深澤直人が「終の住処」を自らデザインしたプロジェクトが、一冊の美しい本になった。

シンプルな造形の美しさと機能が一体化した深澤のデザインは、代表作である無印良品の壁掛け式CDプレーヤーやキッチン家電シリーズでもお馴染みだろう。蛇口からカトラリーに至るまで、日常生活に必要なものはほとんどデザインしてきたから、家はアトリエであり、自分がデザインしたものだけに囲まれて暮らす実験場でもあるという。

原形となったのは子どもの頃に描いた絵。

「自分の素直な思いに向き合うことが大切だと、迷った時によく思います」

設計に1年、施工に1年半。完成したのは、この人がなにを大切にしてデザインしてきたのか、その哲学をのぞき見ることができる“マルコヴィッチの穴”というわけだ。

まずこだわったのが連なる窓の形。窓の内側と外側から見える景色。マルニ木工の無垢のテーブル、トイレはアラウーノ。手がけてきた作品にブレがないから、ひとつの場所にしっくりと調和して、見事に収まる。見苦しい設備機器は地下に埋め込み、エアコンや空調の穴も最低限の線だけ。ドアはできるだけ少なく。カーテンレールは世界最細の8㎜。オフィスの床を黒くするためにイタリア製のスーパーブラックタイルを見つけ出し、目地も黒くするために日本の墨汁で表面を描いた。神は細部に宿るというけれど、ここまで徹底してノイズを排除したからこそ、くっきりとした角と直線の美しさが際立つ端正な空間が完成したのだろう。

美しいデザインの基本は「きれいに暮らすこと」と聞けば、「それが一番難しい」と唸る他ないが、「ふつう」を極限まで極めたデザインの聖地が誕生した。

※この記事はPen 2023年9号より再編集した記事です。