テック業界を制したアップルは、預金サービスでも覇権を握るのか? 経済評論家の加谷珪一が徹底解説

  • 文:加谷珪一
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気になる未来の姿に迫った、Pen最新号『2033年のテクノロジー』。その中から、アップルによる預金サービスの記事を、抜粋して紹介する。

Pen最新号は『2033年のテクノロジー』。AIの進化でどう変わる!? モビリティ、建築、アート、ファッション、食&農業、プロダクト、ゲーム、金融と8つのジャンルで2033年の、そしてさらなる未来のテクノロジーを占った。気になる未来の姿に迫る。

『2033年のテクノロジー』
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驚異の高利率で世間を驚かせたアップルによる預金サービス。
同社がもつテクノロジーや膨大な顧客情報によって実現する、
銀行をも脅かすことになるであろう未来の金融界とは?

アメリカのアップル社(以下、アップル)が開始した預金サービスが注目を集めている。4・15%という高い金利がつき、手数料も格安。テクノロジーに慣れ親しんだ若年層や、銀行口座をもてなかった層の顧客を一気に取り込むだけでなく、一般銀行との預金獲得競争激化も予想される。これまで金融サービスは銀行が提供するものというのが当たり前だったが、その常識が一変する可能性が出てきた。アップルは海外市場への進出も検討しているとされ、日本もその例外ではない。

利用できるのは、アップルカードの加入者。同社が直接銀行業務を行うのではなく、投資銀行大手であるゴールドマン・サックスと組む形でサービスが提供されるが、アップルの知名度の高さやiPhoneの顧客基盤の厚みを考えると、これは事実上の「アップル銀行」と考えてよいだろう。

多くの人が驚いたのは、他社を圧倒する高い金利である。日本の場合、銀行の金利は横並びだが、アメリカでは銀行やサービス内容によって金利はバラバラであり、高金利をウリにする銀行も少なくない。だが、普通預金に相当するサービスの金利が4%台というのは、サービス比較に慣れたアメリカ人にとっても驚きだろう。

アップル銀行の魅力はそれだけではない。一般的な銀行にありがちな最低残高などの制限もなく、カードの保有者であれば簡単な手続きで口座を開設できる。十分な預金残高がなく信用スコアが低くても口座をもてるメリットは大きく、若年層などを中心にかなりの顧客を獲得すると予想される。

しかし、これだけの高金利を提示し、かつ資金量の多くない顧客を集めて、同行はどうやって利益を上げるのだろうか。アップルは詳細な戦略を明らかにしていないものの、今後の収益の柱となるのが、AIを使った資金管理サービスであることは明らかだ。

アップル銀行の顧客は基本的にiPhoneの利用者なので、アップル側は顧客がどこに行って、なににいくら使ったのか詳細に追跡できる。AIの技術を活用すれば、顧客のライフスタイルを相当程度まで把握できるだろう。なにげなくアプリを使っていると「月末には10万円足りなくなる可能性があるので、融資を受けませんか」といった通知を受け取り、タップすると自動的に資金が口座に振り込まれるなど、利用を意識させないサービス提供が可能に。中国のハイテク企業であるアリババも類似のサービスを既に立ち上げており、高い収益を上げている。

金融とAIの融合が進めば世の中は圧倒的に便利になる一方で、テクノロジーに私生活が支配される恐れもある。使い手のリテラシーがより問われることになるのは、いうまでもない。

加⾕珪⼀

Keiichi Kaya

経済評論家

1969年、宮城県生まれ。東北大学卒業後、日経BP社に記者として入社。その後、投資ファンド運用会社にて企業評価や投資業務に従事。退社後、コンサルティング会社を設立し代表に就任、中央省庁や政府系金融機関などのコンサルを請け負う。著書に『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)や『お金持ちの教科書』(弊社刊)など。

 

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アップルカードの物理的なリアルカード。カード番号やセキュリティーコードなどの記載がなく、セキュリティー的にも安全性が高い。

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所持の必要はなく、あくまでiPhone上での管理が基本となる。

 

ユーザーの情報をつかむアップルの強み

個人の経済活動を的確に把握し、
超高効率のサービス提供が可能に

資本主義社会においては、お金の使い方を把握できれば、その人物を相当程度まで理解できるが、これまで銀行をはじめとする金融機関は、個人の行動を完全に把握することができなかった。このため、職業や家族構成など、ごく限られた情報からしか本人の信用レベルを評価できず、サービスの内容も画一的にならざるを得なかった。だがスマホの普及がこうした状況を大きく変えた。スマホには決済アプリが入っており、お金の使い方が手に取るようにわかる。アップルがiPhoneによって蓄積してきた利用者の行動をAIが分析すれば、ライフスタイルに合わせたオーダーメイドのサービスが実現できる。市場調査などに頼っていたマーケティングの常識は、180度変わるだろう。

自動運転の自動車とも連携し、
より活発な消費行動へつなげる

今後、自動運転のレベルが上がり、ドライバーがハンドルから手を離し、自動車での移動中にネット閲覧や各種コミュニケーションなどのさまざまな活動ができるようになるのは間違いない。アップルは、現在「アップルカー」と呼ばれるEV(電気自動車)を開発中と報じられている。ドライブ中に立ち寄る店はもちろんのこと、車内で観る映画などのコンテンツもすべてAIが選んでくれ、顧客に対するカスタマイズは極限まで進化するだろう。最終的には、自宅と同レベルの環境を車内につくることができる時代が来るかもしれない。ユーザーとの接点がiPhoneなどの端末を通してだけでなく、自動運転の自動車が加わることで、個人の経済活動をより詳細につかむことができるはずだ。

集約した健康情報を駆使し、
金融商品の運営にも活用する

アップルはアップルウォッチに代表される身体につける製品、いわゆるウェアラブル端末も提供しているが、こうした端末は、歩数や心拍、体温など利用者の健康管理にも活用できる。ウェアラブル端末を通して得られる心身に関する情報と、各種金融サービスの親和性はきわめて高い。本人の健康状態や食生活、行動範囲が把握できると、健康を増進させる生活習慣の提案が可能となるほか、関連する食材やサプリの販売などにもつながる。もう一歩踏み込むと、健康状態が向上すれば、生命保険や医療保険の保険料を引き下げるといったサービスも提供できるようになるだろう。一方で、健康という最も重大なプライバシーが筒抜けになってしまうリスクもある。

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