アストンマーティンの”文法”に忠実な新型「DB12」にみる、守る勇気と進む勇気

  • 文:小川フミオ
  • Photography: Aston Martin Lagonda
Share:

腕時計や紳士靴(ハイヒールでもいいけれど)やウイスキーグラスなど、新しいものほどデザイン的に魅力が増す、と言い切れない。そういうものが周囲にはいろいろある。

 

AM_Aston_Martin_DB12_Green_©AndyMorgan0092.JPG
伝統的なグリルはサイズがかなり大きくなっている

 

英国のスポーツカー、アストンマーティンのプロダクトも同様かもしれない。デザインを見ているかぎり、むかしの審美性が大切にされているようなのだ。

2023年6月下旬に、南仏ニースで私が接することのできた最新モデル「DB12」は、まさに誰が見てもすぐわかるぐらい、アストンマーティンの”文法”に忠実。

 

Aston_Martin_DB12_Green_0015.JPG
俯瞰でみるとリアフェンダーのふくらみがいかに大きいか一目瞭然

 

フロントグリル、プロポーション、それにインテリア。いまのトレンドに合わせて手が入れられているので、けっして古くさくは見えないけれど、同時に、ファンが愛するアストンマーティン車のイメージをうまく継承している。

DB12に、私が最初に出合ったのは、23年5月の東京。欧州での初お披露目から24時間たたないうちに、実車が東京に送られてきて、青山のショールームでジャーナリストに公開されたのだった。

「大胆で、とてもいいかんじの個性をもつ(assertive)」とメーカーじしんが表現するエクステリアデザインは、たしかに、流麗で、それでいて力強さをかんじる。

スポーツカーデザインの手引き書があれば、アストンマーティンは最初のほうのページに、確実に掲載されるだろう。

---fadeinPager---

AM_Aston_Martin_DB12_Green_©AndyMorgan0126.JPG
初夏の南仏はドライブには最高(でも時おり強い夕立あり)

 

DB12も、意識的に伝統的なイメージを、現代的な要素(安全設計やカメラや大径タイヤ)とうまく組み合わせている。

「75年にわたるDBシリーズのヘリティッジをとりこんだもの」と、アストンマーティンではエクステリアの特徴を説明。

DBシリーズについて、ごく簡単に説明すると、戦後から70年代にかけて、アストンマーティンの黄金期を築いた当時のオーナー、デイビッド・ブラウン(DB)時代に送りだされたGTだ。

 

DB5.jpg
アストンマーチンの世界的名声に寄与した1960年代のDB5

 

なかでも、一般的に有名なのは「007ゴールドフィンガー」(映画は1964年)にボンドカーとして登場したDB5。自動車ファンだとほかに、美しいDB4(58年)やルマン優勝車の「DBR1」(59年)もすぐに思いつくかもしれない。

「今回のDB12では、意識的に、よりアストンマーティンらしさを強調しました。いわゆるアストンマーティン・グリルをより大型化して、同時にミスター・ピーター・サビルに依頼してデザインのリニューアルを行った新しいエンブレム(22年)も目立つように採用しています」

デザインを統括したマイルス・ニュルンバーガー氏は、ニースの会場で、実車を前に上記のように解説してくれた。

 

Aston_Martin_DB12_Green_0059.JPG
Peter Savilleがデザインしたあたらしいエンブレムをさっそく採用

 

ピーター・サビルについては、Pen Onlineの読者のほうが詳しいだろう。1955年うまれの英国のグラフィックデザイナーだ。

世界的に知られている作品は、英ファクトリーレコードのためのもので、なかでもイアン・カーティス存命中のジョイディビジョン「アンノウンプレジャー」(79年)のジャケットは、デザイン史に残るといわれている。

「非常に知性的な人物で、話をしているとものすごくインスパイアリング。興味ぶかい話題が次々に登場して飽きません」

ニュルバーガー氏はうれしそうに、サビル氏の印象を私に語るのだった。

---fadeinPager---

AM_Aston_Martin_DB12_Green_©AndyMorgan0131.JPG
クラフツマンシップを感じさせる部分とあたらしいインフォテイメントシステムの合体

 

伝統と新しさの合体は、インテリアでもみてとることができる。アストンマーティンの言葉をプレスリリースから引用すると、「アルトララックスUltra Lux」。

伝統的な英国的高級車に通じる素材や仕上げと、タッチスクリーンなどを多用した、いわゆるUX(ユーザーエクスペリエンス)が組み合わされている。

 

Aston_Martin_DB12_Green_0077.JPG
センターコンソールにフリップ式のギアセレクターとドライブモードセレクターがそなわり使いやすい

 

世界観は、ベントレーとかロールスロイスとかミニに通じるものも感じるけれど、それをうんとスポーティに表現しているのは、アストンマーティンだけだろう。

たとえば、伝統的なモチーフであるクロスステッチ(菱形の刺繍)を見せるシートは、薄いけれどホールド性がよい。

そのうえ、今回南仏を半日で400キロ走ったけれど、まったく疲労感がなかったのも、シートの出来のよさが大きく貢献しているはず。

 

Aston_Martin_DB12_Green_0088.JPG
クロスステッチがほどこされたシートは座り心地快適

 

小径ハンドルは、握り心地がいいし、ドライブモードセレクターなどマニュアルでぱっと操作したいものは、物理的スイッチとして残されていて、やはり操作感にもすぐれる。

基本的なシャシーは、従来のDB11からの流用だが、4リッターV8エンジンは、ターボチャージャーの径が大きくなるなどでパワーアップ(393kWから500kWに!)。

サスペンションシステムのダンパーも電子制御のアダプティブタイプになったし、ディファレンシャル(差動)ギアも、今回から電子制御に。従来の機械式とちがい狭い場所などでの扱いやすさが格段に向上している。

---fadeinPager---

Aston_Martin_DB12_Green_0082.JPG
キックアップしたリアにはCのモチーフを使ったリアコンビネーションランプ

 

タイヤは今回大径21インチホイールと組み合わされるようになった。これでハンドリング性能が上がることを目論んでいるが、同時に静粛性と快適性が向上しているのは特筆すべき点。

アストンマーティンによると、DB12の位置づけとして、「ベントレー・コンチネンタルGTよりスポーティで、フェラーリ・ローマより扱いやすい」(開発エンジニア)としている。

なるほど、運転してみるとそのとおりの出来。カーブを曲がる際の操縦性など運転性能が上がったことが評価されているが、同時に、ドライバーの許容度が上がっているかんじだ。

 

AM_Aston_Martin_DB12_Green_©AndyMorgan0105.JPG
ボディ剛性アップとともに足まわりに大きく手が入ってハンドリングがうんと向上

 

「スポーツカーは初めてというひとでも、安心して運転できるクルマにしたいと考えました」

マーケティングと製品戦略を担当するアレックス・ロング氏は、おとなっぽい、という私の感想に肯首しながら、上記のように言うのだった。

なにはともあれ、DB12のよさは、観ているだけでも心躍るような気分になるところかもしれない。

英国人が18世紀から好んで訪れているコトダズールに、ロングノーズで、キャビンが後退していて、大きなタイヤで、後輪駆動と、伝統的なスポーツカーであるDB12がいかに似合うことか。

 

Aston_Martin_DB12_Green_0030.JPG
ミドシップモデルを手がけたり電動化を進めるアストンマーティンだが、伝統的なスポーツカーづくりはやっぱりうまいと思わせられる出来ばえ

 

Specifications
全長×全幅×全高 4725x2060x1295mm
ホイールベース 2805mm
車重 1685kg
3982ccV型8気筒 後輪駆動
最高出力 500kW@6000rpm
最大トルク 800Nm@2750〜6000rpm
静止から時速100km加速 3.6秒
価格 2990万円〜 

AstonMartinDB12Launch©PhotoMaxEarey-9316.jpg
英国のガストロパブのシェフを南仏に連れてきたり食事にも手を抜かないアストンマーティンであった