私がファッションに興味を持つきっかけはジーンズからだ。当時は「Gパン」と呼んでいたが、若いころは何も考えずに国産のジーンズをはいていた。以前このコラムで書いたが、75年に発行されたムック本『Made in U.S.A. catalog』を見て、表紙に載ったリーバイスの「501」を手に入れたいと、上野や渋谷などを探し回った。ラングラー、リーなどのアメリカ製のジーンズもよくはいていたが、ファッション雑誌の編集に携わるようになり、90年代に流行したのが、ヨーロッパのデニムブランドだ。当時はヨーロッパで新しいデニムブランドが続々登場し人気を集めていて、現地の会社や工場、デザイナーをよく取材していた。
ヤコブ コーエンというイタリアのデニムブランドを知ったのは2000年代に入ってからだろう。アメリカのデニムブランドは労働着としてスタートしたものが大半なのに対して、ヤコブ コーエンはジャケットに合うテーラード仕立てのお洒落なジーンズとして日本で人気を集めたブランドだ。私もミラノのメンズショップで手に入れてはいていたが、直接会社などを取材したことはなかった。先月、イタリアから同ブランドのCEOルカ・ロダが来日すると聞き、彼からブランドの詳細やデニムの現状について詳しく聞きたいと訪ねてみた。
ヤコブ コーエンが北イタリアのパドヴァで生まれたのは1985年。創業者はタト・バルデッレという人物で、ブランド名はジーンズに「リベット」を使うことを考えた人物、ヤコブ・デービスのファーストネームを取ってもの。後半のブランド名は「電話帳を見てユダヤ語でポピュラーの苗字であるで『コーエン』を付けたんです。熟考したものではなく、偶然の産物ですよ」とロダは笑う。
当時、イタリアではジーンズはデニム専門店で販売することが多く、安価なものが多かった。そこで創業者の息子、ニコラは洒落たメンズショップに並ぶジーンズを想定してジーンズをデザインすることを思い立ったという。また彼はよくダブルのジャケットを着ていたので、その上着に似合うようにジーンズをデザインした。当時から日本ではヤコブ コーエンをよく「テーラードジーンズ」と評していたが、ニコラのこうしたスタイルによるところも大きいだろう。しかも早くからストレッチ性のあるデニム素材を採用、高級感が漂い、クオリティそのものが高く、さらに快適なはき心地を備えたジーンズとして日本でも大きな人気を博した。「2001年から10年間で、売り上げ45ミリオンユーロを記録するほど急成長した」とロダは話す。
さらにヤコブ コーエンのジーンズの特徴を尋ねると「残念ながら亡くなってしまったのですが、前デザイナーのニコラはディテールマニアなもので、細かいところまで徹底してこだわっていました。それに美術品のくらいの美しさのジーンズを目指していました」と話す。ヤコブ コーエンのジーンズの工程は全部で42があるらしいが、ステッチ一本にこだわり、デニムのクオリティだけでなく、ポケットの素材、品質表示や製品の下げ札まで徹底してこだわり、すべてをデザインしている。
「僕は時計が大好きなんですが、今回のコレクションのジーンズに使われているボタンは時計のフェイスデザインからインスパイアされたものです。パティック フィリップなどの時計のデザインを手掛けたジェラルド・ジェンタという人物がいるのですが、彼の作風をヒントにデザインしました」
今季のデニムコレクションは南イタリアのポルトフィーノなどがテーマになったものがあるが、裏地にポルトフィーノを描いたプリントが施され、ジーンズに使われているステッチもポルトフィーノを連想させる美しいブルーが使われている。ロダは「このジーンズをはく人がジーンズに足を通す時にも楽しめるように裏側にもたくさんのディテールを追加し、刺繍まで施しているのです」と話す。
最近、ヤコブ コーエンが発表したのは「THE ENDLESS LUXURY」と名付けたサステナブルなデニム。オーガニックコットンと天然ゴムの弾性糸で織られた生分解性のストレッチデニムで、耐久性があり、堆肥化プロセスを可能にした革新性を備えている。デニムに洗いをかける時にも水ではなく、レーザー光線を使い加工するという。
「前デザイナーのニコラは、ラグジュアリーというものは単にモノを指すのではなく、アティチュード=姿勢にあるとよく言っていました。今回のコレクションはブランドとしての姿勢を指すものです。私にも家族がいます。子供たちの未来を考えれば、次の世代に向けて何を残せるかということを考えるのは、当然のことだと思います」
最後にイタリアのデニム事情を聞いてみた。ロダ自身、コロナ禍で売り上げが減るのではと心配していたが、ヤコブ コーエンを含めてイタリアのデニムブランドの売り上げや人気は堅調だと話す。
「ブラックや白のジーンズはパーティにも出掛けられるととても人気です。ヤコブ コーエンはウィメンズコレクションも充実していますが、ウィメンズはパーティシーンに合うように少しグラマラスなデザインを施したものが人気ですね」
ロダによれば、コロナ禍において屋内で過ごすことに人々は徐々に慣れていき、家の片付けなどと一緒に不要なワードローブを一掃した人も多い。しかしデニムの人気は衰えていないという。
「SNSの影響も大きいと思いますよ。屋内で写真を撮ってみんなに見せる機会が増えたので、カジュアルだけれどもエレガントな服装が望まれるようになった。私たちのデニムはカジュアルであり、エレガント。それは自信を持って言えます」
今年のミラノ・サローネでヤコブ コーエンはアーティストとコラボしてデニム素材を使った家具を発表、「デニムの未来は明るいんです」とロダは強調する。
誤解を恐れずに言えば、素材やディテールなどに徹底してこだわっているが、日本のデニムブランドとは方向性はまったく違う。彼らのデザインの根底にあるのは、イタリアのカルチャーやアート的な要素。だが、それこそヤコブ コーエンの存在意義。誰もが同じデニムをつくる必要はない。それを再認識できたヤコブ コーエンCEOのルカ・ロダとのミーティングだった。