ことばを体験する展覧会、谷川俊太郎の絵本の世界

  • 写真:小川真輝
  • 文:林 綾野

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ことばと絵、イメージが織り成す世界を体験できる、谷川俊太郎の展覧会が開催中だ。本展を手がけたキュレーターの林綾野が、その魅力を綴る。現在発売中のPen最新号『みんなの谷川俊太郎』から抜粋して紹介する。

Pen最新号『みんなの谷川俊太郎』。今年4月から開催されている『谷川俊太郎 絵本★百貨展』の見どころから、谷川俊太郎のインタビュー、自宅で見つけた思いが宿った品々などを掲載。また、10代から101歳までの俳優・作家・ミュージシャンらが、谷川作品について語ってくれた。谷川俊太郎の「ことば」をいま改めて見つめ直し、その魅力を未来へとつなげたい。

『みんなの谷川俊太郎』
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1952年、谷川俊太郎はデビュー作『二十億光年の孤独』を世に出し、その4年後『絵本』という本を自費出版する。この頃、谷川はことばだけではなく、ことばと写真や絵を組み合わせることで表せるものがあるのではないか、そんなことを考え始めていた。『絵本』はその最初の試みで、詩と自身で撮った写真とで構成された本となっている。谷川にとってこれがいわゆる絵本への興味の始まりだった。実際、70年頃から機会を得て子どもたちのための絵本を手がけていくようになる。その数は約200冊。詩とともに絵本は谷川の仕事の中でも大きな割合いを占めている。

東京・立川のPLAY!MUSEUMでは『谷川俊太郎 絵本★百貨展』が開催中だ。ここは2020年に「絵とことば」をテーマに開館した美術館で、これまでに開かれた展覧会は、『柚木沙弥郎/life・LIFE』『コジコジ万博』など。そしてこの春、谷川の絵本の世界をひも解き、体感するという一風変わった展覧会が幕を開けた。

会場の入り口には50年代初頭のシトロエン2CVが置いてあり、その前に「く・る・ま」という文字が並んでいる。なにか仕掛けがありそうだと予感しながら展示室へ。本展では、絵本ごとに映像作家やデザイナー、建築家が展示を担当。谷川が現役の作家ということを意識していまの時代に即した伝え方に挑戦している。最初の作品は谷川の絵本の代表作『ことばあそびうた』のケンケンパだ。正面のスクリーンには最初期の絵本『まるのおうさま』がアニメーションとなってユニークな音楽とともに存在感を放つ。

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『まるのおうさま』は坂井治によるアニメーションとして登場。床には柿木原政広がデザインした『ことばあそびうた』からケンケンパが描かれ、お出迎え。
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目に見えない時間の存在を表現する科学絵本『とき』。太田大八による絵を新井風愉がアニメーションにした。高さ5mにおよぶ大画面に谷川のことば、映像が映し出され、音の効果とあいまってダイナミックな空間を生み出している。
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ことばの音やトーンが伝える力に着目したオノマトペ(擬音・擬態語)の絵本『ぴよぴよ』。会場内の柱に堀内誠一によるヒヨコやイヌなどの絵と谷川のことばがセットであしらわれている。

 

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谷川絵本の中でも人気の高い「おならうた」の世界がいまにも臭いそうな『おならドーム』として登場。アートディレクターでデザイナーのミンナが手がけた。
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唐突に現れる巨大な文字「と・ん・ね・る」はなんなのか?奥には大きなコップが並ぶ『こっぷ』のインスタレーション。想像力をフル回転させながら、体験型展示を楽しもう。

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アルミ材を束ねた壁面を舞台に「死」を題材とする2冊の絵本の世界を紹介。空間設計は建築家の張替那麻。子どもの自死をテーマとした『ぼく』に登場する詩「いきていて」。
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友人の死と祖父の死というふたつの死がオーバーラップしながら描かれる『かないくん』。松本大洋による繊細で美しい原画が並ぶ。

その先には絵本の原画たちが待ち構えている。あべ弘士、飯野和好、ジュナイダ、ツペラ ツペラ、タイガー立石、松本大洋、合田里美といった錚錚たる画家・絵本作家の作品が揃う。ポップで痛快、緻密で繊細な絵など見応えたっぷりだ。ことばが絵の力を引き出す、そんなコラボレーションの様子が見て取れる。さらに絵本『おならうた』をイメージした「おならドーム」など、鑑賞者と絵本の世界を橋渡しする演出もされている。

そもそも谷川は絵本でなにをしようとしたのか?1972年に出版された『こっぷ』は、谷川が初めて創作絵本として強い意識をもって取り組んだ絵本だ。いつもは水を飲むためのコップだが、逆さにすればハエを捕まえられるし、叩けば音が鳴り、落ちれば割れる。コップひとつをいろいろな角度から眺めることで多様性が浮かび上がってくる。コップをきっかけに考えること、感じることが世界に広がっていく、谷川はそんなコンセプトをこの絵本に込めた。

会場には大きなコップが3つ並んでおり、コップの中に顔を入れて外を眺めたり、鏡の箱の中でコップ越しの世界をのぞくなどの体験ができる。臆せず展示に身をゆだねれば、モノの見方、捉え方が広がっていくことを実感できる。谷川は絵本を通じて世界に対する認識を刷新し、その奥行きを子どもたちに伝えよう、そんな想いのもとに絵本づくりに取り組んだ。

さらに詩人として抱く「ことばとはなにか」という問いに谷川は絵本の中でも向き合っている。ことばの音(オン)の面白さを楽しむ「ことばあそびうた」、擬音・擬態語を喜怒哀楽いっぱいに感じる「ぴよぴよ」、捻ったしりとり遊び「ままです すきです すてきです」。ことばがもつ力に改めて目を向ける、こうした絵本は谷川ならではのものだ。会場にある原画やインスタレーションから、改めてその魅力を感じることができるだろう。

絵本でこうしたコンセプトを形にしていく際、谷川はこれまでにない表現に挑戦していった。『まるのおうさま』では粟津潔のようなグラフィックデザイナーと、『なおみ』では沢渡朔のような写真家とともに新しいビジュアルイメージを絵本の世界に登場させた。なかには前衛すぎるものもあり、賛否両論を巻き起こすこともあったが、こうした谷川の新たな試みは絵本における表現の可能性自体を広げていった。

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開放感漂うPLAY! MUSEUMの大きなオーバル状の展示室。モニターに映る文字は展覧会のための新作「すきのあいうえお」。ことばと写真が交互に現れる5分間の映像作品だ。
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詩「えをかく」を読み上げる谷川の声、壁一面に絵巻のように張り巡らされる長新太による巨大な絵(複製)が見る者を異次元へと誘う。

展示のハイライトは谷川の最も好きなことばである「すき」をテーマにこの展覧会のために制作された『すきのあいうえお』。五十音を頭文字とする「好きなもの」を谷川が書き出し、それを写真にし、映像作品としたものだ。「あ」は「あられ」、「え」は「えかき」という具合だ。それぞれのことばはどんなイメージをもっているのか?写真を撮り下ろした田附勝は試行錯誤を繰り返したという。ことばのイメージをできるだけ率直に、だけれども、「む」の「むかし」は谷川が0歳の自分の写真を手に持って登場するなど趣向を凝らしたものも混ざっている。ちなみに「く」は「くるま」。会場入り口の「く・る・ま」=2CVは谷川の好きなものだったというわけだ。

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展覧会のクライマックスは谷川の朗読と岡本香音による映像が織りなす『もこ もこもこ』の部屋。不思議でおかしなナンセンスの世界で心を解放しよう。

展覧会の締めくくりは最も人気のある絵本『もこ もこもこ』の部屋だ。谷川が得意とするナンセンスな世界が映像で表現され、なんの意味もない心地よさに身をまかせる。世界の奥行きを伝える絵本、新しい表現やことばへの挑戦、ナンセンス。『絵本★百貨展』と名付けられたこの展覧会は、バラエティに富む谷川の絵本の世界を、ただただ面白がるというものだ。谷川絵本に詰まっていることばの楽しさ、発見や驚き、喜びや悲しみ、そして希望は、私たちの「いま」をもっと面白くしてくれるにちがいない。

『谷川俊太郎 絵本★百貨展』

開催中〜7/9 PLAY! MUSEUM
東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3棟 PLAY!
TEL:042-518-9625  10時〜18時 (入場は閉館30分前まで)
無休
料金:一般¥1,800 
※土日祝および混雑が予想される日は、日時指定のオンラインチケットを販売。ウェブより事前予約を推奨
※9/9〜11/26 清須市はるひ美術館へ、さらに、福岡市、高松市、新潟市、いわき市などにも巡回予定。
https://play2020.jp/article/shuntaro-tanikawa

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