ジェンダーレスなスタイルのデヴィッド・ボウイが愛用したバギーパンツ

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

Share:

ハリのある素材を使ったワイドシルエットのパンツ。切り替えの入ったフロントのデザインや太めのベルトループなどワークウェア的な香りを感じる。素材はウール100%。¥170,500/ゼニア

「大人の名品図鑑」デヴィッド・ボウイ編 #3

英国、いや世界を代表するロックスターのデヴィッド・ボウイ。1960年代から2010年代まで半世紀という長い期間に渡り、第一線でアーティストとして活躍した。その歌が、そのステージが、人々の心を揺さぶり、音楽というジャンルを超え、社会にまで影響を与えた唯一無二のスーパースターだ。今回はそんなデヴィッド・ボウイにまつわる名品を集めてみた。

ポッドキャスト版を聴く(Spotify/Apple

2020年に製作された映画『スターダスト』はまだ世界的な人気を博す前、若き日のデヴィッド・ボウイを描いた作品だ。監督はウェールズ出身のガブリエル・レンジ。同作品のサイトで「私は子どものころからデヴィッド・ボウイに魅了されてきた。すべてのレコードを買い、すべてのインタビューや自伝を読んだ」と語っている。この作品でボウイを演じるのは俳優兼ミュージシャンのジョニー・フリン。ボウイの最初の妻のアンジーをジェナ・マローンが演じる。

ストーリーを簡単に紹介しておこう。71年にアルバム『世界を売った男』をリリースした24歳のボウイは、イギリスからアメリカに渡り、各地を回ってプロモーション活動を行う。イギリスでは何枚かのアルバムを発表していたボウイだったが、まだまだ世界では知られていないことを実感する。しかしニューヨークではアンディ・ウォーホルらとも会うことができ、多くの刺激を得てイギリスに帰国する。

名作「ジギー・スターダスト」を発表するのはこの翌年。別人格のジギー・スターダストを生み出すきっかけにもなった話を克明に描く。映画の前半、アメリカの入国審査を受ける場面が出てくるが、この時登場するのがアルバム『世界を売った男』で椅子に横たわるボウイが着ていたドレス(映画では素材が違うようにも見える)だ。アメリカの審査官はこのドレスをボウイのものかと不審な眼を向ける。

野中モモが書いた『デヴィッド・ボウイ——変幻するカルトスター』(ちくま新書 17年)によれば、「デヴィッドが着用しているのは、当時ロンドンのメイフェア地区にブティックを構え、華やかなデザインでちょっと冒険したい上流階級の人々や芸能人に人気を集めていたマイケル・フィッシュのブランド『ペキュリアー・トゥ・ミスター・フィッシュ』の男性用ドレス(マン・ドレス)だ」とある。

加えて『世界を売った男』の写真について「両性具有的だが、類型的な『女装』とも違うあいまいな性のイメージは、人々の心をざわつかせた」と書いている。プロモーションに行った70年代のアメリカはコンサバな国。ましてや空港の役人にはボウイのスタイルは強烈に見えただろう。

---fadeinPager---

最初の妻、アンジーとの関係

映画『スターダスト』ではボウイの最初の妻、アンジーがボウイや彼らのバンドの衣装に深く関わっていて、メンバーに派手なジャンプスーツなどを着用するように指示する場面も描かれている。同書にはアンジーのことも詳しく書かれていて、アンジーがキングストン工業大学に通っているころに2人は出会い、70年に婚姻届を出したとある。

「デヴィッドに負けず劣らず性的に放埒で鋭いファッション・センスの持ち主でもあったアンジーは、彼が地位を築くにあたって、そのイメージづくりにおおいに貢献することになる。共に中性的な装いで人々の視線を集めるふたりは双子のようとも兄弟のようともいわれ、そのライフスタイル込みで70年代の退廃的な魅力を象徴する存在となった」と同書に書かれている。アンジーがボウイのイメージづくりに貢献を果たしたことは確かだ。

71年にボウイが発表したのは『ハンキー・ドリー』。アルバムの裏面でボウイが着用しているブラウスも「アンジーのものである」と同書で野中は書いているが、この写真でもうひとつ注目したいのが、ボウイがはいているかなりワイドなシルエットのパンツだ。当時の写真を集めてみると、同じようなワイドパンツをボウイは何本も愛用していている。

ワイドパンツというと、ここ数年大流行中のアイテムだ。しかも女性だけでなく最近では男性でもワイドなパンツを選ぶ人が増えている。

しかしボウイが当時はいていたのは、ワイドというよりは「バギーパンツ」のイメージに近いだろう。バギーとは「ぶかぶかの」という意味で、バッグ=袋のようにぶかぶかで太いというところからその名が付いたと言われている。

このバギーパンツは19世紀初頭、ロンドンの紳士たちの間に流行した歴史もあるらしいが、それより大きな流行になったのが1920年代。オックスフォード大学の学生たちが愛用した「オックスフォード・バックス」と呼ばれる極太のパンツだ。当時学内での着用が禁止されたニッカーボッカーを隠せるようにと太いパンツが流行し、その波は大西洋を超えてアメリカまで及んだと言われている。

英国にはこのように男性がワイドなパンツをはいた確固たる歴史があるが、当時のボウイはまったく逆の意味で選んだに違いない。時代に先駆け、ある意味性を超えた存在として、あえてバギーパンツも、ブラウスも、そしてマン・ドレスまでも着て、人々の心を“ざわつかせた”のだろう。

---fadeinPager---

ゼニアの現代的なワイドパンツ

実は今シーズン、メゾン系のブランドで多く見られるのが同様のデザインのパンツだ。今回紹介するのはイタリアを代表する老舗ゼニアのパンツ。ボウイが当時着用していたほど 裾広がりではないが、かなりワイドなシルエットが特徴的だ。

ゼニアの創業は1910年。イタリアのトリヴェロで紳士服の生地づくりからスタートしたブランドらしく、ドレスクロージングの分野では圧倒的な信頼を得ている。16年からはアーティスティック ディレクターにアレッサンドロ・サルトリを迎え、特にプレタポルテのコレクションではモードで現代的なデザインに進化している。

このパンツも生地に特徴ある老舗らしく、ハリのある素材で、パンツのシルエットを美しく見せる。フロントのデザインやステッチ、ベルトループなどのディテールから感じるのは、現代的なワークテイストだ。それでも全体をエレガントにも見せるのは、サルトリの確かなデザイン力に違いない。モードでしかも機能的にも見えるこのパンツを、常に先の時代を歩んでいたボウイならば、どう着こなしただろうか。

---fadeinPager---

20230427_Pen-online7925.jpg
ワークウェアのテイストを感じるヒップのデザイン。繊細なステッチがエレガントな香りを漂わす。大人がはくにふさわしいワイドなパンツだ。
 

---fadeinPager---

20230427_Pen-online7921.jpg
同じデザインで、オレンジがかった色のパンツも用意されている。ボウイが好んだスタイルのように同系色でまとめてみた。パンツ¥170,500、シャツ¥152,900、スニーカー¥130,900/すべてゼニア

---fadeinPager--- 

20230427_Pen-online7923.jpg
21年からリブランディングし、ブランド名をエルメネジルド ゼニアからゼニアに変更した。織りネームにはアイコンの「トリプルステッチ」が入っている。

 

ゼニア カスタマーサービス TEL:03-5114-5300

https://www.zegna.com/jp-ja/