青森で感じた深い自然と精神世界。『大巻伸嗣—地平線のゆくえ』@弘前れんが倉庫美術館

  • 写真・文:中島良平

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『Flotage』2004-2006年、『Liminal Air -core-天 IWAKI』2023年、『Liminal Air -core-地 IWAKI』2023年 足元に世界地図を展開し(Flotage)、津軽のシンボルである岩木山が織り成す空と大地の風景をモチーフに、槍を思わせる立体造形物がゆっくりと回転しながら空気をかき混ぜるような新作インスタレーションを手がけた。

青森の弘前れんが倉庫美術館を会場に、『大巻伸嗣—地平線のゆくえ』がスタートした(会期は10月9日まで)。空間をダイナミックに変容させ、観る人を異世界へと誘うようなインスタレーション作品やパブリックアート作品を手がける大巻伸嗣。東北地方初となる個展を行うに際し、「青森との接点は奈良(美智)さんぐらい」と本人が語るように、これまでに馴染みのない青森をリサーチすることから準備をスタートした。

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『Oak Leaf -the Given- (Right)』2023年 弘前の鬼沢地区には、鬼が腰掛けたと言い伝えが残る「鬼沢のカシワ」という柏の木がある。その葉を見たときに手のひらのようだと感じた大巻は、右手のひらの血脈を柏の葉脈に重ね合わせた彫刻作品を手がけ、展示室入口に展示した。

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津軽の荒波から感じ取ったエネルギーを作品に。

高校時代に美術予備校で奈良美智からデッサンを習った経験があり、進路指導の際に「大巻は彫刻だよ」と言われたことをきっかけに、東京藝術大学で彫刻を専攻することになったという大巻。ちょうど弘前れんが倉庫美術館で今年3月まで開催されていた企画展が、「『もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?』奈良美智展弘前 2002-2006ドキュメント展」だったこともあり、オープニングに参加し、言葉を交わした。酒造工場として使用されていた記憶が刻まれた建物の細部に目を向けさせる構成で、かつての記憶と美術館になってからの未来とをつなぐような展示になっていたことに感銘を受けた大巻は、奈良から「次の企画展が大巻でよかったよ」と言ってもらえたことにプレッシャーを感じながらも、バトンを受け取って何かをつなぐような展示を目指そうと方向性が決まったという。

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『sink』2023年 光の玉が上から静かに落ちてきて、煙となって弾けて消えるインスタレーションが展示室入口の『Oak Leaf -the Given- (Right)』裏手に展開する。床に敷き詰められたのは、産業廃棄物を高温処理した時に発生する「スラグ」と呼ばれる物質。この世に生まれ、やがて消えて記憶の大地に吸い込まれていく、そんな生命の循環が感じられる作品だ。

「青森の自然や人々の暮らしを知って、そこに関わっていくような展示をしようと考えて、風景があるところ、信仰があるところというコンセプトで、青森の時間と記憶が存在する場所をまず4日間旅しました。最初に赤倉霊場という弘前の静かで深い森の霊場を訪れて感じたのは、人が自然を信仰し、自然との関係のなかで生きていることを自覚していて、死ぬことでそこに還っていくという考えが暮らしのそばにあるということ。

その次に、下北半島の先端に位置する仏ヶ浦という断崖絶壁の絶景の岩場を目指す途中で、津軽海峡の荒々しい波を目にしました。岸に向かって巻き込んでくるような波からすごいエネルギーを感じて、厳しい冬の激しい感情のようなものが海から伝わってきました。私が見たかったのはこういう景色だったのではないかと。冬には雪と寒さの厳しい環境を生きる青森の人々の、自然と対峙する精神、根性のようなものが感じられる景色です。その荒々しい波を自分の作品として表現したいと思い、展示構成のイメージが具体的になっていきました」

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『Echoes Crystallization: Horizon』2023年 『sink』の次の展示室へ。真っ白な画面に白い修正液と水晶末で描かれているのは、中国の伝説の桃源郷にある蓬莱山を彷彿とさせる山と、水平線を境にその山が映り込んだ水面。水平線によって実体と幻影の対比を想起させる。大巻が青森のどこでこのイメージを獲得したのかは、インタビュー後半で。

キツツキが木を突く音が響く、暗い森を美術館に移築したかのような新作インスタレーション『KODAMA』を超えると、津軽の海で見た強烈なエネルギーを表現した『Liminal Air Space-Time: 事象の水平線』が、2階へと吹き抜け空間でつながる館内最大の展示室に展開。1枚の薄い布が波打つように躍動する大巻の代表作のひとつが、これまでの最大規模の新作バージョンとして姿を現す。

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『Liminal Air Space-Time: 事象の地平線』2023年 弘前の新作バージョンでは、これまでの同シリーズが連想させる柔らかな空気や水の動きではなく、激しく興奮を喚起するような動きが表現された。

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光の空間を抜け、新たな世界へと一歩を踏み出す。

「六ヶ所村にも行きましたが、そこには東京では見えてこない風景がありました」と、原子燃料サイクル施設や風力発電所、国家石油備蓄基地などのエネルギー関連施設が集中する土地の名前を出す。

「すごくポジティブな言葉が並んでいるのが六ヶ所村です。生活している人たちの収入が高く、税収も多いので環境が整備されていて、キラキラした世界がそこにあります。公園では新しいイルミネーションを設置する工事が行われていて、夢の世界というか、浮遊したような世界が見えてくる。ある意味では未来への希望が集約したような世界です」

一方で、海岸沿いには波打ち際すれすれの場所に家が立ち並び、自然と対峙して人々が暮らしている様子が見えてくる。厳しい自然にさらされながらも、力強く生きる場を守る人々の暮らしを大巻は読み取った。そして下北半島をさらに進み、断崖絶壁の仏ヶ浦に辿り着いた。

「断崖絶壁を見上げると、岩が青白く光っていて、光に満ちた空間に圧倒されました。土や石の風景ではなく、桃源郷ってこういう場所を指すんじゃないかというくらい光そのものなんです。リサーチをすると、(中国最初の王朝)秦の始皇帝が永遠の命を求めて家来のひとりである徐福に世界中を探索させ、青森にも上陸したという伝説が伝わっているんですが、こういう絶景の地を桃源郷である蓬莱山に見立て、永遠の命を授ける秘薬のある地として目指したのではないかと感じました(注:北津軽郡中泊町に徐福伝説の地がある)。かつての伝説に描かれた桃源郷としての蓬莱山、現代の社会におけるひとつの夢の現れである六ヶ所村を、仏ヶ浦に重ねて表現しようと思い『Echoes Crystallization: Horizon』を手がけたのです」

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『Echoes Crystallization: Horizon』ディテール
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『Depth of Shadow -Vanishing Point-』2023年 『Echoes Crystallization: Horizon』の対面する壁を錐体状にくり抜いてこの作品を制作し、光と影の山の景色も表現された。

青森のリサーチを通じて感じた、自然の限界的な風景に幻想を求めた古代の夢と、人工的なエネルギー開発で思い描く未来への希望を表現したこの作品。発想の出発点に秦の始皇帝の伝説が存在するが、展示室2階のインスタレーション『Liminal Air -core- 天 IWAKI』『Liminal Air -core- 地 IWAKI』も、岩木山の空と大地の風景をモチーフとしながら、『古事記』や『日本書紀』にも記された神話「国産み」からの着想も反映されている。

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世界地図が描かれた床面の『Flotage』の上で、『Liminal Air -core- 天 IWAKI』を軸に『Liminal Air -core- 地 IWAKI』が緩やかな回転運動を続ける。世界をかき混ぜて新たな混沌を生み出すかのようなイメージだ。奥の壁面には、異なる時代と場所で人間が築いた多様な文明のモチーフを、巨大な壺のイメージに重ねて描き込んだ『Abyss』のシリーズを展示。

「国産みの神話に、矛のようなものを海に下ろし、『こをろこをろ』と掻き回して引き抜いたら、ぽちゃっと水滴が垂れたところにオノコロ島ができた、といったような描写があります。ことが起こり、ものが始まるストーリーが表現されているのですが、それがたとえば男女の交わりであったり、大地と空の接点から何かが生まれることと通じているように思えて、岩木山の大地と空から回転運動のイメージが生まれました」

展示全体を通して、青森各地のリサーチで知ったこと、受け止めたことを形にし、前回の企画展を行った奈良美智からバトンを受け取り「つなぐ」視点がある。そして、柏の葉を自身の手と重ねた彫刻作品から始まる展示の動線を通じて、産道を通り抜けて最後に光で満たされた空間に出るような、誕生のイメージが表現された。真っ白い光と花で満たされた空間が、クライマックスとなる。

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『Echoes Infinity -trail-』2023年 フェルトの床に岩絵具で描かれたのは、色とりどりの花や文様。代表作のひとつに数えられるこの作品に、青森で見つけた植物や紋様を加えて手掛けた。中央付近に通路が設けられており、鑑賞者が通ることで徐々に文様が薄まり時間経過が刻まれる。

エピローグではないが、『Echoes Infinity -trail-』の展示空間を抜けると、1点の映像作品『Before and After the Horizon』が上映されている。インスピレーションの元となったのは、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノヴァの楽曲『三月の水』。苦悩から立ち直り未来へと踏み出す姿を雨季の三月に重ね合わせたジョビンの曲と、大巻が青森で目にした景色を収めた映像をシンクロさせた作品だ。原曲を津軽弁に訳した歌詞を聴きながら、雪が溶けて春へと移ろう美しい青森の光の映像とジョビンの楽曲との融合を味わい、最後の柏の葉が染め抜かれた暖簾をくぐってほしい。入口からどのような順路を追ってきたのかを思い返し、壮大なイメージと体験のつながりをたどってきたことに気付かされるはずだ。

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『Oak Leaf -the Given- (Left)』2023年 展示の出口に設置されているのは、柏の葉の葉脈に自身の左の手のひらの血脈を重ねて染め上げ、暖簾に仕立てた作品。入口と出口の作品が阿吽の関係にあり、最後の暖簾をくぐり新たな世界へと踏み出していくイメージが形になった。

2023年度春夏プログラム

大巻伸嗣—地平線のゆくえ

開催期間:2023年4月15日(土)〜10月9日(月・祝)
開催場所:弘前れんが倉庫美術館
青森県弘前市吉野町2-1
TEL:0172-32-8950
開館時間:9時〜17時
※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:火(8月1日は開館)
入館料:一般¥1,300
https://www.hirosaki-moca.jp/exhibitions/shinji-ohmaki/