コミュニケーションの不均衡を描く百瀬文『口を寄せる』が、十和田市現代美術館で開催中

  • 写真・文:中島良平
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百瀬文『声優のためのエチュード』2022年 真っ暗な空間に響くのは、声優が何かのセリフを練習しているような声。その発声にあわせてひとつの灯りが点滅し、スタンドマイクが浮かび上がる。

十和田市現代美術館で『百瀬文 口を寄せる』が開催されている。企画展示室に入ると、最初に出会うのは真っ暗な空間のサウンド・インスタレーション『声優のためのエチュード』。「これは私/僕の声です」「これは私/僕の声ではない」など、声色を変えながら、さまざまな世代や性別も演じる声優の声。姿はそこにはなく、映像と切り離された「声」だけが声優のアイデンティティとして立ち上がってくるような印象を受ける。百瀬はこれまで、他者とのコミュニケーションのなかで生じる不均衡をテーマに、映像やパフォーマンスによって身体・セクシュアリティ・ジェンダーを巡る表現を行ってきた。この作品では、似たようなセリフを繰り返すひとりの声が軽いトランス感を生み出し、コミュニケーションの一方通行性について考えさせる。

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百瀬文『Social Dance』2019年

次の展示室で上映されている映像作品が映し出すのは、ベッドに横たわる耳の聞こえない女性と恋人である耳の聞こえる男性とが、一緒に行ったソウル旅行のことを手話で話す様子。女性は「私はあなたと違って『目で生きてる人』なんだよ」と、旅先での相手の行動への不満を訴える。彼女のために覚えた手話で話す男性は、なだめようと手を握るが、それによって女性は発話を封じられてしまう。徐々に手のやり取りはエスカレートし、すれ違う思いが露骨になっていく。

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通路に出ると、百瀬が父親に宛てた質問用紙が並び、その奥の展示室には、百瀬からの質問に答える父の姿が背後から収めた映像が流れている。答えているのは父親だが、その発話は百瀬の質問が導いたものでもある。父親が発する言葉の主体とは誰なのか? 父親の身体を通して百瀬が語っているのか、答えを選んだ父親なのか。そんな疑問が浮かび上がってくる。

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百瀬文『定点観測[父の場合]』2019年 廊下の壁に並ぶのは、18枚に及ぶ質問用紙。「はい」「いいえ」で答えられるものはなく、選択するか自分で考えて言葉にしなければならない質問が並ぶ。
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百瀬文『定点観測[父の場合]』2019年

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カフェ・ショップにも作品が展示され、帰り際には、壁面に記された電話番号が目に入ってくる。作品タイトルは『Here』(2016年)。実際にかけてみると、何回目からのコール後に女性の声で留守番電話の応答メッセージが流れてくる。「おかけになった電話をお呼び出しいたしましたが、おつなぎできませんでした。あなたのせいでも、私のせいでもありません」。そこからメッセージは続く。自分が話したい相手は誰なのか。その相手とつながることができるのか。自分が発する声は相手に届くのか。相手の声を自分は奪ってしまっていないか。展示を見終え、コミュニケーションについて改めて考えが巡らされていることに気づかせてくれる作品だ。

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百瀬文『Interpreter』2022年 カフェ・ショップの壁面に展示されたこの作品には、カラフルなリングと一緒に歯が浮かんでいるゲームのような玩具が写されている。リングを引っ掛ける棒がないためゲームとしては成立せず、言葉と想いが分離した状態を言い表す「歯の浮いたような」の慣用句を想像させる。
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百瀬文『The Examination』2014年 この作品もカフェ・ショップで上映。百瀬が視力検査を受けている様子が映されているが、Cのようなマークのどちらの方向に穴が空いているかを示す際、通常は動作や言葉で伝えるが、百瀬はマークと同じ大きさの矢印を書いて医師に伝えている。医師も視力検査を強いられ、診る側と診られる側の不均衡な関係を想起させる作品だ。

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ロン・ミュエクや名和晃平など見応えのある常設展示も。

十和田市現代美術館は、個々の展示室を「アートのための家」として独立させ、それぞれの展示室がインスタレーションとして完結したユニークな構造でも知られている。収蔵作品は、オノ・ヨーコやロン・ミュエク、名和晃平、塩田千春、栗林隆、マイケル・リン、レアンドロ・エルリッヒなど多様であり、さらには街中にも草間彌生の作品が並ぶ広場や、目[mé]による『スペース』などが展開する。百瀬文の個展でコミュニケーションについて「ハッとさせられる」と同時に、常設作品の展示もあわせて楽しんでみてはいかがだろうか。

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ロン・ミュエク『スタンディング・ウーマン』2008年 高さ4メートルほどの女性像に見下ろされると、そのあまりのリアルさとあり得ないサイズの不可思議な融合に圧倒される。最初の展示室で、おとぎの世界に引き込むような効果が生まれている。
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塩田千春『水の記憶』2021年 十和田湖で一艘の古びた木船を見つけた塩田は、場所やものに宿る記憶や人の縁、死生観といったものを赤い糸に表現した。
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栗林隆『ザンプランド』2008年 ドイツ語で湿地帯を示すこの作品。展示室の台に上り、天井裏に身体を入れたとき、境界を超えて新たな世界が見えてくることを示唆している。
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名和晃平『PixCell-Deer#52』2018年 「セル(細胞、粒)で世界を認識する」という独自の概念を軸に、さまざまな素材や技術を駆使して表現を続ける名和の代表作のひとつ。

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目[mé]『space』2021年 「作品がまちなかに広がっていく」という十和田市現代美術館の建築構想に着想し、かつてスナックとして使われていた古びた建物にガラス張りのホワイトキューブを埋め込んだインスタレーション作品を手がけた。
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劉建華(リュウ・ジェンホァ)『Mark in the Space』2010年 先ほどまで誰かが寝ていたのかと思わせる枕。日用品を陶器で再現する作風で知られる作家が、FRPで手がけた彫刻であり、通りのベンチとしても機能する作品。6月24日から開催される次の企画展は、『中空を注ぐ』と題された劉建華の個展だ。

百瀬文 口を寄せる

開催期間:2022年12月10日(土)〜2023年6月4日(日)
開催場所:十和田市現代美術館
青森県十和田市西二番町10-9
TEL:0176-20-1127
開館時間:9時〜17時
※入場は閉館の30分前まで
休館日:月(祝日の場合は開館し、翌日火曜休館)
※4月18日から5月7日まで毎日通常開館
入館料:一般¥1,800(常設展込み)
https://towadaartcenter.com