本屋とコピーライター、二足の草鞋で営む八ヶ岳での山の生活

  • 写真:溝口 拓
  • 文:齊藤素子

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憧れの山暮らしに加え、自分の価値観を表現する書店も実現した、売れっ子コピーライター、渡辺潤平さん。活字がつなぐ二拠点生活とは。現在発売中のPen最新号『理想の暮らしは、ここにある』より抜粋して紹介する。

Pen最新号『理想の暮らしは、ここにある』。都心にこだわらず、好きな場所に住み、自由に働く……。オフィスから離れて仕事をこなし、家族との時間を優先する。そんな“当たり前”の生活を実践する人が、「新しい働き方」をトリガーに、さらに増えている。「理想の暮らし」とはいったいどんなものなのか? 第2特集は『マティスの部屋』。近代美術の巨匠、アンリ・マティスが暮らしたユニークな部屋から、彼の絵画世界の魅力を考える。

『理想の暮らしは、ここにある』
Pen 2023年6月号 ¥880(税込)
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二拠点 山梨県北杜市⇄東京都港区

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渡辺潤平●コピーライター/クリエイティブ・ディレクター。1977年、千葉県船橋市生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂入社。2007年に渡辺潤平社設立。広告キャンペーンの企画立案のみならず、コーポレートスローガンの策定や商品・企業のネーミング、作詞など、言葉を中心としたコミュニケーションを幅広く手がける。

昨年6月、山梨県北杜市の八ヶ岳南麓大泉を縦断するメインストリート、県道28号線沿いにカフェを併設した書店「のほほん BOOKS & COFFEE」がオープンした。店主は、大手企業や有名ブランドの広告も数多く手がけるコピーライターの渡辺潤平さん。月曜から水曜は東京、木曜から日曜は八ヶ岳という二拠点生活、そして「本屋の店主」と「コピーライター」というパラレルキャリアを実践する。店内に並ぶ本は約3千冊。実は、渡辺さんの二拠点生活は6年ほど前からで、その経験が本選びに活かされている。

「山って夜が長いんです。日が暮れれば家に帰って家族と過ごします。東京と違って外食したり飲みに出かけることもない。だから、本を読む時間がたっぷりあります。そんななかで、山で読むとすごく没入できる本の傾向があることに気づきました。ここには、山で読むと面白いと思うジャンルの本を選んで仕入れた本が並んでいます」

 

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壁の色、棚の高さなどにもこだわった店内。ジャズの名盤や懐かしの歌謡曲、ユニークなアナログレコードを集めたショップ イン ショップ「DENEN Records」もある。

 「流離(さすらう)」「愛おしむ」「震える」といった他の書店では見かけないユニークなカテゴリー分けは?

「ただ整然と本が並んでいるのは退屈だし、3千冊しか並べられないので自分の家の本棚みたいな感覚で、どこになにがあるのかを楽しめる構造にしたいと思って」

 

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「一貫性がないようで明確にあります。自分が読みたい本、というのが基準です」山の本が集結。
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左:書棚を飾るワードの強さが響く。 右:「暮らす」に関しても選書が、ひと味違う。

八ヶ岳南麓付近には書店が少ないこともあって、オープン直後から注文も含め予想していた以上の売れ行きがあるそうだ。

「オープンしてまだ1年。必死な部分もあるので、いまはギアを上げてやっています」

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必要とされる場所で、自分にできることを最大限にやりたい

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家が近所にあって、店の常連の長谷川宏さん。渡辺さんの博報堂勤務時代の大先輩であり、二拠点生活の先輩でロールモデルでもある。

渡辺さんの二拠点生活のスタートは2017年。学生時代から山の暮らしに憧れていた渡辺さんは、その想いを共有する妻と一緒に休みを利用して長野や山梨で山の家を建てる土地を探した。

「八ヶ岳に来た時にふたりとも“ここだ!”と感じました。東京からの距離感もほどよく、なにより明るさに惹かれました」

山梨県北杜市は、日本で最も日照時間が長い地として知られる。なかでも大泉エリアに魅力を感じ、土地を探して山の家を建設。金曜の夜、東京都内のマンションからクルマに飛び乗って山の家へ。週末を過ごしたら日曜の夜か月曜の朝に東京に戻るという生活を約3年間続けた。コロナ禍で広告業界もリモート中心になったことを機に、妻と二人の娘は完全に八ヶ岳へ移住し、渡辺さんだけが東京と行き来する生活に変えた。

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2020年までアートディレクターとして広告会社に勤務していた妻の章子さん。現在はふたりの娘の子育てと店の手伝いをしながら、少しずつ仕事を再開している。

 「二拠点生活を続けるなか、山でも自分のすべきことを見つけたい」と、強く感じていた渡辺さんは、まず土地を購入した。そして、これまで自分がやってきたことの延長+好きなもの=本屋という答えを見つけ、オープンの1年半ほど前から、東京・ときわ台にある「本屋イトマイ」で書店経営の基本やゾーニングなどを学んだ。

「入った瞬間に“わー!”という声が出るような空間にしたかった」という店舗のデザインは、夫婦で旅したアイスランド・レイキャビクで心惹かれたカフェやレコードショップなどのイメージを再現したもの。購入した本をカフェに持ち込み、コーヒーを飲みながら読書する人の姿がとても自然に感じられる。“ショップ イン ショップ”の器や子ども服、レコードの売れ行きも上々だ。

「スペースの限界はありますが、山暮らしを豊かにできるような品々を、少し領域を広げながら増やしていこうと思っています」

DMA-08_230309_0403.jpg書店の奥にある絵本のスペース。妻・章子さんの妹、子ども服作家の容子さんによる「洋裁ようこ」の子ども服も大人気。 

 

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カフェで提供するコーヒー“のほほんブレンド”は、御代田(みよた)の「豆玄」に焙煎してもらう“本の香りに合う”コーヒー。読書に夢中になって冷めてもおいしい。
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左:北杜のブラウニー専門店「こいのぼり」のチョコブラウニーや八ヶ岳の素材でつくる「YETI」のジェラート、クラフトビール「8 Peaks BREWING」など、地元の美味も揃える。右:北杜市のオイスターバー「コジシタ八ヶ岳」による器のセレクトショップ「iito.」。 

近々実現しそうなのは、キッチンカーを呼んでランチを提供し、庭で楽しんでもらうというもの。

「書店を軸足にして、自分たちの価値観が表現できるようなお店、空間にしたいと考えています」

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一家が暮らす家は、店からクルマで5分ほどの距離。いくつも設けられた大きな窓から、四季によって変わる景色が楽しめる家だ。

「先日、娘たちが採ってきたフキノトウを天ぷらにして食べました。そんな経験をさせてあげられるのも山の家ならでは。ふたりが日々、のびのびと過ごせているのも山暮らしの大きな魅力ですね」

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5歳と4歳の娘たちの部屋は、木の温もりを感じる明るい空間。将来は2部屋に分ける予定だという。階段を上ったロフトがベッドルーム。 
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静かで居心地のよい屋根裏は渡辺さんの仕事部屋であり、ハンモックも備えた子どもたちの遊び場でもある。シンプルな空間は大人数の宿泊も可能。

 同世代の子どもをもつ親たち同士の交流も心強く、二拠点生活の支えになっている。

書店のオープンに際して「なぜいま、本屋なの?」「広告の仕事は?」など、周囲から疑問の声が上がったそうだ。ていねいな説明と仕事そのもので理解してもらう努力を続けた結果、理解を得た。

「打ち合わせがてら八ヶ岳に行きますよ、という人も増えたのがうれしいですね。実は、山にいる時は考える時間がたっぷりあって生産性もぐっと上がるんです」 

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左側の大きな窓の前が渡辺さん一家のお気に入りの場所。「リスや野鳥が、用意したヒマワリの種を食べるためにやってくるのを毎朝眺めるのが楽しい」

とはいえ、ふたつの仕事の両立はかなり厳しいはずだ。

「けっこう疲労しています(笑)。今後は流れに任せながらゆっくりと坂を下っていくようなペースで。本音を言うとずっと山にいたいんです。完全に山で暮らしたい(笑)。でも、10年か15年か、だいぶ先だろうなと。東京と山梨を緩やかに行き来しながら、自分が必要とされる場所で、自分にできることを最大限やっていこうと思います」

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カンディハウスのハイバックリビングチェアーにゆったりと座り、ル・コルビュジエがデザインしたブラケットライトの下で読書する至福の時。

のほほん BOOKS & COFFEE

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●山梨県北杜市大泉町西井出8240-8420
☎0551-45-9022
営業時間:10時~18時
定休日:日、月、火
www.nohohonbooks.jp

 

セカンドハウス、二拠点、移住、新しい働き方
『理想の暮らしは、ここにある』

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