「文句を言われるということは、注目されているということでもある」。「髭を剃れ!」の人が教えてくれた大事なこと【はみだす大人の処世術#5】

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之
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Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイを寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第5回のキーワードは「星1つのレビュー」。

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まだ作家としてデビューして間もない頃、どういうわけか若者代表みたいな立場でテレビ番組に呼ばれ、とあるトークテーマについて自分の意見を話す機会があった。テレビに出演するのは初めてだったので、放送日にどのような反応があったのか気になり、Twitterでチェックした。概ね好評というか、僕の意見に賛同してくれる人が多かったのだが、もちろん「意見が合わない」という視聴者もいた。

その中で、ひと際印象的だったのは、僕が画面に映るたびに「髭を剃れ!」「まず髭を剃ってから喋れ!」とつぶやく人がひとりいたことだ。確かに僕は髭を生やしている。生やしているというか、面倒なのであんまり頻繁に髭剃りをしない。ただ、意見の内容に関係なく、髭に対して文句を言われるとは思ってもみなかった。

僕はあくまで個人的な興味から、「髭を剃れ!」とつぶやいている人が、普段いったいどういうTweetをしているのか見にいった。アカウントを開いて驚いた。その人は1日中テレビの前に張りついて、髭を生やした人が画面に映るたびに「髭を剃れ!」「髭も剃らずに漫才をするな!」などとひたすらつぶやいていたのだった。

その人が、どういう意図でそのようなTweetをしているのか、僕にはわからない。髭の生えた男に両親を殺されたのかもしれないし、ジレットから金を貰って髭剃りの普及活動をしているのかもしれない。どちらにせよ、僕が普通に生活していたら、絶対に出会うことのないタイプの人だ。

テレビに出たり、多少なりとも有名になったりすると(「髭を剃れ!」ほどの人はそんなにいないが)、普段出会わないタイプの人に認知されることになる。たとえば自作についてのAmazonのレビューを見ていると、そのことを実感する。発売してすぐは、星5つをつけてくれる人が多い。なぜなら、発売してすぐ僕の本を読んでくれるのは、もともと僕の小説のファンだからだ。しばらくすると、いろんな意見が出てくる。「よくわからなかった」とか、「知人に薦められたけど面白くなかった」とか。そういった人は、読書好きではあるけれど、別に僕の小説のファンというわけではない。すべての小説にいえることだが、たとえ誰かにとって面白いものでも、他の誰かにとっては面白くないものだ。全員が好む小説が存在しない以上、「面白くなかった」という意見が出てくるのは健全なことだと思う。むしろ、自分のファン以外が読んでくれているという意味で、安心してもいい。それ以上売れてくると、普段本を買う習慣がない人や、髭の生えた男に両親を殺された人が買うようになる。「まず髭を剃ってから小説を書いてください。星1つ」。そこまでいって初めて、人気作家を名乗れるのだろう。

この話は小説に限ったことではないはずだ。自分の仕事や活動の規模が大きくなっていけば、価値観の合わない人や、考え方の違う人と関わらざるを得なくなってくる。場合によっては、心ない言葉に傷つくこともあるかもしれない。でもそこで一度立ち止まってみて、「こうやって無茶苦茶なことを言われるということは、いろんな人に注目されているということなのだろう」と解釈してみる。「悪名は無名に勝る」とは言わないけれど、最も恐れなければならないのは「誰にも言及されない」という事態なのだ。文句を言われるということは、注目されているということでもある。

「髭を剃れ!」の人に、僕は密かに感謝している。大事なことを教えてくれてありがとう。でも、髭は剃りません。

小川 哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国 』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。

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※この記事はPen 2023年5月号より再編集した記事です。