チェックシャツから見える映画論

  • 文:速水健朗

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『フェイブルマンズ』は、当然のことながら"チェックシャツ映画"だった。
チェックシャツ映画とは、主人公がチェック柄のシャツを着ている映画のことである。

『フェイブルマンズ』の主人公のサミーは、スピルバーグの少年時代が投影された存在だが、そのことはチェックのシャツを着ていることからわかる。チェックシャツは、スピルバーグ作品内の"自分を託したであろう少年"が身につけるアイコンである。

『E.T.』(1982)のエリオット少年は、冒頭でフランネルのネイビーのチェックシャツを着ているが、翌日にも別の赤のチェックのフランネルシャツを着ている。彼は自分の部屋で異星人のETをかくまっている。留守中にクローゼットから出てきたE.T.は、エリオットの部屋からチェックのシャツを持ち出し羽織っていた。冷蔵庫のビールを飲んでしまう場面。エリオットとETは、互いの感覚を同調できるため2人は同時に酔っ払う。E.T.もエリオット同様に、腕まくりしてシャツを着る。精神だけでなく、ファッションも同調しているのだ。

スピルバーグ作品でチェック柄を着るのは、少年だけではない。『ジョーズ』(1975)の主人公は、夏の間、ビーチの観光客で町がにぎわうアミティ島の警察署長ブロディである。ブロディは、町の観光収入を守ろうとする市長らの態度に食い下がり、サメの危険性を訴える。普段は町の住民の平和を守るワイルドで西部の保安官のような署長。制服姿である。だが、家に帰れば子どもと妻を愛するお父さん。海岸沿いの家では、いつもチェックのシャツを着ていた。ウェスタンシャツという感じでもない。単なるフランネルチェックシャツだ。

チェックシャツの主人公といえば、『ジュラシック・パーク』(1993)のグラント博士もそうだ。シリーズ1作目の主人公は、最初に登場する恐竜の発掘現場で赤のチェック柄のシャツを着ている。彼はいかにも博士らしい白衣など着ない現場派。また、グラントと一緒に恐竜のパークに向かったカオス理論を振りかざす数学者のマルコム博士は、いつも黒ずくめ。でグラントの真逆の性格。グラント博士は、シリーズ最終作にも再登場するが、ここでも色違いのチェック柄で登場していた。

『ミュンヘン』(2005)のアブナーは、イスラエルの祖国のために結成された暗殺部隊のリーダーである。いつもイエローかやクリーム系の無地のシャツを着ているが、逃亡生活の中で衣装を替えていく。チェックシャツを着るのは、彼に子どもができて、任務と家族の板挟みにあうようになったころから。暗殺任務を続けていくことへの疑問がシャツの柄に込められた。大人の主人公たちは、家族と結びつく場面でチェックのシャツを着がちである。

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© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved. 配給:東宝東和

『フェイブルマンズ』では、フェイブルマン一家のキャンプの場面が描かれていた。母も父も妹もどこかしらにチェックの衣装を身につけている。家族の楽しい時間。ただ、そこで回していたフィルムがのちに家族がばらばらになるきっかけとなる。チェック、格子柄とは、縦と横、2つの直線の交叉である。フェイブルマン一家と同じ。母と父は相反する線で1つにはならないが、平行線(ストライプ)ではない。何度も交叉する。家族は格子柄であり、映画もそうだ。何度も登場人物が交叉し、シーンやカットや登場人物が何度も交叉して折り重なる。

"チェックシャツ映画"の全盛時代は、80年代である。『E.T.』のエリオットような、やや病弱なさえない少年のアイコンとしてのチェックシャツという描き方、つまりナードファッションとしてのチェックシャツが定番だが、それだけではない。

80年代の青春映画の巨匠ジョン・ヒューズの映画では、チェックシャツは、むしろイケている少年たちのアイコンである。袖を切り落とした不良=ワイルドボーイ(『ブレックファスト・クラブ』1985)のスタイルだったり、スポーツ系マッチョ男が着ていたり(『すてきな片想い』1984のマイケル・シューフリング)する。『バック・トゥ・ザ・フューチュー』(1985)のマーティーもインナーにチェックのシャツを着ているが、彼もナードではない。チェックシャツを着た80年代を代表するスターにコリン・ハイムがいるが、その話はここでは省略する。

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チェックシャツを愛用した若き日のスティーブン・スピルバーグ監督。(c)Everett Collection/amanaimages

"チェックシャツ映画"以外、シャツの柄の映画分野は存在するか。ポール・トーマス・アンダーソンの『リコリス・ピザ』(2022)は、ストライプ・シャツ映画だった。舞台は1973年前後のカリフォルニア。主人公の10代の少年は、ずっとストライプのシャツを着ている。時代的には、『フェイブルマンズ』とは7,8年の違いがあるが、着ている服の傾向はや色合いには共通点がある。ちなみに、チェック、ストライプ、両方が出てくる映画で、それらの原点というべき存在は、ジョージ・ルーカス監督作品『アメリカン・グラフィティ』(1973)である。

1962年のカリフォルニアの田舎街が舞台。若者たちは、夜通し車を走らせて遊んでいる。チェックシャツを着る主人公のカートは、大学に進学するためにこの町を出ていこうとしている。襟の付いたシャツを着ている若者たちと、襟なしのTシャツの若者がいる。街に根付くボス的な若者、ジョン・ミルナーはTシャツである。カートが着ているチェックシャツは、『フェイブルマンズ』にも出てきそうなマドラスチェックである。マドラスチェックは、アイビールックの定番アイテムだった。彼は東海岸の大学に進学する。そして、もうひとりの主要人物のスティーブは、ストライプのシャツを着ている。彼の方がさわやかな印象がある。

ちなみに、カートを演じたリチャード・ドレイファスは、スピルバーグ映画でもおなじみ(『ジョーズ』『未知との遭遇』『オールウェイズ』)の役者だが、80年代を代表する青春映画『スタンド・バイ・ミー』にも出演している。冒頭では、小説家が作品を書いている。回想として本編が始まるのだ。4人の少年が森の中の線路沿いに放置された死体を探しにいく。ラストで再び、小説家のシーンに戻る。この小説家は、4人の少年の1人のゴーディの成長した姿だ。彼は、のちに小説家になった。この小説家をドレイファスが演じている。ここでドレイファスは、何の柄のシャツを着ているだろうか。答えは、言わずもがなチェックである。

『フェイブルマンズ』のサミーは、物語の最後でチェックではなく、白のカッターシャツを着て出てくる。『フェイブルマンズ』少年がチェックのシャツを着なくなる話である。少年はどこかでチェックのシャツを捨てなくては、大人になれない。そして、大人たちは、どこかで一度捨てたチェックのシャツを再び手に入れるのだ。

 

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大ヒット公開中!『フェイブルマンズ』 © Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved. 配給:東宝東和

『フェイブルマンズ』

監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ

脚本:トニー・クシュナー 音楽:ジョン・ウィリアムズ 衣装:マーク・ブリッジス 美術:リック・カーター

編集:マイケル・カーン、サラ・ブロシャー 撮影:ヤヌス・カミンスキー

原題:The Fabelmans 配給:東宝東和 上映時間:151分 

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

◆公式HP:https://fabelmans-film.jp 

◆公式Twitter:https://twitter.com/fabelmans_jp #映画フェイブルマンズ

 

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。