映画のポスターやパンフレットはどうつくられるのか? 数々の名作を手がけたアートディレクター・石井勇一さんに聞く

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    Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

    ポスターにチラシ、パンフレット……。映画の“顔”ともいえるビジュアルのデザインを多数手掛けるアートディレクター、石井勇一さん。『ムーンライト』や『花束みたいな恋をした』等、彼のアートワークに触れた方は多いことだろう。

    第75回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールに輝き、第95回アカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞の3部門にノミネートされた話題作『逆転のトライアングル』(公開中)の日本版アートディレクションを担当した石井さんに、制作の舞台裏やクリエイティビティについて話を伺った。

    映画の宣伝ビジュアルはどう作られる?

    ――まずは、石井さんが映画のポスターやパンフレットのデザインを手掛けられるようになった経緯を教えて下さい。

    元々をお話しすると、デザイン事務所に所属していたアシスタント時代から映画周りのデザインは手掛けていて、そのご縁で独立した後に配給会社の方が声をかけて下さったんです。ただ、独立する際にそれまでのつながりをもっていくことは難しい部分もあるので、僕からアクションは起こさずにいました。ただ、「映画の仕事をやりたいな」と思っていたので、独立して2年後くらいに配給会社さんから「どうしてますか」とご連絡いただけたときは嬉しかったですね。そうして担当させていただいたのが『追憶と、踊りながら』(2015年日本公開)です。

    ――本作のポスター&チラシ、よく覚えています。抜け感が印象的なデザインでした。

    最初のチラシは気合が入っていましたね。伝える文脈が多いなかで整理するのは難しかったですが、上手くまとめられたんじゃないかと思っています。 

    その後に『ムーンライト』のお話をいただき、一つずつのお仕事がつながっていまに至ります。

    ――一つの作品につき試写状、チラシやポスター、パンフレット等複数の制作物を担当されるかと思いますが、どういったプロセスを踏むのでしょう。

    海外の作品であれば、基本的にはまず日本語字幕が入った段階で拝見させていただき、「できる/できない」の判断をします。そしてお受けすることになってからビジュアル周りのスケジュールが組まれていきますが、一番納期が早いのは実はムビチケ(前売り券)なんですよ。

    ――そうなんですね! マスコミに向けた試写状よりも早いのですか?

    はい。ムビチケは下手したら公開の5カ月ほど前に動き出すくらい早いんです。場合によってはまだ作品が出来上がっていなかったり、字幕がついていなかったりするので、本編を観る前に動き出さないといけないときもあります。そうなるとなかなか作品性には踏み込めないので、仮のロゴを組んだり……。海外の作品であれば、本国のロゴに雰囲気を寄せたり、或いはビジュアル含めて本国のままで行くパターンもありますね。

    次に制作するのが試写状ですが、大体最初に本編を観てから1ヶ月後くらいにはデザイン案をプレゼンしていますね。それが決まったらもうチラシに展開し、チラシのあとはプレス(マスコミに向けたパンフレット)、同時並行で劇場パンフレットや劇場で飾られるポスターを作るといった形でしょうか。どうせなら試写会でプレスと一緒にチラシも配りたいですし、この辺りは一気に動き出す感じです。 

    ――作品をご覧になって1ヶ月の間に、どのように案を組み立てるのでしょう。 

    使用可能な画像素材のパッケージを前もっていただいて、まずはそれを確認します。それで作れるときもあれば難しいことも当然あるので、そういった場合はアタリ(仮のデータ)として本編のスクリーンショットを取り、そのイメージを基にラフを制作していきます。そしてプレゼン後に、本編から抜いた高解像度の画像素材をもらって、差し替えて合成していく流れです。

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    ハイファッションを皮肉ったデザインと、随所に散りばめられる業(わざ)

    ――ここからは『逆転のトライアングル』のビジュアルのデザインについて伺えればと思いますが、ポスターにはさまざまな業(わざ)が仕掛けられていますね。

    盛り盛りですよね(笑)。

    ――石井さんが本作からどのようなインスピレーションを受けてデザインに変換していったのか、非常に気になります。 

    僕の妻がファッションスタイリストだったり、僕自身が企業のブランディングの仕事を行うこともあるため、本作の冒頭で描かれるファッションネタが凄く面白おかしかったんです。その感覚をうまく皮肉った大胆なデザインにできないかというのがファーストインスピレーションでした。あとはそれをどう表現するかですが、「黒枠を使う」というアイデアが浮かびました。

    セリーヌやシャネルといったブランドの広告では、例えば太縁を使うといった王道のフォーマットが昔からあるんです。あえてそれを踏襲し、本国のビジュアルをはめ込んだら面白いのではないかと思いました。かつ、大胆に動かすことで劇中ともリンクする“揺れ”を感じさせたい。その中で、センターに立っている船長(ウディ・ハレルソン)だけが正対で正面を向き、他の人物は斜めにしようと考えて作っていきました。

    逆転のトライアングル_ポスター(サイズ小) (1).jpg
    『逆転のトライアングル』のポスターデザイン

    ――本国のビジュアルと素材自体は同じであるため、よりギャップが際立ちますね。 

    本国のビジュアルは相当こだわって作られているでしょうから、やっぱりリスペクトしたい。そのうえでどうしていくかを考えました。

    ――ビジュアルを見ても作品理解度が凄まじいと感じますが、何回もご覧になって作っていくのでしょうか。もしくは観賞中にメモを取ったり……。

    手元で確認できる映像素材はもらえるのでそれで部分的に観返すことはありますが、ファーストインプレッションから大きく変わることはないですね。最初に観賞する際も「ここビジュアルに使えそうだな」と思いながら観る意識は潜在的にありますし、「このシーン良いな」という気持ち含めて多角的に探っているイメージです。 

    ――『逆転のトライアングル』のビジュアルは、よく見ると「逆転」の漢字が反転していますね。石井さんは『わたしは最悪。』の際もこうした“遊び”を施されていました。

    今回はベースは明朝体で「逆転」の造形自体を回転させているんですよね。「転」などは、形はそのままですが“止め”が反対になっています。「逆」はそれに加えて“はらい”ですね。やろうと思えば回転させたり逆さにしたりと無数にパターンは作れますが、可読性のバランスを見ながら作りました。「このロゴを見た人が何か感じてもらえたら」というのはデザインにおいていつも考えることのひとつです。 

    ――やはり相当のパターンを検証されるのでしょうか。 

    そうですね。どのパターンがビジュアルにハマるかを検証したうえで、造形として細かく分解して突き詰める方法をよく取ります。

    ――同じロゴであっても、チラシや掲示されるポスター等、アイテムによって文字幅など微調整されると伺いました。

    サイズ感で、見た印象って全く変わるんです。インシアター(劇場内)の一番大きなバナーや、チケットカウンターや売店の下に飾るものだと横が7メートルで天地が60センチという超横長のものもありますし、劇場の壁に飾るような15メートルサイズの大きなものもある。このふたつであっても、目線を上げて見るものと下げて見るものでは印象が全く違うんです。そこで何をどう伝えるか――見せたい内容や文字のサイズ感も変わってくるので、「実際見たときにどう感じるか」は常に念頭に置きながら作っています。 

    ――いまお話しいただいた部分にもつながるかと思いますが、石井さんのクリエイティブにおいて「フィジカル」はキーワードのひとつなのではないでしょうか。『グリーン・ナイト』のビジュアルにおいてもひげのシルエットをモップで実際に作ったり、『ライトハウス』のBlu-ray BOXの際には木箱を腐らせたりしてデザインに落とし込んだと伺いました。

    それはありますね。『逆転のトライアングル』のビジュアルだと、飛び散っている“金(きん)”がそれにあたります。本作では「シャンパンを吹き出す」という象徴的なシーンがありますが、あれ自体がゴールドのシャンパンであり、金(かね)というセレブレーションの象徴でもある。これはうまくハマりそうだ、いい感じに壊せそうだぞと見ているときに思っていました。この金がないと綺麗なビジュアルですが、一緒に視界に入ってくることで違和感をおぼえるでしょうし、飛び散っていて垂れてくる金の下で優雅に過ごしている人たちが滑稽にも見えてくる。

    制作においてはゴールドのメタリックインクを実際垂らして、乾くまでのキラキラした状態のものを複写して取り込んで作っていきました。

    ――どうりで、立体感が違いますね。石井さんは『別れる決心』のパンフレットでも、劇中に登場する絆創膏を模したシールを制作されていましたね。これもかなり試行錯誤をされたと聞きました。

    あれは大変でしたね(笑)。最初は販売用に絆創膏の上にバーコードを印字していたのですが、結果的になくて大丈夫ということになってラッキーでした。パンフレットは直に人の手に触れるものですから、紙質含めてそれこそデジタルではなくフィジカルで何を感じるか、作品との連動や体感は常に意識しています。

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    パンフレットのモチーフは"チープな船内誌"

    ――『逆転のトライアングル』のパンフレットは、どのようなコンセプトで生まれたのでしょう。

    飛行機に乗るとよく見かける、なんとなくチープな機内誌です。普段地上では見ることのないブランドだったり、「こういう世界の人たちに乗ってほしいんだな」というのが透けて見えるのが面白くていつも読んでしまうんですが、『逆転のトライアングル』を見ながら「この媒体はきっとハマるだろうな」と感じました。実際、フェリー内の機内誌もあるらしいですしね。

    そういった文脈を滑稽に演出すると考えながら、マガジンのロゴも実際作っていったりと広げていきました。

    ――機内誌でしたか! 

    僕の中では「伝わる人には伝わればいい」くらいの感覚で、どちらかというと潜在的にあったのは「面白おかしい」でした。この架空のマガジン自体、すごく真面目に作っているけど実際は強烈なシーンもあるじゃないですか。実際に掲載している写真にも凄いシーンがありますし、そのあたりの違和感や「カッコつけているけどダサい」という部分を重視していました。

    今回は表紙も3面になっていて、広げると見え方が変わったり、裏返して“逆転”させると遭難後のシーンになります。(メインキャラクターであるインフルエンサーの)ヤヤが写っているのは同じだけど、状況が真逆になるんです。そして、マガジンにありがちな謎の広告(笑)。大体全体の3分の1、下手したら2分の1くらいのボリュームが広告に割かれていますよね。その文脈で、冒頭に広告っぽいカットを入れています。 

    また、細かい部分ですがヤヤの広告風のカットの後ろに引いているグラデーションのグラフィックは、実はエレベーターで彼氏のカール(ハリス・ディキンソン)と揉めているシーンから取っています。エレベーターのメタリック感だけを抽出して使いました。

    ――改めて、観た後にもう一度見ると楽しさが倍増するデザインばかりですね。

    特にパンフレットはそれぞれの家に置かれるものですし、映像を観返さなくても、観たときのことをフィジカルとして思い起こせるというのは目指したいところです。

    ――先ほどの機内誌の話にも石井さんの“引き出し”を感じますが、インプットは日ごろから意識的に行われているのでしょうか。

    半々ですね。無意識的に日常の興味としてインプットしてくことは絶えず行っていますし、制作においてですと、ビジュアルを色々と作っていくと方向性が定まってより深堀りしてリサーチしていくんです。パンフレットは最後の制作物ではあるので、フォーカスが絞られてきて「これだな」というのも割とはっきり見えてくる。そういった意味では、最初の打ち合わせの段階などで「パンフレットはこういうコンセプトでどうでしょう」とお伝えしちゃいます。

    ――そんなに早くからなのですね。 

    大体凝ったことをするとスケジュールにハマらなくなるので、先手先手で思いついた段階で伝えるようにしています。色や形が変わっていると印刷含めて大変になりますし、「もう1週間早く聞いていればできたのに」ということを避けるためにも、早い段階で編集者さんと進めていくのが一番手っ取り早いんですよね。「これは譲れない」という部分の共有であったり、本国からの素材のアプルーバルの問題もあるので早いに越したことはないと思います。

    ――『別れる決心』『逆転のトライアングル』『アラビアンナイト 三千年の願い』と石井さんがデザインを手掛けられた作品の公開がラッシュですが、どんどん映画系のお仕事が増えてきた感覚でしょうか。

    大体この時期は忙しいものですが、ここまで重なることはあまりなかったように思います。制作時は頭の切り替えが大変でしたね。作品性がまったく違うし、もちろんどれも手は抜けない。パンフレットなんて、普通にやれば簡単に組めてしまいますからいかに作品の文脈に合わせて、憑依して組むかは体力を使いました。

    ――『逆転のトライアングル』のデザインで、特に大変だった部分はどういったところでしょう。 

    配給会社さんともアプローチの方向性を模索しつつ、どうやったら作品性を伝えながらファッション感も出しつつ違和感も盛り込んで、見た人が話題にしたくなるビジュアルにできるかというところでしょうか。写真を加工するのか、しないのか、蛍光色だったり派手にするのか等々、無数にやり方がありますから。

    ――最後に、石井さんの今後のやりたい仕事などがあれば教えて下さい。

    自分は偏食がないので、皆さんに逆に調理していただけるのが楽しみではありますね。 

    『別れる決心』『逆転のトライアングル』『アラビアンナイト 三千年の願い』と続き、この後には『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』(3月24日公開)がありますが、まったく違う作品性でできていますし、同じ人間が手掛けていると見られないのもデザイナー冥利に尽きますね。

    『逆転のトライアングル』

    監督/リューベン・オストルンド
    出演/ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーンほか 2022年 スウェーデン映画
    2時間27分 TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中。