「大人の名品図鑑」アウトドアバッグ編 #4
普段づかいや旅行用のバッグとしてアウトドアスポーツに出自を持つもの、あるいはアウトドアバッグで使われる素材やディテールを備えたものを使う人が圧倒的に多い。これらのバッグは機能重視で使いやすく、丈夫で長持ちする。加えて個性やファッション性まで備えたものが多い。今回はそんなアウトドアバッグ、アウトドアテイストでつくられたバッグの名品を集めてみた。
コロナ禍でフィッシングは、ひとりでできるアウトドアスポーツとして日本でも大きなブームとなっている。釣り用にデザインされたのが今回取り上げるフィッシングバッグだ。
1987年発行の『MEN’S CLUB BOOKS14 男のバッグ』(婦人画報社)でその定義を調べてみた。
「アウトドアスポーツの用途に合わせたバッグというものがある。フィッシングバッグはその中でも代表的な例。フライやルアーのスポーツフィッシングの道具が効率よく収納できるように細かな仕切りがつけられたり、釣った魚を入れても水が漏れないよう内部に防水処理が施されたりする。ロッドの取りまわしを考えて、普通は肩から斜めにタスキ掛けするようにストラップがついている。これもひところタウン用として流行したものだ」
こんな風に解説されている。では実際にはどんなデザインのバッグだったのだろうか。フライフィッシングを描いた名作として名高い『リバー・ランズ・スルー・イット』(92年)という映画がある。監督はあのロバート・レッドフォード、主演をブラッド・ピットが務める名作だ。ノーマン・マクリーンの小説『マクリーンの川』が原作で、モンタナの広大な自然を背景にフライフィッシングを嗜む親子が描いた、1910〜20年代が舞台の映画だ。
この作品で使われているフィッシングバッグはクラシックな籠製で、外側にフライ用の毛鉤用ケースを入れるポケットがついたシンプルなもの。フライフィッシングでは移動しながら獲物を釣るので、籠製のバッグには胸に固定できるように革製のストラップが付いている。素材が籠ということを考えると、このバッグは釣った魚を入れて置くことを主な目的としてつくられていたのだろう。Netflixで公開されている『ザ・クラウン』シーズン1の最終話「栄光の女王」で、故エリザベス2世女王の夫であるフィリップ殿下と子ども時代のチャールズ国王が湖畔で釣りを楽しむ姿が描かれていたが、その際にも籠製のフィッシングバッグが使用されている。少なくともイギリスでは1950年代ごろまでは籠製のフィシングバッグも使われていたのだろう。
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どんな悪天候にも耐える、ブレディのバッグ
フィッシングバッグの名品をつくるブランドがイギリスのブレディ(Brady)だ。創業はヴィクトリア朝時代にあたる1887年で、産業革命の真っ只中。当時スポーツ用銃の取引の中心になりつつあったバーミンガムで、ジョン&アルバート・ブレディ兄弟が銃を収納できる革製のケースをつくったことが始まりだ。
1920年には創設者のひとり、アルバートの息子レナードがアメリカに渡ってショップを開き、アメリカでもブレディの製品は人気を集めた。一方ジョンの息子であるアーネストは、1930年に本国イギリスでもスポーツアクセサリーやスポーツ用のバッグを手掛けるようになる。この時期にフィッシング用やハンティング用のバッグを生産するようになったのだろう。現在でも本社と自社工場をバーミンガムに構え、30人ほどの熟練した職人たちがさまざまなバッグを製作している。
ブレディのバッグの特徴を挙げておこう。大きなポイントとなるのが素材だ。アウトドアバッグの中には素材に帆布=キャンバスを採用したものが多いが、ブレディはツイル素材を採用。生地は3重構造になっており、2枚のツイルの間に防水性を高めるためのポリウレタンの膜を挟んでいる。つまり素材がツイル+ポリウレタン+ツイルというつくり。どんな悪天候にも耐え、水も通さず、表面にはテフロン加工が施され、汚れ等にも強い。フィッシングバッグとして名を馳せたのもこの素材によるところが大きいだろう。
加えて、使われている革は馬具にも使用されるブライドルレザー。ロウを何重にも染み込ませ、耐久性を強化し、使い込むほどに艶が増していく。バックル等に使われているのはすべてブラス=真鍮。ブラスは時間を重ねると表面の膜が酸化され、酸化膜という膜が張る。イギリス製らしいクラシックな佇まいに加え、経年変化も楽しめるのがブレディがつくるバッグの大きな特徴だろう。もちろんスポーツ用として使うだけでなく、その素材、デザインからファッション的に使ってもポイントとなるバッグだ。特にツイードやオイルコートなどのブリティッシュスタイルに絶好のバッグと言える。
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映画『アルゴ』にも登場
このブレディのバッグが登場する映画ある。2012年に制作され、第85回アカデミー賞で作品賞を受賞した『アルゴ』。1979年から80年にかけて起こった在イランアメリカ大使館人質事件を題材にした作品だ。この事件でテヘランのカナダ大使館に匿われた6人のアメリカ人外交官を、CIAの秘密工作員トニー・メンデスが自ら現地に乗り込み映画関係者に変装させて、6人全員を脱出させるというストーリー。もちろん実話だ。このトニーを演じたのが、製作・監督も兼任したベン・アフレック。脱出計画を立案後、テヘランに向かうときからずっと離さず持っているのがブレディのオリーブグリーンのショルダーバッグ。とあるサイトによれば同ブランドが1950年代から製作している「ゲルダバーン(Gelderburn)」というモデルらしいが、革の色などが微妙に変わっているので、もしかしたらこの映画のために特別にデザインされたのかもしれない。
冒頭のフィッシングバッグの定義の中で「タウン用としても流行している」とあったが、質実剛健で丈夫なのがフィッシングバッグの真骨頂。その実用性や機能性は、街中や旅行用のショルダーバッグとしても便利。そうした理由もあって、人質救出という過酷な旅に向かうトニーのバッグとして、老舗のフィッシングバッグが選ばれたのではないだろうか。
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