『Made in U.S.A. Catalog』——雑誌や服に興味をもつきっかけをつくってくれた2冊のムック本がようやく揃った

  • 写真&文:小暮昌弘
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1975年、神保町交差点の角にある書泉ブックマートの1階で見つけた『Made in U.S.A. catalog』を手にした時、まさに衝撃だった。情報がぎっしりと詰まり、アメリカで撮影した写真でまとめられた誌面は、ほとんど見たことがないものばかり。最後にはアメリカのショップ、ハドソンズの最新カタログを英語でそのまま掲載するという大胆なつくり。1冊¥1,300という価格は高校生の私には大枚だったが、即購入を決断。勉強もせずに毎日ページをめくった。

2号目が出たのが翌年。2号目のタイトルは『Made in U.S.A.-2 Scrapbook of America』(以下『Made in U.S.A.-2』だった。1冊目がアメリカでその時代を象徴するものをカタログ形式で、しかもモノ中心で道具のように紹介したのに対して、2冊目はこの時代の若者たちの志向=ムーブメントやライフスタイルを紹介した記事が多い。まだスニーカーが注目される前で、2号目の表紙(イラストは1号目に続いて斎藤融)にはワークブーツが描かれている。

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左が1号目の『Made in U.S.A. catalog』で、右が『Made in U.S.A.-2 Scrapbook of America』(ともに読売新聞社)。右の2号目でエル・エル・ビーンが取材されている。これが日本でこのブランドが紹介された最初の記事ではないだろうか。

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雑誌編集者になってからも2冊のムック本はいわば自分にとってはバイブルのようなもの。側において再読したいと、編集部の机のすぐ後ろにあった蓋付きの自分用の書棚に仕舞っておいた。それがいけなかったのかもしれない。ある日、気がつくと、たくさんある雑誌や資料の中からこの2冊だけきれいに消えていた。書棚には鍵はかかっていなかった。外の誰かがこの書棚を覗くことはあまり考えられない。誰かが参考のために見たいと取り出して、そのまま忘れてしまったのか、自分のものとしたのか。騒ぐのもおとなげないとそのままに黙っていたが、貴重な2冊を失った喪失感はかなりのもの。どこかでまた購入したいと思っていたら、姉が古書店で販売していた1号目を発見し、購入してくれた。だから手元にあるのは2冊目の『Made in U.S.A. catalog』。残念ながら2号目はなくなったままだった。

去年、Pen Onlineで連載している「大人の名品図鑑」で、アメリカのアウトドア老舗エル・エル・ビーンの商品を何度か取り上げた。『Made in U.S.A.-2』の巻頭でエル・エル・ビーンは何ページにもわたって取材されている。メイン州フリーポートにある旗艦店(昔はここにしか店はなかった)を取材しているが、ストーリーから商品まで幅広く紹介されていた覚えがあった。昨年だったと思うが、イラストレーターの小林泰彦さんと話している時に、この記事を取材した際の話を聞いた。「当時、旗艦店は2階建てで、2階に入り口があった。2階は正規品が販売されていて、1階が在庫品、いまでいうアウトレット品を販売していた。だから2階を入り口にしたのだろう。アメリカ人はうまいことを考える」。そんなことを小林さんは話してくれた。エル・エル・ビーンを取り上げるのならば、その記事をもう一度読んでみたいと思い、再度、入手することを決断した。

1号目を再度手に入れたころと違って、いまはインターネットという便利な道具がある。検索をかけると、市場には出回ってはいるものの、価格は1号目の倍以上。その中でもいちばん安いものを選んで送ってもらった。

私の記憶通り、『Made in U.S.A.-2』の巻頭でエル・エル・ビーンが特集されている。ページ数は15ページ。ビーンブーツをはじめとした数々のワークブーツやモカシンやアウトドアで便利な鞄など。こんなモノをエル・エル・ビーンがつくっていたのかとビックリするものもある。アウトドアライフに必要な道具類は4ページで紹介されているが、その数98点。ページ内に詰め込むように紹介されている。

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広告ページかどうかは私にはわからないが、1号目に昔、麻布にあったスポーツトレインで扱う商品が紹介されている。俳優で自称夕日評論家の由井昌由樹さんが経営していていた店だ。当時国内ではここでしかエル・エル・ビーンの商品は買えなかった。そこで購入した帆布製のダブルリングベルト。いまでも現役で使っている。

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90年代だったと思うが、私もフリーポートにあるエル・エル・ビーンの旗艦店を取材したことがある。取材したのは9月だったが、本社でのインタビューや取材を終え、広報担当の人たちとショップに向かうと、店内は相当な混雑。このショップは観光名所にもなっており、近くの国立公園への旅を兼ねて訪れる人も多い。取材は秋号での展開を予定していたので、映っている人が半袖短パン姿では見映えがよくないと、広報担当と相談して、店内の撮影は人が少なくなる夜に行うことにした。実はエル・エル・ビーンの旗艦店は24時間営業。道具が必要になったハンターなどのアウトドアーズマンが、早朝に店のドアを叩くので、創業者レオン・レオンウッド・ビーンは1951年にドアの鍵を捨てて365日24時間営業にしてしまったのだ。それで撮影を人が少なくなる夜に行うことにしたのだが、夜の方がゆっくりと見られるので地元風でプロっぽい人が多い。店内は釣竿をそのまま触れるほどの広さで、道具も自由に試せる。真夜中に靴の修理を依頼に来る人もいて、多分これがエル・エル・ビーンの旗艦店の本来の姿に違いない。そんな状況の中、我々が深夜過ぎまで撮影を行ったが、それでもカット数にしたら、『Made in U.S.A.-2』には遠く及ばない。これだけのアイテムをどのように取材と撮影したのだろうか。前述の小林さんはエル・エル・ビーンとはいっていなかったが「取材を行った後、アイテムを借りてきてホテルに籠って撮影したことも多かった」と話していた。もしそうだとしたら何日かけて取材を行ったのだろうか? 同じ業界にいれば、この取材の困難さがよくわかる。いずれにしても「この店に並んでいるモノすべてを読者に届けたい」という編集者の熱い想いが強く感じとれる。

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右が『POPEYE物語』(椎根和著 新潮社)で、左が『「ポパイ」の時代』(赤田祐一著 太田出版)。

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ご存知の方も多いかと思うが、この2冊のムック本は雑誌『POPEYE』のもとになったものだ。それは『POPEYE物語』(椎根和著 新潮社)や『「ポパイ」の時代』(赤田祐一著 太田出版)に詳しく書かれている。この本によれば、平凡出版(現・マガジンハウス)で雑誌『平凡パンチ』の編集長を務めていた木滑良久と副編集長を務めていた石川次郎のふたりが読売新聞社から、当時の若者から注目されるスポーツだったスキーのムック本(週刊読売の別冊)の制作を依頼される。『SKI LIFE』というタイトルで2冊発行され、そのムック本も注目を集め売れ行きも順調だったという。その成功もあり、その後読売新聞から“男の一流品”的なムックの制作を依頼され、手がけたのがこの2冊の本だ。だから表紙には「別冊週間読売増刊号」と書かれている。前者の本には「木滑編集長は、この膨大な量の取材をたった3人——編集・石川、ライター・寺崎央、カメラマン・馬場佑介——でやってこいと送り出した。それは千トンのガレキの山を、素手で20m移動させよと命じているに等しい」とまで書かれている。カメラマンの馬場はこの2冊で1万点以上の写真を撮ったと書かれている。

改めて1号目の『Made in U.S.A. catalog』を見てみる。いやぁ、カメラマンを入れてたった3人でこの本をつくったのか。いやぁ、すごい話だ。尊敬してしまう。2号目も翌年制作されているので、同じような陣容だったのではないだろうか。

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2号目で紹介されたエル・エル・ビーンは、当時、正方形のカタログを制作し、全米各地に商品を送り届けていた。この本は同じ時代に製作されたパロディ本の『Itens from our Catalog』。表紙もエル・エル・ビーンのカタログ風だ。

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2冊のムック本を成功させたふたりは、いよいよ平凡出版から雑誌『POPEYE』を76年にスタートさせる。現在でもその人気は確固たるものがあるが、その礎を築いたのは間違いなくこの2冊だ。

原稿を書く途中、自室の書棚にある2冊の本を取り出し、ページをめくる。1号目に掲載された「カルソー アースシューズ」。この間、上野・アメ横のヤヨイに寄った時、佐藤店長が気になっていた靴ではないか。2号目に載っているナチュラルフーズの店「ホールフーズ」は、あの「ホールフーズ・マーケット」の前身ではないだろうかとネットで調べてみると、どうも違うらしいが、同じような品揃えの店が70年代にあったことは確かだ——。読めば読むほど発見がある。この2冊で取材された場所、店、モノを再度訪れてみれば本、あるいは雑誌が何冊も出来てしまうのではないだろうか。

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最後に手元にあるエル・エル・ビーンのグッズを紹介しておこう。原宿にあるショップで見つけたエル・エル・ビーンのトランプ。もちろんユーズド。フリーポートにある旗艦店は現在では巨大なショップに。百貨店のような大きさと膨大な品揃えをもつ。日本には展開されていないものも多いので、出かける価値は大きい。

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先週、地元のセレクト店で見つけたラグマット。エル・エル・ビーン製で、正規輸入品だが、都内のエル・エル・ビーンでは見たことがなかったので思わず購入。昨年も同じ店で、大型のバスタオルを3枚購入したが、重宝している。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。