日本一の「名城」はどれだ? 田村淳のお薦め3選とその知られざる見どころ

  • 文:藤村はるな

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加藤清正が築いた熊本城や池田輝政が大改築した姫路城など、戦国武将と切っても切れない関係にある「城」。日本に数多ある城の中で、全国一の名城はどこなのか? 城好きとして知られる田村淳さんに、お薦めの城3選と、城めぐりがもっと楽しくなる、天守閣だけではない注目すべきポイントについて教えてもらった。

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田村 淳

●1973年、山口県生まれ。バラエティ・経済・情報番組などに出演。SNS、YouTube、オンラインコミュニティなど、デジタルでの活動も展開する。2021年3月慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了。

日本に数多く残る城には、地形や用途に適したさまざまな工夫が盛り込まれており、その見どころは千差万別だ。より深く城を楽しむ方法について、田村さんは次のように語った。

「まず、多くの人は城めぐりといわれた際に、“天守を見に行く”というイメージを抱きがちです。でも、城とは天守だけではなく、堀や石垣などを含めた全体で楽しむものだと僕は思います。敷地に一歩足を踏み入れたその瞬間から、既に城めぐりは始まっているんです。だから、城を訪れる時は天守だけに注目するのではなく、敷地内のさまざまなものに目を向けてほしいですね」

田村さんが挙げるポイントのひとつに石垣がある。

「香川県にある丸亀城なのですが、この城の石垣は一つひとつの石を加工し、隙間なく並べています。こうすることで、見た目も美しくなるし、石垣自体の強度も増す。その一方で、ここまで多くの石を切って加工するにはパワーもコストもかかるので、相当な権力がないとできません。丸亀城にあるような立派な石垣をつくることで、城主が外から来た人に対して『自分はこれだけの石垣を建てられる権力をもっているのだ』と自分の強さを誇示する意図もあったのではないでしょうか」

城めぐりの際は、つい「天守の大きさ」=「城主たちの権力の大きさ」だと捉えがちだが、天守の大きさ以外にも、権力を感じられる箇所が随所に潜んでいるのだ。天守に向かって足が急いでしまうものだが、それはもったいないと田村さんは続ける。

「お城の内部にも城主の工夫がいろいろと残っています。昨今は、より多くの人が観光しやすいようにと、階段を上りやすくしたり、手すりを付けたりなどと新たに城を整備するケースも増えていますが、反対に、当時のかたちを状態よく保っている城もあります。そうした城の内部から当時の様子をうかがい知ることもできます」

現存する最も古い天守をもつ愛知県の犬山城も、歴代の城主たちの城に凝らした工夫が数多く見られる城のひとつだという。

「この城は、階段の勾配が非常に急なのですが、それは万が一、敵が攻めてきた時に天守に上りにくくするためだといわれています。床にも隙間が空いているのですが、これは下の階にいる敵兵の様子を確認する意図があったのではないかと考えられています。こうした当時の城に張り巡らされた工夫を知るのも、面白いですよね」

城の広さや高さのみで城を語るなかれ。それぞれの城に詰め込まれた築城主たちのこだわりを細部からも感じ取ることが、城めぐりの醍醐味なのだ。

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丸亀城について

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江戸時代の城郭石垣の最高技術を駆使している。江戸時代以前に建造された天守が未だに残る「現存12天守」のひとつ。天守は瀬戸内海を航行する船にとって、灯台の役割も果たす。

織田信長や豊臣秀吉の家臣として活躍した後、初代高松藩の藩主となった生駒親正と、その息子の一正によって慶長2年(1597年)から築城が始まった丸亀城。江戸時代に入ってからは幕府の一国一城令により城自体は廃されるも、寛永20年(1643年)には大名の山崎家治が幕府から銀300貫を得て、再築を始める。山崎氏の改易の後は、京極家が城主となり、現在に至る。

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石垣の下の部分から上部に近づくほどに急勾配になる独特の曲線を描いた「扇の勾配」も有名。

4層に重なる石垣は、全体の高さが60mにもおよび、日本一の高さを誇る。加工した石を隙間なく精巧に積む「切り込みハギ」や自然石を組み合わせた「野面積み」、割った石を加工した「打ち込みハギ」、長方形の角石を積んだ「算木積み」など、場所によって異なる技法を駆使してつくられた石垣は見事。個性豊かなそれぞれの石垣を、見比べてみるのも一興だ。

改築者 京極高和(1619〜1662年)

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生駒氏、山崎氏に続き、丸亀城を受け継ぎ、丸亀藩主となったのは京極高和。1660年に現在残っている丸亀城天守を完成させた。

<田村さんのコメント>
見事な石垣を通じて、当時の築城主の権力を感じる

丸亀城の魅力は語り尽くせないのですが、特に見ていただきたいのが、加工した石を隙間なく積み上げてつくった石垣です。僕は普段は「野面積み」のように、あまり削っていない自然な状態の石を組み合わせて積んだような古い石垣のほうが好きなのですが、丸亀城の美しく整った石垣を見た時は圧倒されました。また、ここまでていねいに石を加工して高く積み上げるには、相当な技術もお金も必要だったはず。丸亀城の築城主は、石垣の高さと石の数、その完成度を通じて、外から来た人に自分の権力を知らしめようとしたのだと感じましたね。

丸亀城

香川県丸亀市一番丁
TEL:0877-22-0331
開館:9時~16時30分※入館は閉館の30分前まで 無休
料金:¥200 
www.marugame-castle.jp

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福山城について

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五重天守の他、月見櫓、御湯殿など大規模な建物を有する近世城郭だという点も、福山城の特徴だ。 

福山城は元和8年(1622年)、徳川家康の従兄であり、備前国福山藩初代藩主となった戦国武将・水野勝成によって建てられた。築城以降、西日本の外様大名の力を抑える西国鎮衛の拠点として重要視され、水野氏の後継者が途絶えた後も、親藩である松平氏や譜代大名の阿部氏へと城は引き継がれ、その役目を果たしてきた。

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天守北側壁面に張られた鉄板。130×11.3cmの縦長の鉄板が横に並び、上下は「羽重ね」という手法で重なっている。それらを丸い鋲頭(びょうとう)が付いた鉄釘で打ち留めている。

全国唯一の天守北側鉄板張りをはじめ、京都・伏見城から江戸幕府の2代将軍であった徳川秀忠が移築したとされる伏見櫓、門の上に格子窓を備える筋鉄御門など、特徴も多い。1945年8月の終戦間近に福山大空襲によって一度天守は焼失するが、66年に市民の寄付等によって鉄骨鉄筋コンクリート構造で復興。2022年で築城400年を迎え、8月には再建後初となる大規模リニューアル工事も完成。

築城者 水野勝成(1564〜1651年)

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水野勝成は福山入封後、築城とともに海を埋め立てて城下町の建設、さらには干拓、開墾、治水事業まで取り組み、福山の礎を築いた。

<田村さんのコメント>
全国的にも珍しい、防衛用の黒い鉄板が張られた城

福山城は日本で唯一、壁面に黒い鉄板を張っている城です。当時の城は、堀の外から鉄砲を撃たれても天守に弾が届かないよう距離を取るのが一般的でしたが、福山城の天守北側だけは堀との距離が取れなかったので、壁に鉄板を張って防衛したのだと考えられます。築城した水野勝成は戦では一番槍を打つのが好きで、従兄の家康から「大名なんだから一番槍はもうやめろ」と言われていたものの、大坂の陣ではその言いつけを守らずに一番槍を打ちに行く荒くれ者だったとか。そんな人物ゆえ、こんな個性的な城が生まれたのかもしれません。

福山城

広島県福山市丸之内1-8-3
TEL:084-922-2117
開館:9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで 
休館:月(祝日の場合は営業、翌火曜休)、12/28〜31 
料金:¥500 
https://fukuyamajo.jp

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犬山城について

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犬山城は日本最古の様式の天守をもつ平山城(ひらやまじろ)。亀の甲羅に桃が乗った魔除けや弓なりにせり上がった唐破風(からはふ)など細部もユニーク。

天文6年(1537年)に織田信長の叔父である織田信康が、愛知県犬山市にあった木之下城を移築。木曽川沿いの山の上に築城された犬山城は、背後から攻め入ることが難しいため「後堅固の城」としても知られた。防御のみならず、木曽川を通じた交易や政治、経済の拠点としての機能も果たした。

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敵の侵入を防ぐため急勾配でつくられた階段。2019年の改修では、元の板の上に新たな踏板を設置し、古材を保持。

戦国時代は、信長の家臣である池田恒興や、信長の次男である織田信雄の家臣の中川定成、「小牧・長久手の戦い」で勝利した豊臣秀吉が入城するなど、時代の趨勢を受けて、城主が頻繁に変わった城でもある。また特筆すべきは、元和3年(1617年)に城主となった成瀬正成以来、代々成瀬家が個人所有しており、2004年までは日本唯一の個人所有の城でもあった。現存する中で最古といわれる天守は、国宝にも指定されている。

改築者 成瀬正成(1567〜1625年)

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徳川家康の側近として出世した後、家康の九男・義直に仕え、尾張藩付家老に。その後、将軍・秀忠から犬山城を拝領し、城主となった。

<田村さんのコメント>
防衛の仕掛けを、当時の状態のまま目にできる!

昨今の城は、観光用に整備されているケースも多いです。コンクリート構造の城も、「ここにかつて城があったんだな」と思いを馳せる楽しみがありますが、犬山城のようにあまり手が入っていない城は、敵から城を守るための仕掛けを当時の状態で垣間見られるのが魅力です。それらを目にすると、決して大きな城ではない犬山城が、戦国時代を生き抜いて残っているのは納得です。また、天守からのぞく木曽川と濃尾平野の景色は、実際に城を訪れた人しか見られない絶景です。僕も10回以上は訪れていますが、そのたびに魅力を再確認しています。

犬山城

愛知県犬山市犬山北古券65-2
TET:0568-61-1711
開館:9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
休館:12/29~31
料金:¥550
https://inuyama-castle.jp

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