マンハッタンの街を疾走! メッセンジャーバッグの歴史をひも解く

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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「Vintage Messenger Bag」と呼ばれるモデル。素材に採用されたのは、1000デニールという丈夫なコーデュラ・ナイロン。フラップとボディ両側に付けられた面ファスナーで開閉も容易。内側にファスナー付きのポケットが1個付くシンプルなデザイン。H31×W55×D20cm。¥14,300/マンハッタンポーテージ

「大人の名品図鑑」アウトドアバッグ編 #3

普段づかいや旅行用のバッグとしてアウトドアスポーツに出自を持つもの、あるいはアウトドアバッグで使われる素材やディテールを備えたものを使う人が圧倒的に多い。これらのバッグは機能重視で使いやすく、丈夫で長持ちする。加えて個性やファッション性まで備えたものが多い。今回はそんなアウトドアバッグ、アウトドアテイストでつくられたバッグの名品を集めてみた。

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最初にお断りしておくと、「大人の名品図鑑 アウトドアバッグ編」の第3回で取り上げるメッセンジャーバッグは、もともとアウトドアスポーツ用に考案されたものではない。これは「メッセンジャー」と呼ばれる自転車従事者向けにデザインされたことが名前の由来と言われている。メッセンジャーは自転車に乗っているときには背中にバッグを背負い、自転車から降りて書類などの荷物を取り出すときには背中から胸元までくるりとバッグを移動させ、迅速に荷物を届けなければならない職業。荷物の出し入れがしやすいようにバッグの中身は仕切りなどがなく、大きな取り出し口を備えたデザインはそのためだ。

それならば、一般的なショルダーバッグでも事足りるのではないかと思われる方もいるかもしれないが、メッセンジャーたちは、ロードバイクやクロスバイクに前傾姿勢で乗っている。配達の途中でバッグが背後からずり落ちて身体の前に来てしまうと、仕事の邪魔になる上に危険だ。それで、斜め掛けのベルトを調節して身体に密着させるように使う。ベルトそのものも滑りにくい素材で、長さが素早く調節できるものが選ばれている。雨の中を走ることを想定して本体などには防水性や耐久性を備えた素材、例えばコーデュラ・ナイロンやキャンバスといったアウトドアバッグに使われる素材が採用されることが多い。メッセンジャーバッグは、街というフィールドで活動するプロたちのために考案されたバッグなので、今回はアウトドアバッグと一緒に取り上げることにした。

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メッセンジャーバッグの起源とは?

ではいつ頃からメッセンジャーバッグはつくられるようになったのだろう。メッセンジャーバッグの成り立ちや歴史的なアイテムを詳しくまとめた「messengerbag.jp」というサイトがある。そのサイトの解説によれば、1860年代にアメリカで生まれたPONY EXPRESS(ミズーリ州からカルフォルニアまでの郵便配達サービス)や、イギリスの郵便事業であるROYAL MAILなどに携わった人たちが使っていた袋がメッセンジャーバッグの起源とある。現在のような形になったのは1950年代。ニューヨークにあったグローブキャンバス社のフランク・デ・マルティーニという人物が、電話架線工事をする人のために生産したバッグがこの種の元祖らしい。それは架線工事を行う人たちが、電柱に登って仕事をするときに工具などを容易に入れて運べるデザインだった。

70年代に入ってニューヨークに複数あったメッセンジャー会社が、各々の会社が判別できるようにグローブキャンバス社から異なる色のバッグを購入してメッセンジャーたちに持たせたことで、同種の職業の人が一般的に使うバッグとなった。80年代に入ると、マンハッタンの交通渋滞を縫うように駆け回るメッセンジャーはこの街の風物詩にひとつとなり、メッセンジャーという職業も、彼らが使うバッグも全米に拡大する。メッセンジャーバッグの金具(業界の人はガチャバックルと言う)に無骨なメタル製のものが使われることが多いが、これは電気工事等をする人のための道具として考案されたこのバッグの出自を物語るものだろう。

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マンハッタンポーテージの超定番バッグ

今回紹介するメッセンジャーバッグはニューヨークで1983年に誕生したバッグブランド、マンハッタンポーテージ(Manhattan Portage)の製品。ニューヨーク摩天楼のスカイラインをグラフィックに表現した赤のブランドロゴに象徴されるように、マンハッタンポーテージはブランド設立から現在に至るまで、ルーツであるニューヨークスタイルを踏襲するバッグ(プロダクト)を生み出してきた。もちろんメッセンジャーバッグはその基本となるものだ。当初デ・マルティーニがデザインしたバッグは素材に帆布を用いていたが、メッセンジャーバッグにコーデュラ・ナイロンという素材を初めて採用したのはこのマンハッタンポーテージと言われている。

「Vintage Messenger Bag」と名付けられたモデルは、メッセンジャーバッグが生まれたころを感じさせるシンプルさが際立つモデル。素材はこのブランドが初めて採用した屈強なコーデュラ・ナイロンで、間口の広い開閉口を備える。開閉は強力な面ファスナーを使い、開閉が容易にできる。もちろんショルダーは長さ調節が可能で、頑丈なメタルバックルが使われている。プロのメッセンジャーがすぐに使えるような実用性を備えたモデルで、シンプルにしてモダンなデザインは普段づかいにも最適だ。

マンハッタンポーテージが生まれた大都会ニューヨークを舞台に、メッセンジャーたちが大活躍する映画がある。『プレミアム・ラッシュ』(12年)だ。『ジュラシック・パーク』(93年)や『ミッション・インポッシブル』(96年)など、数々のヒット作の脚本、『シークレット ウィンドウ』(04年)では監督と脚本を手掛けたデヴィッド・コープが監督を務めた作品。主人公ワイリーには『シカゴ7裁判』(20年)、『スノーデン』(16年)などで知られるジョセフ・ゴードン=レヴィット。

ワイリーは名門大学を卒業するが、メッセンジャーを職業にした青年。持ち前の自転車テクニックでマンハッタンを激走し、素早く確実に荷物を届け、仲間たちからも信頼を得ている。そんな彼がある日、中国人女性から一通の封筒を受け取る。その直後から悪徳刑事マンデー(マイケル・シャノン)から封筒を渡すように迫られ、ついには仲間たちの命まで狙われるようになる……。撮影はニューヨークで行われたらしいが、マンハッタンでクルマの間を縫うように走るメッセンジャーの動きにハラハラさせられる。日本では劇場公開は行われず、当初はビデオでのスタートとなった。もちろんワイリーはずっとメッセンジャーバッグを抱えているが、どうもこの映画のためにデザインされたものらしい。メッセンジャーという職業、彼らプロたちがこのバッグを使う様子がわかる作品だ。

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ブランドが誕生したマンハッタンのスカイラインが描かれたブランドマーク。黒のナイロンに赤のタグが映える。ニューヨークだけでなく、日本でも人気のブランドだ。

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メッセンジャーたちは一日何百回もストラップを調節する。そのためバックルは頑丈な素材、このモデルではメタル製のものが選ばれている。

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バッグの内側には「コーデュラ・ナイロン」のタグが縫い付けられている。メッセンジャーバッグにこの素材を使ったのは、マンハッタンポーテージが最初だと言われる。

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マンハッタンポーテージでは、さまざまな大きさ、デザインのメッセンジャーバッグが用意されている。右は日本人の体型に合わせて開発されたモデルで、左はメッセンジャーバッグの中では最も小さいサイズ。右:「Casual Messenger Bag JR」。H21×W34×D14cm。¥9,680 左:「Casual Messenger Bag」。H18×W29×D11cm。¥7,920/ともにマンハッタンポーテージ

問い合わせ先/マンハッタンポーテージショールーム TEL:03-3746-0528

https://www.manhattanportage.co.jp/

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