「大人の名品図鑑」ニット編 #5
ニットウェアは秋冬のスタイリングに彩りを与えてくれるアイテムだ。長く着用でき、着れば着るほど愛着が増すのが、ニットウェアの大きな魅力だろう。モノを大事にしようとするエコな時代、今後はニットウェアがさらに注目されることは必至だ。一度手に取ったら最後、虜になってしまうような世界のニット名品を集めてみた。
いま女性からいちばん注目されているトラッド的なニットウェアが、チルデンセーターではないだろうか。深めのVネックのラインに沿って、ネイビーやバーガンディーなどの鮮やかなストライプが入ったセーター。裾や袖にも同じカラーリングのストライプが入ることがほとんど。袖が付いたオーソドックスなプルオーバータイプから、袖なしのベストタイプ、前身頃にボタンが並んだカーディガンタイプまで、電車に乗れば必ず目にするほどポピュラーなアイテムになっている。
先月、ファッション系の某PR会社のスタッフと話す機会があったが、女性ファッション誌のスタイリストから「チルデンセーターであればメンズでもいいので貸して欲しい」と言われることが多いと聞いた。このセーターを少し大きめで着る女性が最近は多いので、メンズサイズでもバランスはちょうどいいのだろう。
ネットでこのアイテムを検索すると、「チルデンセーター」、あるいは「クリケットセーター」と書かれていることが多い。果たして、どちらが正しいのだろうか。
『MEN’S CLUB BOOKS⑨ニット・ウェア』(婦人画報社)をチェックしてみた。まずは「クリケットセーター」から。「縄編とクラブ・カラーによるストライプ(ネックと袖、裾に施される)を特徴にした、白ないしオフ・ホワイトのVネック・プルオーバーのこと。同種のものにテニス用のチルデン・セーターがあるが、総じて丈が長い。登場は一八九〇年」と書かれている。では次に「チルデンセーター」の項目をみてみよう。
「テニス・セーターの典型。ライン入り、縄編を特徴にした、白ないし、オフ・ホワイトのVネック・プルオーバーを指す。チルデン・セーターは和製英語。アメリカではクラシック・テニス・セーターといい、登場は二六年頃とされている」とある。つまり両者のデザインはほぼ同じで、「クリケットセーター」は着丈がやや長めだったことが伺える。
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コリン・ファースも映画で着たクリケットセーター
ちなみにクリケットは野球の原型になったと言われるスポーツで、その歴史は13世紀ごろまで遡ると言われている。イギリスを含めた英連邦の各国では、現在でもさかんに競技が行われている。欧米での1920〜30年代におけるスポーツスタイルの写真を集めた『CLASSIC FASHION OF SPORTS』(P・I・BOOKS)という本を見ると、この時代、テニスでもクリケットでも、あるいはポロでも同じようなセーターを着用している。クリケットで着用しているセーターの中にやや長めのものも選んでいる人もいる程度のことで、必ずしもすべてが長いというわけではないようだ。しかしほとんどの人がオフホワイトのモデルを着ているので、この色がオリジナルと見て間違いないだろう。
ちなみに「チルデンセーター」のチルデンとは1920年代に活躍したアメリカの有名なテニス選手、ビル・チルデンが由来と思われる。彼の写真を見ると、確かにVネックのこのセーターを着用しているものが多い。さらにアメリカのトラッドブランドのサイトをいくつかチェックすると、このタイプのセーターのことを「Tennis Sweater」と呼んでいる。『MEN’S CLUB BOOKS』で書かれているように「チルデンセーター」は日本で名付けられた和製英語のようだ。
このセーターが登場する名画がある。アカデミー作品賞も受賞した『炎のランナー』(81年)だ。1924年、パリで開かれたオリンピックを題材にした映画で、スポーツから普段の着こなしまで英国流のスタイルが満喫できる。この作品の中でケンブリッジ大学の学生でオリンピックにも出場するランナー、リンゼイ卿(ナイジェル・ヘイヴァース)のセーター姿が実に上品で洒落ていた。
一方、1930年代のパブリックスクールを舞台にした映画『アナザー・カントリー』(84年)にもこのセーターを着こなす学生たちがたくさん登場する。この映画はいまや有名俳優となったコリン・ファースのデビュー作としても知られるが、個人的には気ままで自由な学生ガイ・ベネットを演じたルパート・エヴァレットのスタイルの方が記憶に残っている。学生らしくわざと気崩したのかもしれないが、彼の着こなしはイギリスらしいパンクな精神に溢れ、いま再現しても洒落ている。
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英国政府の厳しい基準をクリアした名品
今回紹介するのはイギリスのジェームス シャルロットで製作された「クリケットセーター」だ。イギリス北東部に位置する海沿いの町、グリムズビーの本拠地を構えるニット専業ブランドで、スタートは1976年。熟練の職人たちによる「ハンドフレーム」、日本では「手横」と呼ばれる手作業で機械を動かす方式で製品を編んでいる希少なファクトリーで、地元グリムスビーの漁船の魚網修理のために、150年前に建てられた工場で生産されていると聞く。
素材に使われるのは英国政府が設定した英国羊毛公社(B.W.M.B)の厳しい基準をクリアしたもので、しかも厳格な採用基準をもつことで知られているクリケットのオフィシャル・ユニフォームの生産も手がけていると聞く。つまりイギリスではスポーツで使われる本物のクリケットセーターをベースにしている。
紹介するモデルはまさに、「クリケットセーター」のお手本ともいうべきデザイン。深めのVネックで、首元や袖、裾にオーソドックスな配色のストライプが入る。素材に保温性が高く、ヘビーデューティーなブリティッシュウール100%を使い、身頃や袖をケーブル編みで仕上げている。手仕事でしか表すことのできないふんわりとした柔らかな風合いに、クオリティの高さや本物の佇まいが感じ取れる。一枚でトラッド&スポーツの印象を演出することができる名セーターだ。
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