かつてアイビーリーガーたちが愛したJ.プレスの名品、シャギードッグセーター

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

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シャーベットカラーのような優しい色合いを備えた「シャギードッグセーター」。素材はウール100%のシェットランド。素材の調達から生産まですべてスコットランドで行われている。サイズはS〜XLまで展開し、優しいカラーからか、女性にも人気だという。各¥27,500/J.プレス オリジナルズ

「大人の名品図鑑」ニット編 #4

ニットウェアは秋冬のスタイリングに彩りを与えてくれるアイテムだ。長く着用でき、着れば着るほど愛着が増すのが、ニットウェアの大きな魅力だろう。モノを大事にしようとするエコな時代、今後はニットウェアがさらに注目されることは必至だ。一度手に取ったら最後、虜になってしまうような世界のニット名品を集めてみた。

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イエールのJ.プレスを着た男どもには気をつけろよ———アメリカを代表する作家で、『華麗なるギャツビー』『楽園のこちら側』などの名作を著したスコット・フィッツジェラルドは名門校に入学した一人娘に宛てた手紙にこう書いた。

J.プレスがアメリカ東部のコネチカット州ニューヘブンにあるイエール大学の門前に最初の店を開いたのが1902年。今からちょうど120年前のことだ。ブランド名の由来にもなっているジャコビー・プレスが創業、J.プレスが創業時からこだわったのは「着る人にとって快適な服」。人間の体型に素直で、誰もが着こなせるスタイルやシルエットを確立し、学生たちに欠かせないブランド、ショップとなった。冒頭の言葉を書いたフィッツジェラルドは服好きで知られるが、そんな彼の眼にも、J.プレスのスタイルは女性をも虜にするほど魅力的に映ったのだろう。

また2代目のアービン・プレスが掲げたコンセプトが「見る人に人格を表す服」だ。控えめでありながら品格を備えたJ.プレスの服はアイビーリーガーからエグゼクティブたちまで愛用されるようになり、ついにはアメリカ大統領まで着用するようになった。ジョージ・ブッシュ大統領が就任式で記者からスーツのブランドを尋ねられ、「これはJ.プレス」と答えた有名な話まである。フォード大統領やクリントン大統領もJ.プレスの顧客だった。ファッションデザイナーにしてメンズファッションに関する多くの書籍を書いたアラン・フラッサーは、「J.プレスが、大学生たちの服というイメージからめったに離れない。むろん、そんな必要はないのだ。客の大部分は学生時代からこの店で買い物を始め、卒業してからもずっとここで買い続けるからである。この男たちはJ.プレスの商品なら質がよいことを知っている」(『男の服装学』平凡社)と書く。

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1950年代から販売される「シャギードッグセーター」

そんなアメリカントラディショナルの歴史を刻んできた、J.プレス オリジナルズというブランドで展開するセーターの名品がある。「シャギードッグセーター」と名付けられたシェットランドセーター。シェットランドセーターとは、イギリスの北方スコットランドの、そのまた北に位置するシェットランド諸島の羊毛から生まれたセーターのことだ。もともとは島民たちが500年以上前から防寒着として編んでいたセーター。いまでこそメリノやラムズウールといった薄手のものがセーターの主流になっているが、かつてはファッション、特に秋冬のトラッドスタイルには欠かせない定番的なセーターだった。

映画『ある愛の詩』(70年)ではハーバード大学出身の主人公を演じたライアン・オニールが何色ものシェットランドセーターを着替えるように着用。名優ロバート・レッドフォードが監督を務めた『普通の人々』(80年)では、ティモシー・ハットン扮する高校生コンラッドは前身頃がケーブル編みになったシェットランドセーターを着ている。

「シャギードッグセーター」は、そんな伝統があるシェットランドセーターにJ.プレス独自のアレンジを施したものだ。保温性をより高めるための表面の起毛加工に、主にカシミヤセーターなどの製作に用いられるチゼル(アザミ)の実を使って毛羽立たせ、優しい風合いに仕上げた。その仕上げの表情を見た前述の2代目アービン・プレスは、自分が飼っていたむく毛の犬の毛に似ていることから「シャギードッグ」と名付けたという。同ブランドでアーカイブしているカタログをチェックすると、判明している限りでは1950年代からこの名前で販売されている。そのネーミングの妙と、ほかのセーターにはない柔らかで軽やかな着心地で「シャギードッグセーター」は大ヒット。J.プレスの代名詞的な存在になった。

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すべてスコットランドで調達・生産

実はその伝統のセーターが、当時と変わらないまま手に入れることができる。天然のチゼルを使った起毛加工はもちろんのこと、脇や袖までつなぎ目なく筒状に編み上げる「シームレスニットマシン」により、軽くて動きやすくストレスを感じない着心地が楽しめる。素材に使われているシェットランドウールは、「ピートウォーター(軟水)」を使って洗浄し、吹上式のアイロンを使って仕上げすることで、柔らかさと空気感さえ漂う編み地に仕上がっている。もちろん原料の調達から生産に至るまで、すべてシェットランドセーターの故郷スコットランドで行われている。

デザインは「サドルショルダー」で、脇から裾にかけてやや丸みを帯びたシルエットに。裾のリブ編みを少し狭めに変更して、腰の下でほどよくホールドされ、セーターがそこで溜まるようにデザインされたと聞く。J.PRESS & SON’S AOYAMAのスタッフで、同店のバイヤーも務める黒野智也は、「起毛する回数も特別にお願いして多目にかけふわっとするような仕上げに。サイズ自体もスウェットシャツ感覚で着用できるように少し大きめのサイジングにしています」と語る。

昔ならばシャツに重ねてこのセーターを着たものだが、今回の「シャギードッグセーター」はTシャツなどの上に羽織るように着こなすこともできるだろう。昔からJ.プレスを愛用するトラッドマンだけでなく、スポーツウェアやアウトドアスタイルに馴染んだ若い人たちからも支持されるのではないだろうか。しかし「伝統と革新」もJ.プレスがまた目指すもの。名品にリスペクトを払いながら、時代にマッチするようにアップデートしていくと伝統の「シェットランドセーター」も新しさも漂うアイテムへと変貌していく。このセーターはその見本のような例で、タイムレスでエイジレスなトラッドアイテムの大いなる魅力を物語っているようだ。

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このセーターのために、特別にデザインされたクラシックなデザインの織りネーム。サイズもビッグ。「MADE IN SCOTLAND」と、このセーターが生まれた場所が明記されている。

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チゼル(アザミ)の実を使って、手作業で表面に独特の起毛を施すのが「シャギードッグセーター」の特徴だ。

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無地の「シャギードッグセーター」は全5色の展開だ。ここではアイボリー、ネイビー、レッドといったオーソドックスなカラーリングのものを集めてみた。各¥27,500/J.プレス オリジナルズ

問い合わせ先/J.PRESS & SON’S AOYAMA TEL:03-6805-0315

https://jpress-and-sons.com

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