日本の現代アートシーンの今を知る。『六本木クロッシング2022展:往来オーライ』がスタート

  • 写真・文:中島良平

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SIDE CORE/EVERYDAY HOLIDAY SQUAD『rode work ver. tokyo』2018/2022年 オリンピックに向けての再開発で工事が続く2018年の東京の街をスケートボードで滑走する様子を撮影した映像と、福島県から発信される時計の標準電波によって東日本一帯で同期されている工事現場のライトの点滅から、被災地と東京を結びつけた作品。

森美術館で3年に1度、日本の現代アートシーンを総覧する目的で開催されてきたシリーズ展『六本木クロッシング』。1940年代〜1990年代生まれのアーティスト22組が参加する『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』が始まった。企画に携わったのは、天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーター)、レーナ・フリッチュ(オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館 近現代美術キュレーター)、橋本梓(国立国際美術館主任研究員)、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)の4名。コロナ禍を起点とする議論から、3つのトピックスがクロスするようなかたちで展覧会を構成する。

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展示風景より。会場に入って最初の展示室の右手には、O JUNによる複数の絵画作品が、左手には、青木千絵が人体の豊かな表情を表現した漆の立体作品のシリーズが並ぶ。

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「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」

行動規制に始まり、仕事の仕方や余暇の過ごし方にも変化が生まれたコロナ禍。展覧会の最初のトピックでは、身近なものへの新たな視点に言及する。多くの飲食店が閉店に追い込まれたり、デリバリーなどに営業形態の変更を余儀なくされたり、大きな影響を受けた業界のひとつが飲食業界だ。日本の文化や習慣を再解釈し、テクノロジーによって新たなかたちで表出させるメディアアーティストの市原えつこは、「未来の寿司の消費への懸念」から作品を手掛けた。

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市原えつこ『未来SUSHI』2022年 回転寿司を模したベルトコンベアのカウンター内からは、ディストピア感漂うシュールな寿司ネタについて人型ロボット「Pepper大将」が紹介してくれる。奥のモニターには、クローン魚肉に言及する取材映像も流されている。

自然界の多様な生命の生態を観察し、ミノムシやヤドカリなど自然界の生きものとともに作品を制作するAKI INOMATAが、今回「協働」のパートナーに選んだのはビーバー。『彫刻のつくりかた』と題したインスタレーションを構成するのは、抽象彫刻を思わせる木のオブジェの数々だ。国内5つの動物園にいるビーバーに木片を渡し、噛んだり齧ったりしてもらって生まれたかたちを回収したINOMATAは、彫刻家にその木片を渡し、3倍のサイズで複製してもらった。また同時に、コンピュータで形状を読み取り、自動切削機(CNC)による複製も実施した

アイデアとディレクションはINOMATA。原型を制作したのはビーバー。その原型とともに展示されているオブジェを制作したのは、彫刻家と自動切削機。一見するとユーモラスな展示には複数の制作者が緩やかに共存し、創作行為の主体やオリジナリティという概念などの複雑な問題を、さらには自然界と人間との関係、かたちに込められた想いや造形行為の本質についてまで考えさせる。

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AKI INOMATA『彫刻のつくりかた』2018年〜 彫刻家によるノミ痕からは「意図がうかがえない形を模刻」した戸惑いのようなものが、自動切削機で同じ形を再現したものからは、彫刻の精神性の欠落が感じられたと作家が述べている。

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玉山拓郎『Something Black』2022年 Courtesy: ANOMALY(東京) 無機質なオブジェが連なる空間は、窓の外に広がる都市像とシンクロすると同時に、実際にはベッドなどの家具の形状を採用しているというように、狭い屋内にカオスが展開する様子も想起させる。既視感と違和感を混在させたインスタレーションだ。
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やんツー『永続的な一過性』2022年 ロボットによって「効率的に」荷物の選別と搬送が行われる物流倉庫と、人の手で「非効率的に」展示作業が行われる美術館。画面中央の自律搬送ロボットが、あらゆるものを区別することなく展示の入れ替えを続ける様子からは、美術業界の人間中心主義へのアイロニーとそこからの脱却の可能性を示唆する。

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「さまざまな隣人と共に生きる」

コロナ禍でリモート勤務が普及し、ワーケーションや他拠点生活を実践する人が増えている。また、環境や社会への意識に変化が生まれ、SDGsの意識が高まると同時に「ダイバーシティ」「LGBTQ+」といった語も広く認知されるようになった。会場入口から最初の部屋に展示された絵画作品を手がけたO JUNは、身の回りで起きた出来事や目にした社会的な事件を絵で受け止めてきた作家だ。肖像画には多様な隣人の姿が登場し、街の景色を描いた風景画は隣人たちの暮らしのあり方を想像させる。

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展示風景より、折元立身の作品。認知症になった母親をケアしながら、その母を「アート・ママ」の名で制作のパートナーとしてきた折元。彼女が他界したのちは、各地のおばあさんに敬意を込めて食事を振る舞う「おばあさんのランチ」を続け、その存在に光を当ててきた。パフォーマンス映像は時間をかけてじっくり鑑賞したい。
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金川晋吾『長い間』2010〜2020年 2010年にしばらく行方をくらませては舞い戻る父親を撮影したポートレートシリーズ「father」の展示で第12回三木淳賞を受賞した金川晋吾。伯母を被写体とする本展出品作は、また少し異なるアプローチでポートレートに取り組んだ作品だ。

金川晋吾が出品した『長い間』は、父親の姉で伯母にあたる人物を撮影したポートレート作品だ。長年にわたって行方がつかめなかった伯母が、2010年に大阪の病院にいることが明らかになったことをきっかけに撮影を開始。行方がわからず関係が絶たれていた時期があり、2010年以降、撮影を開始したものの共有する情報量が多くはなさそうなことが写真から伝わってくる。撮影者と被写体との関係性を写真というメディアを通して提示し、「隣人」との関係、共生を想起させる作品だ。

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横山奈美「Shape of Your Words」シリーズ 2022年 家族や友人などの身近な人物に「LOVE」の語を手書きしてもらい、それを元にネオンサインを発注。実際に点灯させたネオンを写実的に描いた。作品は作家と家族や友人との関係に裏打ちされており、また、ネオンの構造体やコンセントなどまで隈なく描かれていることから、写実絵画の描かれざる裏側までを意識させる。

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「日本の中の多文化性に光をあてる」

政治的に単一民族国家だとされることが多い日本だが、実際には、北海道のアイヌや沖縄の人々はそれぞれに独自の文化をもっており、また、中国や朝鮮半島などをはじめ国外にルーツにもつ人たちも多く暮らしている。大阪で生まれ、現在はオーストラリアを拠点に制作を続ける呉夏枝(オ・ハヂ)は、自ら糸を染めて布を織り、編み、ほどき、縫い、刺繍をするなどの行為を通じて記憶や物語を作品に描く。出品作『海鳥たちの庭』は、2017年から取り組む「grand-mother island project」の第4章にあたる。「海路をつうじてつながる個人の歴史/物語を、それぞれの人が、それぞれの記憶にもとづいて想像するための仮想の島」についての大型連作は、アジア太平洋地域における人々の、とりわけ女性たちの往来に着目して制作が続けられている。国境を超えて往来するもののメタファーとして、テキスタイルを紡ぎ海鳥を描いた。

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呉夏枝『海鳥たちの庭』2022年 作家が2014年より暮らすオーストラリアには、帝国主義と近代化の流れで日本占領下から逃れようと、台湾系、コリア系の移民もたどり着いた。2017年から続ける「grand-mother island project」からは、オーストラリアにいることで芽生えた視点も読み取ることができる。

ハワイ生まれで沖縄県系2世の父と、サイパンから南西約5kmの場所に位置するテニアン島出身の母をもつ伊波リンダ。沖縄で生まれ、英語、ハワイ語、日本語、ウチナーグチ(沖縄語)の4言語を使い分ける家庭で育った彼女は、沖縄からさまざまなモチーフを作品に取り入れた。作品タイトルにある「Searchlight」は、軍事用サーチライトを、全戦没者之霊の標柱に見立てて天空に照射する「平和の光の柱」から取られた。軍事使用していたサーチライトの光を平和の象徴と見立てるこのモチーフのほかにも、米軍のオスプレイやキリスト教牧師で沖縄戦孤児の語り部でもある石原絹子氏などを被写体とし、多様な視点と歴史背景が交錯する沖縄の現実を浮かび上がらせる。

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伊波リンダ「Searchlight」2019-2022年 沖縄をめぐる写真はこれまで、当事者の眼差しによるものか外部の眼差しによるものか、議論の対象となってきた。その二項対立に簡単に収束されない伊波の作品は、沖縄の複雑な現実を鑑賞者に突きつけてくる。

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展示風景より、石垣克子の作品。2008年以来、那覇市内からコザに通い続ける石垣は、基地のフェンス沿いを往復しながらその風景が変わり続けていることに気づいた。返還された一部の土地が商業施設になったり、湾が埋め立てられたり。石垣は淡々と、誇張することも編集することもなく街を描写した。

実際の展示は、3つのテーマをはっきりと区分して展示しているわけでなく、作品によって3つのテーマすべてに関わるものもあるくらいだ。しかしそれによって、コロナ禍であり、またダイバーシティやサステナビリティへの意識が高まる現在を色濃く反映した展覧会になっている。日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会は、2022年現在の社会の様子、関心事を明確に浮かび上がらせている。

六本木クロッシング2022展:往来オーライ!

開催期間:2022年12月1日(木)〜2023年3月26日(日)
開催場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1六本木ヒルズ森タワー53階
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜22時
※火曜日のみ17時まで。ただし、1月3日、3月21日は22時まで
※入館は閉館の30分前まで
会期中無休
入館料:平日一般 当日窓口¥1,800、オンライン¥1,600
    土・日・祝日一般 当日窓口¥2,000、オンライン¥1,800
※事前予約制を導入、専用オンラインサイトから日時指定券の購入可能
※当日、日時指定枠に空きがある場合は事前予約なしで入館可能
https://www.mori.art.museum/

【写真】六本木クロッシング2022展:往来オーライ!

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展示風景より。会場に入って最初の展示室の右手には、O JUNによる複数の絵画作品が、左手には、青木千絵が自身の身体の一部を象った漆の立体作品のシリーズが並ぶ。

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市原えつこ『未来SUSHI』2022年 回転寿司を模したベルトコンベアのカウンター内からは、食品サンプルを駆使した寿司を人型ロボットが提供してくれる。奥のモニターには、クローン魚肉に言及する取材映像も流されている。

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AKI INOMATA『彫刻のつくりかた』2018年〜 彫刻家によるノミ痕からは「意図がうかがえない形を模刻」した戸惑いのようなものが、自動切削機で同じ形を再現したものからは、彫刻の精神性の欠落が感じられたと作家が述べている。

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玉山拓郎『Something Black』2022年 無機質なオブジェが連なる空間は、窓の外に広がる都市像とシンクロすると同時に、実際にはベッドなどの家具の形状を採用しているというように、狭い屋内にカオスが展開する様子も想起させる。既視感と違和感を混在させたインスタレーションだ。
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yang02(やんツー)『永続的な一過性』2022年 ロボットによって「効率的に」荷物の選別と搬送が行われる物流倉庫と、人の手で「非効率的に」展示作業が行われる美術館。画面中央の自律搬送ロボットが、あらゆるものを区別することなく展示の入れ替えを続ける様子からは、美術業界の人間中心主義へのアイロニーとそこからの脱却の可能性を示唆する。

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展示風景より、折元立身の作品。認知症になった母親をケアしながら、その母を「アート・ママ」の名で制作のパートナーとしてきた折元。他界したのちは、各地のおばあさんに敬意を込めて食事を振る舞う「おばあさんのランチ」を続け、その存在に光を当ててきた。パフォーマンス映像は時間をかけてじっくり鑑賞したい。
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金川晋吾『長い間』2010〜2020年 2010年にしばらく行方をくらませては舞い戻る父親を撮影したポートレートシリーズ「father」の展示で第12回三木淳賞を受賞した金川晋吾。伯母を被写体とする本展出品作は、また少し異なるアプローチでポートレートに取り組んだ作品だ。

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展示風景より、横山奈美の作品。家族や友人などの身近な人物に「LOVE」の語を手書きしてもらい、それを元にネオンサインを発注。実際に点灯させたネオンを写実的に描いた。作品は作家と家族や友人との関係に裏打ちされており、また、ネオンの構造体やコンセントなどまで隈なく描かれており、写実絵画の描かれざる裏側までを意識させる。

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呉夏枝『海鳥たちの庭』2022年 作家が2014年より暮らすオーストラリアには、帝国主義と近代化の流れで日本占領下から逃れようと、台湾系、コリア系の移民もたどり着いた。2017年から続ける「grand-mother island project」からは、オーストラリアにいることで芽生えた視点も読み取ることができる。

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展示風景より、伊波リンダの作品。沖縄をめぐる写真はこれまで、当事者の眼差しによるものか外部の眼差しによるものか、議論の対象となってきた。その二項対立に簡単に収束されない伊波の作品は、沖縄の複雑な現実を鑑賞者に突きつけてくる。

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展示風景より、石垣克子の作品。2008年以来、那覇市内からコザに通い続ける石垣は、基地のフェンス沿いを往復しながらその風景が変わり続けていることに気づいた。返還された一部の土地が商業施設になったり、湾が埋め立てられたり。石垣は淡々と、誇張することも編集することもなく街を描写した。