ニットウェアの起源はどこにあるのか? 海洋国デンマークのセーラーセーター

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

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古い海軍のセーターから着想を得た「Navy Crewneck」というモデル。長い年月着用できる頑丈さと、必要最小限のシンプルさがこのセーターの大きな特徴。素材は同ブランドのために特別に紡績されたイタリア製エクストラスパンメリノウール。「フルファッション」というテクニックで編まれており、ネックラインの美しさが際立つ。¥49,500/アンデルセン-アンデルセン

「大人の名品図鑑」ニット編 #2

ニットウェアは秋冬のスタイリングに彩りを与えてくれるアイテムだ。長く着用でき、着れば着るほど愛着が増すのが、このニットウェアの大きな魅力だろう。モノを大事にしようとするエコな時代、今後はニットウェアがさらに注目されることは必至だ。一度手に取ったら最後、虜になってしまうような世界のニット名品を集めてみた。

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今回の名品図鑑で2番目に紹介するのが、デンマーク生まれのニットブランドであるアンデルセン-アンデルセン。創業2009年と、ブランドとしての歴史は長くはないが、確かなモノづくりで日本でも評判が高い専業のニットブランドだ。創業したのはアートディレクターをしていたピーター・ケア・アンデルセンと、プロダクトデザイナーをしていた彼の妻、キャサリン・ラングレン・アンデルセンの2人。もちろんブランド名は夫妻の名前に由来する。今回紹介する「セーラーセーター」は同ブランドを象徴するモデルで、それは2人が見付けたデンマークの古い海軍向けのセーターから着想を得たものだと聞く。

そもそもアンデルセン-アンデルセンが生まれたデンマークは北欧の海に囲まれた海洋国家。漁業が盛んで、漁師たちは深夜に出航し、過酷な海上に身を置くことが多く、身体を暖かく保ち、動きやすさも兼ね備えたニットウェアの生産が昔からデンマークでも行われていたという。しかし後継者不足等の問題で産業そのものが衰退していった。デンマークの伝統文化を後世に遺したいと考えていたアンデルセン夫妻は自国のニット文化を継承していきたいと考え、立ち上げたブランドがアンデルセン-アンデルセンというわけだ。そしてデンマークの人たちが古くから大切な“道具”として愛用してきたセーターをベースにして、「世界で最高のセーラーセーター」をつくることをコンセプトにニットウェアづくりをスタートさせた。

ニットの起源はイギリスか、それともデンマークか

夫妻はデンマークには古くからニットを編む伝統があったと言うが、ではニットウェアの起源はどこにあるのだろうか。北欧に近いイギリスにはニットウェアの産地が多い。イギリスが起源なのだろうか。

『MEN’S CLUB BOOKS9 ニット・ウェア』(婦人画報社)を見ると、そもそもニットウェアの起源は衣服としてではなく靴下で、7世紀ごろとある。「古代エジプトではコプト時代の遺品として平編の短靴下が発見されている」とあり、その技法がイタリア、スペインを経てイギリスを始めとするヨーロッパ諸国に伝わったとも書かれている。では衣料にまでなったのはいつごろからだろうか。同書には「十七世紀、征服王ウィリアム1世の時代、すでに手編み毛糸の衣服が一般化していた」とある。ではイギリスが発祥なのか? 

それに対して、北欧のバイキングがニットの生みの親という説を唱えるのがVANの創世記を支え、現在ファッション評論家として活躍するくろすとしゆきだ。1980年に発行された『CrossEye』(婦人画報社)で、くろすは「バイキングなしに今日のニット・ウエアは存在しなかった」と書く。日本大百科全書によれば「バイキングとは8世紀末より11世紀にかけて海上からヨーロッパ各地に侵入した北ゲルマン人(ノルマン人)の別称。デンマーク系、ノルウェー系、スウェーデン系に大別される」とある。彼らは獰猛な海賊行為だけでなく、文化の紹介者で、羊を飼うことを各地に伝えたとくろすはこの本で書く。その説を簡単に紹介しておこう。

バイキングたちは自分たちの船に羊を乗せて海外遠征に出発した。なぜなら羊の肉は胃袋を満たす食料となり、毛皮は身を纏う衣料となって北海の海風から守ってくれるからだ。やがて毛皮以外にも羊の毛が役に立つことを発見する。毛を刈り上げ、紡ぐことで毛糸ができる。その毛糸を編めば布のようになることを彼らは知り、毛皮とは違った衣料となった。ノルウェーのオスロまで赴いて自説を調べたくろすは「バイキングが遠征、植民地化を図った地域には彼らの子孫と共に羊を飼育するノウハウとニッティングのノウハウも定着した」と書いている。とても納得がいく話ではないだろうか。ということは北欧のデンマークにはニットウェアを編む伝統があったことになり、今回紹介するセーターをデザインしたアンデルセン夫妻にも、羊を大事にしてそのすべてを活用した祖先の遺伝子が備わっているかもしれない。

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「世界最高のセーラーセーター」を目指して

アンデルセン-アンデルセンのニットウェアに話を戻すことにしよう。前述のように「世界最高のセーラーセーター」を目指した2人は、素材からデザインや技法などを数年かけて試行錯誤を繰り返し、自分たちが理想とするセーターを模索した。当初は自国のニット文化の育成を目指しデンマーク国内でも生産するが、より高品質の製品を生産する場所を探してイタリア北部にある小さな家族経営のニット専業工場に辿り着く。その工場はイタリアのトップブランドの製品も手掛ける優秀な工場で、高い技術力を持っていて、現在でもイタリアで生産されている。

彼らがつくるセーターに使われている原毛はこのブランドのために特別に紡績されたもので、原毛は南アメリカ産のメリノ羊、主にパタゴニア生まれのメリノウールが使われている。メリノウールによる柔らかさと耐久性を兼ね備え、丈夫でありながら、粗野でない上品な表情を持ち合わせているので、ファッションアイテムとも相性がいい。

デザインの特徴は、前後が対称的な構造になっていることだ。これは海軍のセーターをお手本にしたからで、前後ろがないので、海兵たちは作業中、向きを気にすることなく素早く着用することができる。1回目のアランセーターの紹介で登場したガンジーセーターも同じ構造を持っているが、アンデルセン-アンデルセンでは、現代的なシルエットに仕上げるために、ネックラインも立体的な編み立てにしてある。また「フルファッション」というテクニックで編まれているので、人の体にフィットし、裏側の縫い代まですべてきれいに処理されている。

すべてのパーツは「かんぬき」で強固に編み合わせているので、高い耐久性を持つ。このセーターは製品の伝統と品質の高さからデンマークにある「MARITIME MUSEUM OF DENMARK」に永久コレクションとして所蔵されている。長い歴史をもったブランドではないが、名品の佇まいとクオリティを備え、さらには北欧の人々のモノづくりに対する考え方を物語るセーターではないだろうか。

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夫のピーター・ケアー・アンデルセンは大手の出版社でアートデザイナーとして働いた経験をもつ。そんなキャリアとセンスを感じるシンプルでグラフィカルな織りネームのデザイン。

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「セーラーセーター」の袖は防寒用なのか「フィンガーホール」の仕様に。寒い場所で作業やサイクリングなどのスポーツをする時にも役に立つだろう。

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新色の「リソール(Lyserod)」のコレクション。「Lyserod」はデンマーク語のピンクという意味。デンマークのアーティストTal Rに依頼し、彼にこの色をキャンバスに描いてもらい、複数の候補の中からこの色が選ばれた。カーディガン¥60,500、クルーネック¥49,500、帽子¥11,000、マフラー¥14,300/アンデルセン-アンデルセン

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ネイビー以外にもいろいろなカラーを展開。右上:オフホワイトで、モデル名は「Navy Turtleneck」。¥49,500、中:「ハンティンググリーン」と呼ばれるシックな色。モデル名は「Navy Full-zip Pockets」。¥66,000、左上:「ナチュラルトープ」と呼ばれる優しい色。モデル名は「Navy Crewneck」。¥49,500/すべてアンデルセン-アンデルセン

問い合わせ先/アンデルセン-アンデルセン TEL:080-4663-9406

https://andersen-andersen.com

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