「聖火台について『自分の思い』を初めて書きました」 nendoの佐藤オオキがエッセイを出版 最前線に立つデザイナーのアイデア発見法とは?

  • 写真:齋藤誠一 文:岩崎香央理 
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佐藤オオキ●デザインオフィスnendo チーフデザイナー。1977年、カナダ生まれ。2002年、早稲田大学大学院修了後、デザインオフィスnendo設立。建築・インテリア・プロダクト・グラフィックと多岐にわたってデザインを手がける。作品はニューヨーク近代美術館(アメリカ)、ポンピドゥー・センター(フランス)、ヴィクトリア&アルバート美術館(イギリス)など世界の主要美術館に多数収蔵されている。TOKYO2020の聖火台をデザインし、現在は2024年稼働予定のフランス高速鉄道TGV新型車両のデザインに取り組むほか、25年大阪・関西万博 日本政府館(日本館)総合プロデューサー/総合デザイナーを務める。私生活ではパグとチワワのミックス犬・キナコとともに暮らす。

東京五輪の聖火台デザインが記憶に新しい中、止まることなく2025年大阪・関西万博の日本館をプロデュース。文字通り、日本を代表するクリエイターであるnendo(ネンド)の佐藤オオキが、自身初の書き下ろしエッセイ集『半径50メートルのセカイ 超日常的アイデア発見法』を上梓した。世界を舞台に活躍するスターデザイナーの、半径50メートルのセカイとは? 日常をちょっと面白くする発想のヒントから、あのビッグ・プロジェクトの裏側まで、デザイン最前線に立ついまの思いを書き記したという著者、佐藤オオキに話を聞いた。

これが最後かもというぐらい、自分の思いを素直に書いた

――新著『半径50メートルのセカイ』では、サブタイトルを「超日常的アイデア発見法」と銘打ち、佐藤さんが普段どのように発想のヒントを見つけ、ネンドのデザインへと展開していくのか、そのロジックとプロセスが解き明かされています。「CHAPTER 1 半径1メートルのセカイ」では、ご自身の頭の中で考えたり、身の回りでふと感じるアレコレについて。「CHAPTER 2 半径5メートルのセカイ」は、椅子と寝床以外にはほぼなにもない殺風景な部屋の中で、ふとした引っかかりから無限にアイデアを膨らませていく話。「CHAPTER 3 半径50メートルのセカイ」は、部屋の外やオフィス、犬の散歩コースで出合うエピソードという、三部構成になっていますね。

佐藤 アイデアが生まれる過程には、必ず外的要因が絡んでいると思うんです。それには二方向あって、ひとつは外から刺激を受けて自分の中になにかが生まれる時。もうひとつは逆に、自分の中でふつふつ、モヤモヤしているものが、外からの刺激がポンとしたきっかけをつくり、かたちになっていく場合。その、頭の中や身体まわりに漂っているふつふつ・モヤモヤを半径1メートルとすると、僕の場合、外で人と会ったり新しい情報が入る時は、だいたい普段のルーティーン上にある、半径50メートルの行動範囲だったりするんです。さらにその中間に、外の刺激と自分の発想がまだ混ざり切らないけれどもつながりつつあるという、半径5メートルほどのエリアが存在する。そうしたカテゴライズで書いてみようと思いました。

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「東急ハンズ」から「ハンズ」へのリブランディングを手がけ、新しいロゴマークもデザイン。本書では、どのように漢字の「手」をモチーフにしたアイデアへたどり着いたか、その思いが語られている。

――ここ数年で国家的プロジェクトを立て続けに手がけ、疾走するネンド。そんなクールで隙のないイメージからは少し意外にも思える、佐藤さんの謎の私生活やクスッと笑えるエピソードが、独特のユーモアと観察眼で描写されています。書き上げるのは大変でしたか。

佐藤 こんなにまとめて文章を短期間で書いたのは、生まれて初めてかもしれないですね。できるだけ一日のうちで自分の状態がいちばんいい時に机に向かい、いま思うことを凝縮して一気に書いた感じです。いまならなにか面白いことが書けそうだ、自分の中で言語化できていないことに言葉で迫れそうだという時を見計らって書いていました。そのぶん、ビジネス書のように精製された情報や、わかりやすい公式集ではないかもしれない。いまって、どんどん情報の濾過度が高まり、いかに短くわかりやすくするかが求められているように思います。そういう時代に、あえて長い文章を書いて本にするんだから、むしろまだやわらかい状態で情報を出すほうが腑に落ちる気がしたんです。自分の中でも白黒ついていない、養分を含んだままの不純物みたいな部分を出すことに価値があるのかなって。

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「雑誌の連載をまとめたエッセイ本は出したことがあるけど、書き下ろしは初めて。普段の仕事をセーブしながらしっかり向き合って書きました。出版まで漕ぎ着けて、とにかくいまはホッとしています」

――ネンドのデザイン・コンセプトは研ぎ澄まされて濾過された状態で発信されているので、この本では、普段見えない思考の過程が垣間見えて、レアなんですね。

佐藤 確かに、作品はできるだけ温度感をなくしたり、端的にシンプルな伝え方をしたりすることが多いので、そこに至るまでの苦労やきっかけなど、普段はしない話がこの本には記されていますね。その一方で、いまは情報発信をすることのリスクも高まっているので、自分の日常や本音を発信して、それを正しく受け止めてもらえるのかという心配はあります。誤解されたり、自分だけではなくクライアントにも批判的な目を向けられてしまうかもしれないし、バランスがとりづらいと感じたり。なにかを発するたびに、これって大丈夫かな?と考えてしまいます……。仕方ないと思いつつ、やっぱりだんだん、こういうエッセイを書くのが難しい時代になってきているのかもしれない。これを書き切った後で、こういう生々しい発信はきっと今後はしないだろうな、と思った。それぐらい、僕なりの思いを素直に書いたんです。

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五輪の聖火台について

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「非日常的で特別な瞬間ではなく、毎日犬の散歩をして、毎朝同じコーヒーを飲む、その繰り返しの中に十分インスピレーションやアイデアの源がある」

――聖火台のプロジェクトは本当に素晴らしくて、大成功でした。あらゆる問題が噴出した東京大会において、聖火台の高評価は誰もが納得するものでした。本の中では、優れたクリエイティブをチームで完遂できた喜びとともに、さまざまな苦難があったと述べています。これまで、佐藤さんはオリンピックにまつわるそうした思いをあまり語ってこなかったですよね。

佐藤 オリンピックが終わった直後は、メディアで語る機会はほとんどなかったように記憶しています。あったとしても、ここまで言えたかどうかわからない。それが、この本を書いてよかったと思う理由のひとつです。語る場をこれまで積極的に設けてこなかったのは、上手に語れる自信がなかったから。だから今回、聖火台に関する「自分の思い」を書けたことに大きな意味があったのかなという気はします。

――10枚のパネルを合わせた蕾のような聖火台がゆっくりと花開いていく、開会式のクライマックス。あの場面で、聖火台が載せられていた富士山のような台形のステージは想定外だったというような事実は、デザイナー側からもっと発信できてもよかったのでは、と思うのですが。

佐藤 自分のキャリアで初めてだったかもしれません。デザインで、仕事で、「まいっか。仕方ない」と思ってしまったのって。これまでは「まいっか」と思わないように仕事と向き合ってきたので、そんな自分に対しても凹んでいたのかもしれません。そういう状態だったので自分から発信したいとはなかなか思わなかったんだと思います。

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Tokyo2020 聖火台。

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万博に向けての心構え

――本の中で、デザイン業界でのネンドのポジションは、どちらかといえばリスクを恐れずに変化を生み出す、スーパーサブ的な立ち位置だと表現しています。最初の頃からそうだし、いまもそうありたいと。この10年で、クライアントやプロジェクトがますますビッグで公的になっていく中、リスクや責任の重さにつぶされてもおかしくない状況だと思うのですが、それでもネンドらしく、スーパーサブ的に飛び出していく感覚を失わないようコントロールしている部分はありますか。

佐藤 これは答えるのが少し難しいですね。いままさにマネージメントの伊藤と、日々最も話し合っていることに近いのかもしれません。オリンピックや万博をやらせていただいていますが、ネンドってそういう感じじゃなかったよねって、初期から僕らのことを知ってくださっている方から言われることがあります。確かに、キャリアや属性からして、国を代表する事業を手がけるタイプのデザインオフィスではないよな、と僕自身も思う。だから、このギャップはどういうことなんだろう? 世の中が変わってきたのか、ネンドが変わってきたのか、たまたまなのか……。いずれにせよ、いま、思っているのは、万博という国家プロジェクトの場で、ネンドの考え方やアプローチの仕方をどこまでやり切れるのか。それに対するチャレンジと表現すれば硬いし、集大成というともう終わっちゃいそうですけど(笑)。当然、国をクライアントにするということは、これまでより大人なデザインをしなくちゃいけない局面なのは自分でも感じ取っているんです。でも、あえてその空気を読み切らずにやろうかな、とも思っています。これまでの万博、これまでのパビリオンの考え方から半歩はみ出す、飛び出すことができれば、なにか世の中に対して価値を示せるかもしれない。そこに期待しながら、ワクワクしているというのが本音ですね。

――万博までやってネンドはどこへ行くのかと思っていたところが、ネンドらしさでチャレンジしていくとお聞きできるのは、初期からのネンド・ウォッチャーであるPenとしても楽しみだなと思います。

佐藤 いまのネンドに最大限できるアプローチの仕方で日本館をつくれたら、可能性は広がると思う。あるいは、もしも万博でケチョンケチョンに打ちのめされたら……、急に大人なデザインにシフトするのかなぁ。あんまり僕はそっちが得意じゃないんですが、それはそれで面白いのかも。

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内向的でインドア派、特段の趣味をもたない佐藤にとって、愛犬・キナコの世話や散歩は大事なルーティーンであるとともに、日常に予測不能な変化をもたらしてもくれる。

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マネージメント伊藤さんとの関係

――あとがきで、佐藤さんの片腕として有名なマネージメントの伊藤さんが、高校の時に出会った頃から互いの関係は変わらず、いまも憧れと尊敬の対象だと書いていらっしゃいます。佐藤さんにとっても、伊藤さんは高校時代のボート部の後輩として、あの頃のまま変わらない存在ですか。

佐藤 ……恥ずかしい質問ですね(笑)。根幹は変わらないというか、30年近く一緒にいるので、変わろうと思っても変わりようがない。ネンドの置かれている状況や依頼される性質が変わってきたり、組織が大きくなってきたりすることはもちろんあるけど、ベースは同じ。それはやっぱり、目的が変わらないから。面白いデザインがしたい、見たことのないものをつくってみたい、魅力的なものづくりをしたいという、子どもが抱くようなすごくシンプルな目的。それは一切ブレないので、関係も変わらないんじゃないかな。

――ネンド立ち上げ期にミラノサローネへ行った頃の、デザイン好きな学生チームのようなピュアでポジティブな初心は変わらない、と。

佐藤 そうだと思います。ただ、メンドクサイことに、僕の中で「面白いデザイン」の定義が、最近どんどん広がっていっちゃうんですよね。数年前なら「あまり面白くないな」で通り過ぎていたものが、いまは「すごく面白い」に変わっていこうとしていたり。本の中でも書きましたが、好きでも嫌いでもない中途半端な領域が、いま、オセロみたいに次々と好きに変わっていく、そんな自分を感じています。特に、もともとミニマルと言われるような生活だったのが、コロナ禍によってますます純度が高まり、いままで以上に自分が関心をもつものにのめり込んでしまうんです。没入感や集中力が過去最高に高まっている中で、白黒つけずにやわらかく流動的に、“好き”の領域をじんわりと広げながら、自分らしいアプローチでプロジェクトに向き合っていきたいです。

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半径50メートルの佐藤の日常に登場する数少ない友人には、外的刺激をもたらす「窓」のような人と、自分自身を映す「鏡」のような人がいるという。「それで言うと、マネージメントの伊藤は、その両方を兼ね備えてしまったマジックミラーのような存在です」

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『半径50メートルのセカイ 超日常的アイデア発見法』佐藤オオキ 著 CCCメディアハウス ¥1,760


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